「どうですかミスターニコラス……この恐ろしいまでの雪景色……」

「クィディッチの練習、無理だろこれ」

「あああっ……!ホグワーツに残った意味……!」


去年はそこまで積もらなかったからといって、今年もそうだとは限らない。当たり前だが今更ながらそれを思い知らされ、俺はカーテンを掴んだままベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。びり!とカーテンが破れた感触と音がしたが、それすら俺の気を紛らわせることは出来ない。窓の外に広がった銀世界と、さらに降り続ける雪を思い出すだけでずぶずぶと気持ちが沈んでいった。


「おい、カーテン壊すなよ、どうするんだこれ」

「俺は何のためにホグワーツに残ったんだよおおおおっ……!」

「クィディッチの練習だろ」

「出来ねえ!こんなんじゃ練習出来ねえ!クリスマスだってのに、何て仕打ち……!」

「そもそもクリスマスだってのにクィディッチしようとしてるアンディがおかしいんだろ」


ずぶずぶと沈んだ気持ちにニックが錘を乗せて、さらに深いところまで沈んでいく。仲の良い友人だと思っていたが、思い違いだったのだろうか。ニックは自分のベッドに置いてあったハッフルパフの刺繍がされたクッションを俺に投げつけ、服に着替えもせずに部屋を出ていこうとする。
投げつけられたクッション、本来談話室にあるはずのクッションを鷲掴んで、渋々ベッドから起きあがる。落ち込んでいても仕方がない。談話室に届いているであろうプレゼントを片っ端から開き、どうにか沈んだ気持ちを浮上させるしかなかった。
破れたカーテンとカナリアイエローのクッションを手に、穴熊の巣の廊下を進んでいく。女子はどうなのか分からないが、男子にとっては狭すぎる廊下をようやくくぐり抜け談話室に出れば、ニックは早くもクリスマスカード片手にソファーに腰掛けていた。俺を振り返ったニックが、右手を差し出してくる。


「アンディ、クッション」

「……ほら、よ!」

「おっ、と、……残念でした」


差し出された右手を無視して思い切り顔めがけてクッションを放り投げるが、ニックは分かっていたかのようにそれを両手で受け取り膝の上に置く。ざまあみろ、と俺を見るダークブラウンの瞳が笑っていて、俺はそれから目をそらしてクッションと同じカナリアイエローのリボンが飾られたツリーの下から自分宛のプレゼントを探した。
アル、ニック、父さんと母さん、それから同じ寮の友人達に、グリフィンドールの友人。弟と、そして、ニナ。


「……これから開けるか……」


一瞬考え、ニナからのプレゼントを掴みあげる。随分と軽いそれは俺の髪とよく似た色の包装紙に包まれていて、そしてこれまた俺の瞳とよく似た色のリボンが結ばれている。ほんの少し、気持ちが浮き上がる。
弟からのプレゼントをもう片手に持ち、ニックの向かいにある一人掛けのソファーに腰を下ろしてリボンをほどく。がさりと開いた包装紙の中にあったのはシルバーブルーのグローブで、俺は目を見開いた。


「こ、これ、ニック!ニコラス、」


見ろよ!と、グローブを掴んでそれをニックに見せつけようと腰を上げかけたその瞬間、ニックが勢いよくクッションを抱き締めてソファーに倒れ込んだので、俺は中途半端な格好で動きを止める。


「やばい、やばいぞアンディっ……」

「ど、どうしたニック……!?」

「ニナから、妖精スイート詰め合わせが届いたっ……!」

「よ、妖精、妖精……!?何だそれ……!?」

「妖精しか、女子しか買えない詰め合わせだよっ……!」


クッションを抱き締めていた手が勢いよく掲げられ、その手にはサンシャインイエローの箱が握られている。箱の側面には甘いもの好きの魔女や魔法使いなら知らぬ者のいないハニーデュークスの文字が印刷されていた。ニックにとってのそのサンシャインイエローは、俺にとってのこのグローブと同じほどのものらしい。俺が贈ったチョコレートヌガーの箱をソファーの下に放り出し、ニックはその箱をクッションごと抱き締める。こんなニックを見るのは、初めてのことである。


「お、お前、俺のヌガー……」

「一回で良いから食ってみたかったんだよ、これ……。最高のクリスマスだ……」

「お、おう、それよりお前、俺のヌガー……」


まるで初めて杖を振った時のような、初めて箒で風に乗った時のような顔で、ニックはクッションに顔を埋めて俺の言葉に知らん顔をする。床に散らばったチョコレートヌガーを見ると、ずぶずぶと気持ちが沈んでいく音が聞こえた。手にもったグローブが、スウェーデンのドラゴン、ショートスナウトの皮から作られたものだと、とても防水性に優れた素晴らしい保護グローブなのだと、俺は語ることが出来なかった。


「……クリスマスめっ……」


嬉しくも悲しい気持ちでグローブを握りしめ、ソファーに飛び込む。珍しく機嫌の良すぎるニックが頬を染めてトフィーを眺める姿を見ながら、俺は窓の外の白銀を睨みつけたのだった。


「……あ、カーテンどうしよう……」







朝から鴨のテリーヌを食べなくてはならないような生活を送りたいと思う十一歳は、きっとそこら中にいるのだろう。そいつらは決まって僕のしわのないローブだとかタイだとか、それから靴を見て、今日も高そうなものを身に付けてるな、と笑うようなやつらなのだが、本当はそんな高そうなものを身に付けてみたいのだと僕は知っている。少なくとも、僕の周りはそんなやつばかりなのだ。


「あら、アブラクサスったら朝から酷い顔」


そして、そんなやつらをわざと周りに侍らせたがる彼女、ヴァルブルガ・ブラックは、いつもの取り巻きがいればきっと喜んで褒め称えるだろう高そうなドレスローブに身を包み、僕の鼻をつまもうとした。
ぬ、と伸びてきたヴァルブルガの手を避けて、手に持っていた皿を近くのテーブルに置く。立食だなんてはしたないことを僕はしたくもないし、そもそも朝から鴨なんて食べる気にもなれないが、ヴァルブルガは違うのだろう。僕が置いたそれを彼女は直ぐに手に持っていたらしいフォークで突き刺し、切り分けることもなく口に放り込んだ。広間の真ん中で大人が輪になって話し込んでいるから出来ることである。


「そう思うなら構わなければ良いだろう」

「あら、そう思うから構うんじゃない。こんなに楽しいことって無いわ」

「……君は本当に良い性格をしてるね。弟のオリオンに見習わせたらどうだ?」

「ちょっと、オリオンは又従弟よ。私の弟はアルファードとシグナス」

「みんな似たような頭と目なんだ、違わないだろう」


わざと彼女の機嫌を損ねようと適当なことを言ってみるが、どうやら彼女も同じように思っていたらしい。まあね、とフォークを皿に置きながら彼女は唇についたソースを舐めとり、大人にまざり子供同士で会話をする弟達に視線を向けた。アルファードとオリオンは気が合うのか、二人は大人に隠れて互いに耳打ちしながら肩を震わせて笑っていた。


「ねえ、踊りましょうよ、アブラクサス」

「……止めておく」

「何よ、せっかくのクリスマスパーティーなのに」


せっかくのクリスマスパーティーだから、君につま先を踏まれたくないのだ。
ぐっと言葉を飲み込んで、ちくちくと痛む喉を撫でヴァルブルガから目をそらす。すると彼女は何を思ったのかそれなら止めておくわ、と早々に諦め、弟達のもとへ戻って行った。その側に彼女の従姉だか又従姉のルクレティア・ブラックもいたので、きっと彼女とスリザリン女子らしいねとりとべたついた会話でもするのだろう。
安っぽい賛美歌を妖精が歌うのを聴きながら、僕は壁際に寄る。朝早くから屋敷しもべ妖精にドレスローブを着せられたが、それは無意味だったようだ。どうにも僕は、ドレスローブを翻し踵を鳴らして踊るようなことは向いていない。今、一人の魔女をリードし終えたアルヴィ・エインズワースのようには。


「やあ、酷い顔だ」

「……それはどうも」


ぱちりと視線が合って、しまった、と思うなり彼は僕に歩み寄り、あろうことか昔からの友人であるかのように僕のすぐ隣に立つ。壁に寄りかかるようにして立つ彼のドレスローブは時折シルバーブルーに輝き、僕を苛つかせた。


「……そのローブ、何ですか」

「これかい?ああ、何でもスウェーデンのドラゴンの皮を乾燥させてすりつぶして一緒に織り込んでるらしくてね、少し重い代わりにとても暖かいし、何より色が良いんだ」

「……似合ってますよ」

「そりゃあそうだ、僕だもの」


社交辞令で彼を軽く誉め、そこに棘を含んでいたつもりだったが、彼はその棘ごとありがたいとばかりに飲み込んで、花が咲いたような笑顔を浮かべた。それが作り笑いだと充分理解しているが、あまりに上手く綺麗に笑うので、僕は感心せざるを得ない。まるで自分がどう笑えば一番綺麗に見えるのか分かっているかのようなそれは、彼の得意の魔法のひとつに違いなかった。
す、とドレスローブをなで下ろし、彼はシャツの襟を正す。胸ポケットにはシルバーのタイピンがささっていて、思わずそれを見つめる。彼によく似合う、品の良いタイピンだった。


「……男に見つめられても嬉しくないな」

「な、ち、違いますよ!」

「分かってる分かってる、そう怒鳴るな」

「っ、……そのタイピンを見てたんです」

「タイピンを?……これか」


珍しくも彼が心底驚いたような顔をして、彼は胸のタイピンを外してみせる。シャンデリアから降ってくる銀の煌めきがそれを照らして、煌めきが落ちたところがターコイズグリーンになり、すぐにシルバーに戻った。何か魔法がかかっているのだろうか。
まじまじとそれを見つめていれば、どうやらいつの間にか前のめりになっていたらしい。あからさまに嫌そうに眉を寄せて体をひいていた彼と目が合って、僕は慌てて姿勢を正した。


「……これ、クリスマスのプレゼントなんだ」

「へえ……どこの店のものなんですか」

「何だ、同じ物を買うつもりか。やめろ。男と同じ物を持つ趣味はない」

「だっ、違う、違いますよ……!ただ、良い物だと思ったから他の物も見てみたいと……、」

「何だ、それならそうと早く言え」


途端に彼はしらっと表情を戻し、タイピンを胸ポケットに戻す。貸して見せてはくれないのかと相変わらず異性にしか優しくない彼を内心不満に思いながら、僕は辺りを見回した。
ヴァルブルガが、ルクレティアを連れて広間を出て行く。何か質の悪い秘密の話でもするのだろう。


「残念だが、教えられないな」

「……女性なら教えるのに、ですか」

「よく分かってるな。だが、これは女性にも教えられないよ、何せ店の名前が書いてなかったんだから」


彼の言葉に、僕は思わず目を丸くする。自慢じゃないが、僕にクリスマスの贈り物をしてくるのは僕と同じ純血の、今日この場に集まる魔法使いのような者ばかりだ。彼等にとって贈り物を買った店の名前はある種の虚勢で、見栄である。良い店の箱にはいった贈り物であればあるほど血の繁栄を表していて、その逆も然り。そのせいもあって、僕に贈られてくるものは全てが全て凝りすぎた箱に詰められ、その箱には店の名前が居座っている。彼もまたそんなものばかり贈られているのだと、僕は信じて疑わなかった。
ふ、と、くすんだ赤毛とダークブラウンの男子生徒が、頭を過ぎる。それから意地悪く笑う彼を見て、漸く納得した。そうだ、彼は虚勢も見栄もない、ろくでもない友人がいたのだ。


「何となく分かりました。さっきの言葉は忘れてください」

「さっきの言葉?どれのことかな?」

「……全部です」


ぽつりと言って、早くこの場を離れてしまおうと足を踏み出す。僕の言葉が届いたのか、届かなかったのか、それともどうでもいいのか。彼は小さな笑い声をあげ、おい、と僕を呼び止める。
振り返ると、彼はタイピンを手に目を細めて笑っていた。


「どこで手に入れたのか知りたいなら、あの子に訊くんだな。お前が熱心に見つめる、あの可愛い妖精みたいな魔女にね」


だって、ニナ・ラヴィーからの贈り物だからね。
タイピンを指でつまんで、見せつけるように揺らし、彼は笑う。とても綺麗に、笑っていた。


「……全部、忘れてください!」


先程の言葉を今度は叫ぶように吐き捨てて、彼から逃げるようにその場から走り出した。後ろから彼の涼やかな笑い声が追いかけてきたが、僕は黙って耳を塞ぎ、広間を飛び出したのだった。
頭の隅で、ダークブラウンの髪が揺れる。クリスマスだというのに、ダークブラウンの髪だけ、僕は思いだしていた。



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