「ミスター・メイフィールド、お手紙です!」


ドアをノックする代わりに、鼻の詰まった太い声が四角い部屋に響いたのは、単純な話、この狭く埃だらけの小さな家のドアノッカーはダブル・ショーンが住むよりも早く錆び付いて地面に落っこちてしまっていて、その上にノックをしようものなら今にも穴が空きそうな程に古びているからだ。
家族に友人、名前も知らないような遠い親戚の魔女に魔法使いに、それから親戚ですらない魔法使い達から届いたカードやプレゼントをひとつひとつ確かめていた手を止めて、顔を上げる。時計は午後を三時間も過ぎていて、クリスマス・カードが届くには些か遅い時間だった。誰かが梟に渡しそびれた分だろうか。
そんなことを考えていれば、俺が返事をするよりも早く、ばたばたと真横を魔法使いが通り過ぎていって、そうして魔法使いはそのままの勢いでドアを開けた。


「はいはいはい!今出るさ、出るとも、出たとも、やあやあこんにちは!メリークリスマス!」

「メリークリスマス、ミスター。お手紙ですよ」

「やあ、最近は梟便じゃあないんだね」

「肝の座った梟じゃないと飛べないんですよ、ほら、マグルの鉄のドラゴンのせいで」

「ああ、そうだった。それじゃあ、ありがとう。よい一日を!」

「ええ、よいクリスマスを」


まるで自分がミスター・メイフィールドだとでもいうかのような顔だった。
ブロンドの髪を短く切り揃えた魔法使い、ショーン・グランドが笑顔で配達員を見送って、錆びた音のするドアを閉める。立て付けの悪いそれを一度で閉めることが出来るのはこの家には彼しかおらず、だからこそ彼がドアを開ける仕事を引き受けるのだ。雪の降る日に何度もドアを閉め直していれば、忽ち四角い部屋は外と変わらない寒さになってしまうのだから。


「悪い、ありがとう、グランド」

「いいや、大したことじゃあないさ」

「何だ、誰か来たのか?プレゼントでも届いたのか?」

「手紙だよ、我らが可愛いミスター・メイフィールド宛てに。誰からかな?……なるほど、アルヴィ・エインズワースからだ」


誰か来たのか、と、部屋の奥からのそのそと出てきたブルネットの魔法使い、ショーン・パーチが、グランドの手元を覗き込む。誰から贈られたものなのか、パーチが着ていたセーターのお腹にはレモンイエローの毛糸でダブル・ショーンの文字が大きく編まれていて、恐らくそれはグランドのプレゼントの山にもいるのだろう。ウィムボーン・ワスプスのビーターは、チーム一の人気者なのだ。


「何だ、本当にアルヴィ・エインズワースからか。残念だ」

「何が残念なんだよ……」

「何が残念なのかって?そんなの言わなくても分かるだろう?俺達は君のロマンスを楽しみにしてるんだ!」

「ロマンスって何だよ……」

「ロマンスってそりゃあ、なあ?グランド?」

「そうだとも、パーチ」


アルヴィ・エインズワースからの手紙は、ダブル・ショーンのお気に召さなかったらしい。クリスマスらしい、金の縁取りの真っ白い封筒を差し出され、プレゼントの包み紙を開いていた手を止める。受け取ったそれを裏返せば、縁取りと同じ金色のインクで、確かにそれはアルヴィからのものだった、彼の名前がそこに書かれていたので、俺は手紙をクリスマス・カードの山の上に乗せた。


「何だい?君って魔法使いは、折角の親友からの手紙を読まずに置くだなんて!」

「それもクリスマスに届いた特別な手紙を!」

「いや、だって、どうせクリスマス・カードだろうし……。後で読むって、後で」

「良いかいアンディ、手紙もカードも、受け取ったその手で読むものなんだ。後で読むだなんて、そんな事はあっちゃあならない!今すぐ読むべきだ!」

「そうだぞアンディ、グランドの言う通りだとも。後回しなんかにして、どうなったって文句は聞かないぞ」


後回しにしたとして、手紙が一体どうなってしまうというのか。
鼠に齧られてしまうか、ソファの下に潜り込んで見失ってしまうか。どうにかなってしまった手紙を想像して、しかし特別大したことじゃあないとプレゼントの包み紙に手を伸ばす。呆れたような溜め息を吐いたのはパーチの方で、彼は派手すぎるセーターの裾を引っ張りながら俺の直ぐ後ろ、ソファに腰を下ろした。夏が過ぎて直ぐに買い替えたソファは、案外座り心地も寝心地も良く、俺は夏ほど家を恋しくは思わなくなった。
牡鹿が走り回る包み紙を開いて、クィディッチの選手にはこれを贈れば間違いないと皆思っているようだ、もう六個目の箒磨きセットを取り出して、積み上げていく。ウェールズから俺を応援しているらしい魔法使いからのクリスマス・カードは、ウィムボーン・ワスプスらしい、派手な黄色だった。


「アンディ、まだケーキを食べてなかったのか?」

「後で食べようと思ってたんだって」

「そうやって君はまた後で、後で、後で……。まあ、このケーキを後回しにしたい気持ちは分からなくはない」


テーブルの隅、ロックケーキでもないというのに、岩のようにごつごつとしたキャロットケーキがひと切れ、皿に乗せられたまま、今朝からずっとそこにある。雨の日以外、灰色の煙をもうもうと魔女鍋から外に吐き出す向かいの魔女は、それさえなければ気の優しい、しかし少しばかり料理は得意ではない魔女だった。
クリスマスプレゼントなのだろう、俺達よりも二十年は昔にホグワーツを卒業した彼女が今朝くれたキャロットケーキを横目に、俺は肩を竦める。不味くはないのだ。見た目がいくらかロックケーキに見えるだけで。


「こういう時、母親の焼いたプディングが恋しくなるな。なあ?」

「それは確かになあ……。パーチ、グランド、箒磨きセット、いくつあった?」

「………………」

「僕は十人の魔法使い達から贈られてきたとも。アンディ、君は?」

「今ので六個。なあ、これって一年で使い切れるもんなのか……?」

「引退した先輩曰く、自分で箒磨きセットを買ったことがないらしい」

「なるほどな……」

「……………………」

「…………グランド、やけに静かにしているみたいだが、何をしてるんだ?」

「……ロマンスを読んでいるところだよ」


誰からのプレゼントだったか、誰へのプレゼントだったか、妖精が乗る大きさの箒がひとりでに部屋を低く飛び回り初めて、それは積み上げていたプレゼントの山にぶつかり、天井へと向かって高く飛んでいく。カン!と大きな音を響かせ床に落ちたのは、ニコラスからのプレゼントだ、白とミントブルーのストライプの丸い缶が床に横たわって、中からはざらざらと音がした。缶の中身は、いくら食べても減らない百味ビーンズの詰め合わせだった。


「ロマンスってグランド、何が、あっ!?おい、グランド!また!俺の手紙を勝手に!」

「どうなったって文句は聞かないと僕は言ったぞ!アンディ!」

「そうともその通り!今すぐ読むべきだと俺は言った!アンディ!」

「だからって!グランド!返せっ!」


グランドの奴、また俺の手紙を勝手にあけやがった!
擦り傷の多いグランドの右手が握りしめていた手紙を、勢い良く奪い取る。クリスマスの手紙なのだ、大したことは書いてはいないだろうが、それにしたって勝手に読まれるのは気分の良いものではない。微かに薔薇の匂いのするそれを隠すように背中に回せば、グランドとパーチは肩を組んで笑っていた。


「学ばないなあ、アンディ!」

「夏から変わったのは何だ?身長か?腕に増えた傷か?伸びた髪か?それだけか?子供のままだな、アンディ!」

「ラヴィーの方が先に大人の魔女になってしまうぞ!」


何なのだろうか、この既視感は。
何故そこでニナが、と、考えて、頭の天辺から足の爪先まで、冬の湖に落っことされたかのように冷えていく。グランドは、ロマンスを読んでいると言った。クリスマスを祝う手紙だろうと思っていたアルヴィからの手紙を読んで、ロマンスだと言った。
そうして彼は、あろうことか、ニナの名前を口にした。


「まさかっ……!?」


勢い良く奪い取ったせいで皺だらけになった手紙を開く。メリークリスマスから始まり、フランス魔女の話に、イタリア魔女の話、イヴに呼ばれたグリーングラスのパーティーの話に、そしてそれから。


ーーそれはそうと グリーングラスのパーティーでニナに会った 魔女というものは不思議な生き物だ ほんの一瞬目を離した隙に美しくなるのだから


「そんな魔女を見るのが、楽しくて仕方ない……!?あああ!くそっ!アルめ!アルヴィ!エインズワースめ!」

「あっ」

「破った!」


何が!楽しくて仕方がないだ!
冬の湖からエジプトへ。頭が熱くて、手は意思とは関係なく、びりびりと手紙を破り捨てる。
そうだ、破り捨てて、しまった!


「あああ!しまった!ど、どうする?どうするパーチ!グランド!」

「落ち着け落ち着け!パーチ!パーチ!どうしよう!?」

「落ち着け!魔法使いが揃いも揃って!直せ!魔法使いだろう!レパロ!」

「パーチ様……!」

「おおっ、兄弟よ……!」


黒く真っ直ぐなパーチの杖が、破り捨てられた手紙を直してしまう。ついでに皺もなくなったそれを手に、俺は深く息を吸って、吐いて、吸って、ひとつ咳をした。
アルヴィ・エインズワースの魔女好きは、今に始まったことではない。そもそもの話だ、彼のその性格は、彼なりの魔女に対する礼儀のようなものなのだ。気にしたところで、仕方のないことなのだ。
胸を撫で、また息を吸う。細く息を吐けば、いつの間にか俺の後ろに回り込んでいたダブル・ショーンの喉からごくりと唾を飲む音がして、俺もつられて唾を飲んだ。


ーーほんの一瞬目を離した隙に美しくなるのだから
そんな魔女を見るのが楽しくて仕方ない しかし そんな魔女を僕だけが知っているだなんて罪だろう そこで親愛なるアンドリュー 君には特別にプレゼントを用意した 今さっき パーティーから抜け出したその足で僕はニコラスに頼んできたところだ


「現像した写真は、ニコラスのプレゼントの中にある筈だろう。細やかながら、それが僕からのクリスマスプレゼントだ。ヴィーラの魅力を纏った魔女を、君に贈る。メリークリスマス、友好的な赤毛の子犬よ…………子犬!」

「アンディ!そこじゃない!」

「パーチの言う通りだとも!アンディ!そこじゃあないだろう!」

「えっ!?あっ!?どこっ!?なに!?」

「写真だ!写真!」

「ブラウンからのプレゼントの中!」


グランドの右手が、俺の背中を強く叩く。彼は自分がビーターであることを時折忘れてしまうらしい。あまりの強さに咳き込んでいれば、痺れを切らしたのだろう、グランドはそのままプレゼントの山をぐるぐると見回し始めたので、俺は息を整えながら指をさす。ごつん、と、天井を飛び回っていた筈の小さな箒が俺の頭を殴った。
ニコラスのプレゼントは、白とミントブルーの、ストライプの丸い缶だった。そして丸い缶のその中身は、いくら食べても減らない、底が見えない、百味ビーンズの詰め合わせである。
ニコラス・ブラウンという魔法使いは、そういう魔法使いだった。


「どれだ!?アンディ!」

「そ、その、ストライプの丸い……」

「これ?これか!よし、中に…………百味ビーンズじゃあないか!懐かしいなあ、暫く食べていなかったんだけれど……おかしい、困った、どうしようかパーチ、底がいない!」

「ニックのやつ……!グランド、ひっくり返せ!逆さまにしろ!」

「よしきた!」


言わなければ良かったと後悔したのは、一瞬の間の後のことだ。逆さまにひっくり返したストライプの丸い缶の口から、甘い匂いばかりがする百味ビーンズがざらざらと流れ出てきて、それは瞬き二回、すぐに床を埋めてしまって、俺は思わず息を飲む。ニコラスは決して頭の悪い魔法使いではなかったが、一年に一度は、俺よりもずっと頭の悪い魔法使いになる日があった。
つまり、今日がその日だ。


「おお、困った、アンディ、この缶はハニーデュークスに繋がっているのかもしれない!いくらでも出てくるぞ!」

「何でだよ!?ニックのやつ!あいつは馬鹿なのか!?」

「馬鹿はお前だ!揃いも揃って!何度も言わせるな!魔法使いだろう!魔法を使え!杖を持て!箒に乗り過ぎて馬鹿になったのか!」


四角い部屋がまるごと全て、百味ビーンズの入れ物になってしまう。足首を埋め始めたそれに、いよいよ頭を抱えたグランドの頭の上を、小さな箒がぐるぐると飛び回っていた。


「パック!戻れ!百味ビーンズ!アクシオ、ラヴィーの写真!」


あ!と言うよりも、それは早かった。
床を埋めていた百味ビーンズがざらざらと、逆さまにひっくり返した缶の中へと吸い込まれていく。その間を縫うように、カナリアイエローの便箋が飛び出してきて、そしてそれから、俺は両手で顔を覆い隠した。


「よっ、…………と」

「パーチ!兄弟よ!君って魔法使いは賢いな!」

「…………悪い、アンディ……」

「えっ、一体何を謝ることが、あ、」


カナリアイエローの便箋と、そしてそれから、金の花模様の縁の便箋を受け止めて、パーチとグランドは二人揃って神妙な顔をする。


「……いい、どうせ、知ってたんだろ……防壁呪文だって、かけてくれたもんな……」


パーチは、呼び寄せ呪文をかけた。ラヴィーの写真、と、呪文をかけた。この四角い、埃臭い小さな部屋には、ニナの写真は、二枚あったのだ。
百味ビーンズの底に一枚と、それから、ソファの下の床、その下に、もう一枚。


「…………くそお!恥ずかしい!何だよこの仕打ちは!何なんだよ!」

「や、やあ、そんなに恥ずかしがることはないだろう?そうさ、僕達は初めからそこに写真があることを知ってたんだから……」

「そうさ、そうだとも、俺とパーチで、写真が鼠に齧られないよう防壁呪文をかけて……」

「は、恥ずかしいだろうが!成人した魔法使いだぞ!?成人した魔法使いが!大事にしまってる魔女の写真が!突然!こんな!前触れもなく!人目に!人目に……!」


ソファの下。その床板が、外れている。そしてその床板の下には、銀の鱗を持つドラゴンが描かれた、如何にも子供の魔法使いが好む絵柄の缶が収まっている。それもそうだ、何せその缶は、ホグワーツに入る前、どうしても欲しいのだと父親にねだったものなのだから。そしてそれから、如何にもなその缶の蓋の下、その中には、丁寧に麻の紐でまとめた手紙が覗いていて、俺は頭を抱えてしまう。
銀の鱗の、ドラゴンのせいだ。あれがもっと、せめて星座だとか、そういった、少なくとも子供染みたものでなければ良かったのだ。ドラゴンのせいで、途端に何もかも全てが幼く見えてしまうのだ。
勿論、本当はドラゴンのせいではないことは、そう、成人した魔法使いなのだ、分かってはいたが。


「……グランド、これは間違いなくロマンスだな……」

「そうだろう?それもとびきり特別なロマンスだ……」


まるで、初恋だな。
ダブル・ショーンが呟いて、俺は目眩を覚える。そして、この部屋に鏡を置いていないことを感謝した。俺の耳は今、世界中のどの魔法使いの耳よりも赤くなっている筈なのだから。
ドラゴンの胃袋の中でも、何でも良かった。兎に角俺は、何処かに隠れたくて仕方がなかった。


「……アンディ、次の試合で必ず月刊クィディッチの一面を飾ろう」

「そうだとも、そしたらそれを、ラヴィーに送ろう。ラヴィーはきっと、アンディのことを好きに、」

「うううううるさい!もう!うるさい!黙ってろよ!慰めるな、惨めになるだろ……!?」

「そうか?それなら、そうだな……」

「……メリークリスマス、アンディ」


グランドよりも傷の少ないパーチの手が、便箋をふたつ、まるで魔法大臣を相手にしているかのように仰々しく俺に差し出す。カナリアイエローと、金の花模様の縁。ぐるぐると飛び回っていた箒は、いつの間にかキャロットケーキの直ぐそばに落ちていた。
窓の外に、灰色の煙が広がっている。クリスマスであろうと、向かいの魔女は相も変わらず魔女鍋をかき回しているようで、何処かから吹き込んでくるすきま風はトフィーを焦がしたような甘くも苦い匂いがした。


「……メリークリスマス、ダブル・ショーン」


まるでではない。本当に、そうなのだ。ドラゴンの缶に相応しい、それなのだ。
便箋をふたつ、情けないことに恥ずかしさのあまり震える右手で受け取って、俺は今更になって赤い耳を隠す。カナリアイエローの便箋の中では、まさか成人した魔法使いへのプレゼントにされているだなんてことを知らないニナが、ニナによく似た横顔の大人の魔法使いといつまでも幸せそうな顔をして踊っているのだった。

その日の夜、百味ビーンズの波に足をとられて溺れる夢を見た俺の足元には、ラベンダー色をしたふたつの写真立てが置かれていた。写真立ての裏側に刻まれた遅い初恋おめでとうという文字を見付けるのは、クリスマスから一週間と二日が経ってからのことである。


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