レイブンクローの二年生二人組の言葉は結局のところ去年の言葉でしか無いのだと、私は思った。
ダンブルドア先生は決して生徒全員の前で魔法は使わせず、きらきらと光るダンブルドア先生の二つの瞳だけがネズミが小さな鍵付きの木箱になるのを見届けて、それから私の両手いっぱい分の甘くて酸っぱいレモンキャンディをくれたのだ。妖精の呪文は言われていた通り、キャビネット棚を皆の前で踊らせなければならなかったけれど、ミネルバもサミュエルも見てくれている中で、私が何を怖がることがあるだろう。ホワイトリー先生に見えやすくするために脚をうんと長く伸ばしたキャビネット棚が、先生をワルツに誘う。彼女はふふふと笑って私のキャビネット棚とまるで舞踏会のように優雅に踊り、とても良かったですよと教室を一番最後に出た私に言葉を投げてくれた。魔法史は試験でさえも酷く退屈で、私の前に座るいくつかの背中は授業と同じく机に突っ伏していたけれど、アルヴィ先輩の羽根ペンより引っ掛かる、トムに話し掛けるのには向いていないその試験用カンニング防止羽根ペンを動かしたのは、マルキュス・ハンセン達魔法使いや魔女だった。
そんな風に全てが終わってしまえば一瞬のことで、右手の親友が羽根ペンだったことを、私の右手はもう覚えていない。
あれだけ恐ろしく感じていた真っ黒くて重い波は、本当はラベンダー色をした、まるで夢へと誘う柔らかな波だったのだ。





「さあ、ニナ、お訊きしようかしら?」


ミネルバの手には、もう親友の羽根ペンも教科書もない。彼女の手はするりと私の腕をつかんで、慣れたように私の腕を組んだ。
こつこつと、ミネルバの踵が小さく響く。それに重ねるようにサミュエルが歩いたので、私も二人を真似て踵を鳴らした。
四色の大きな砂時計の横に、左から順に大きな人だかりが出来ている。大きな人だかりは一年生のもので、上級生にもなると誰かが代表してそれを見に行き、耳打ちで回していくものらしい。五年生のまばらな人だかりの中には、眠そうな顔でそれを、順位表を見上げるニコラス先輩が腕組みして立っていた。


「ニナ、自信のほどは?」

「んん、薬草学は、薬草学はね、あまり覚えてないの。真っ白だったから。お腹が減ってなかったことは覚えているのよ」

「他は上出来ってことね!そうよね、だって貴方の妖精の呪文は素晴らしかったもの。あんな素敵なワルツ、初めて見たわ」

「ふふ、ありがとう、父さんがね、父さんが私とよく踊ってくれたのよ」

「へえ、じゃあニナもワルツが踊れるんだね。……マクゴナガルはどうだったの?」

「私?私はそうね、魔法史が少し不安だわ……だって紙に書ききれなくて裏にまで書いてしまったし、時間が足りな過ぎたんだもの」


ミネルバは何を言っているのだろう。私はたっぷり二度は見返す時間があって、それも表だけで充分過ぎるほどに足りたそれを、ミネルバは全く正反対だとため息を吐く。もしかするとビンズ先生はミネルバがとても賢いことを知っていて、彼女だけにずっと難しい試験を受けさせたのかもしれない。
人だかりの後ろに立ち、ミネルバが背伸びをする。けれどミネルバよりも背の高いサミュエルに見えないのだから、ミネルバがつんと爪先で立ち上がっても何も見えはしない。ミネルバは少しだけ腹立たしげに眉を寄せて、私の腕を離した。


「こんな人だかりじゃ見れないわね。私が一人で突っ込んでくるわ」

「え、でも、私、私が行こうか?」

「良いの、私が勿論一番だってことは充分、理解してるんですけどね。それでもやっぱり自分の目で確かめたいのよ」

「……マクゴナガルのその自分を信じきれるところ、良いと思うよ」

「あらありがとうメイフィールド。控え目なところがあなたの美点だわ」


サミュエルの妖精の羽音にもかき消されてしまいそうなほど小さなありがとうは、人だかりを掻き分けるように飲み込まれていったミネルバに届いただろうか。
隣を見上げれば、サミュエルが困ったような顔をして私を見た。ミネルバは確かに順位表の一番真上に名前があるだろうけれど、サミュエルの名前もきっと、私の手が届かない場所に座っているのだろう。彼の穏やかなグレーの瞳は、いつも私の間違いを見つけ、クリスマスのプレゼントを開けるよりも丁寧にそれを教えてくれた。


「ニナ、ニナは何番目だと思う?」

「……薬草学が、答案用紙も真っ白じゃなければ、そこそこ、ちょっぴりね、そこそこだと思うの」

「それじゃあちょっぴりそこそこより上なら、贈り物をしなくちゃね」


サミュエルはそう言って笑いながら、人だかりを眺める。中には試験前の私よりも真っ白な顔をしてよろよろと人だかりから出てくる子もいれば、頬をオペラに染めて隣の子と抱き合う子もいる。真っ白な子は、赤毛のよく映える、ジャックだった。彼はきっと、筆記が、それも特別、魔法史が駄目だったのだろう。イアンに魔法史の教科書を見せられて顔をしかめている姿を、私は覚えていた。
人だかりの中から、涼しい顔をしたイアンが出てくる。いつも通りの彼の名前はどこにいたのか分からないけれど、きっと上の方にいるに違いない。その向こうに、ローブのフードをすっぽりとかぶった後ろ姿が見えて、私はそっと、サミュエルの手を掴んだ。
サミュエルの目が、私を見下ろす。私は耳にかかるサミュエルの長く伸びた前髪の先を見つめて、それから睫毛の先を見た。


「どうかした?」

「……あの、あのね、サミュエル。もしも、もしもね、そこそこよりも、ずっとずっと、良かったら、贈り物じゃなくてね、その……」

「変えるの?勿論良いよ。ずっとずっと、上ならね」

「ほ、本当?約束、約束よっ?」

「……何を頼むつもりなの?ニナ」


不思議そうに、そして不安そうにほんの少し身を引いたサミュエルの手をしっかりと掴んで、私は笑う。胸の真ん真ん中辺りがじわじわと熱くなって、視界が晴れていく。大広間の天井は、雨が降る気配なんて杖の先ほども持ち合わせていない。


「ニナ!ニナっ!」


フードをすっぽりとかぶったひとりの魔法使いの後ろから、人だかりを力いっぱい掻き分けて、ミネルバが顔中をオペラに染めて飛び出してくる。何も言わず、こちらも見ずに通り過ぎていった彼の後を、甘いチョコレートの匂いが追いかけていく。
何度も鼻を撫でたそれを、私は確かめる。彼は、ガーランドはいつも、チョコレートを漂わせていた。姿が見えない、その時でさえ。


「ニナ!来て!」

「えっ、」

「メイフィールドもよ!早く!」

「な、なに?君、見てきたんじゃなかったの……?」

「見たわよ!勿論ね!けれどあなた達も見るべきなのよ!」


人だかりから飛び出してきたミネルバはまるで私達を脱走者かのように捕まえて、人だかりの中へと引きずり込んでいく。誰かの足を蹴っ飛ばしてしまいながら、私は引っ張られるままにミネルバを追い掛けた。


「ちょっとあなた達、散々見たでしょう?何度見たって順位は変わらないんだから、そこを代わってくれるかしら」


順位表の真ん前にいた三人、ジェイン達をミネルバは押しやって、それからミネルバは私の肩を掴み、彼女達が立っていたそこに私を立たせた。アンとリリスが、酷く眉を下げて私を見ているのが横目に見える。まさか、彼女達がそんな顔をして私を見ずにはいられないほど、私はずっとずっと、悪い位置に名前を座らせているのだろうか。
ほら、と、ミネルバは後ろから私の肩に手を回す。あ、と小さな声を上げたのはサミュエルで、彼を見れば、うんと高い場所を見上げて目を丸くしていた。彼の名前は、そこにあるのに違いない。
はねた前髪を撫で付けながら、ふ、とひとり諦めたように漏らし、下から順に、私は視線を上げていく。一番下は、グリフィンドールの男の子だった。それから幾つか飛んで、ジャック、真ん中の、ちょっぴりそこそこのその場所に私はいなくて、思わず口許を押さえる。そうして私は漸く上を見て、たまらず肩に置かれたミネルバの手をとった。手をとらずには、いられなかった。


「……すごい、凄いわ、凄いっ!私、五番目よ、五番だわっ!」


上から五番目、思っていたよりも良すぎるその場所に、私の名前は座っていた。とても誇らしげな顔をして、そこにいたのだ。


「サミュエルも、サミュエルは三番目だわっ!私達、私達って頑張ったのねっ!」

「そうよ、そう、それで勿論一番は私だけれど、あなたとっても頑張ったのよ!」

「二番は……ああ、ハッフルパフの……四番はアブラクサス・マルフォイか……」


後ろからきつく抱き締められながら、私はそれを見上げていた。目を離せば直ぐにでも落っこちてくるんじゃないかと何度も思ったけれど、私の名前はそこに座り込み、立ち上がろうともせずに、そこにいたのだった。
サミュエルの手を、きつく握る。彼はやはり指先ほど少し不安げな顔をしたけれど、何かを諦めたように息を吐き出し、振り返り、それから目を細めて笑ったのだった。
フードを外した藍色の後ろ姿が、遠ざかっていく。私はそれを眺めて、最後にもう一度だけ順位表を見上げた。上から五番目、下からずっと遠いそこに座る私の名前の二つ下には、ルクレティア・ブラックを挟んで、ヒュー・ガーランドの名前が私を見上げていた。



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