「んんん、どうしよう……」


ロータスピンクの頁をめくって、蜂蜜色をしたラッピングの頁を眺める。匂いのする包装紙や色の変わるリボンに興味はあったけれど、どうにもそれに包まれるプレゼントが思い付かず、私はニコラス先輩から借りた去年のカタログから手を離し、ぬっと視界の端から伸びてきたゴブレットを受け取る。振り返ると隣で興味なさげにカタログをのぞき込むミネルバがいて、私はゴブレットに口をつけながらカタログをテーブルの真ん中に置いた。向かいに座って魔法史の教科書を読んでいたサミュエルも、ミネルバと同じようにカタログをのぞき込む。


「色んなラッピングがあるのね……」

「匂いのする包装紙……凄い……どうせ破られて終わりなのに……」

「うん、うん、そうなの、そうなんだけど」


ゴブレットを傾けて、甘い湯気をたてるそれを口に含む。ミルクの中に溶けきれていないチョコレートがぷかぷかと揺れていて、私はそれを見下ろしながらカタログの頁を伸ばした。
発火キャンディ、ドラゴンの手袋、ベジボム。男の子向けのプレゼントの頁にミネルバとサミュエルは揃って眉を寄せ、私を見る。何を間違ってもこの頁に載っているものを欲しがりそうにない二人に、私はゴブレットをテーブルに置きながら視線を返すが、二人の眉は寄ったままだった。


「……やっぱり、やっぱり二人とも、こういうのは欲しくないよね」

「え、ええ、まあ、私はね」

「……僕も、こういうのは使ったことないし……うーん」

「……あのね、弟に、トムにあげるプレゼントを考えてたんだけど……」

「この頁は間違いなく無いと思うわ」

「……やっぱり」


ぴしゃりとミネルバがそう言い切って、彼女はそのままカタログの頁をめくっていく。リズム良くめくられる頁に私とサミュエルは黙って見守ることしか出来なかったが、ミネルバは漸く手を止め、頁の右端を指さした。
ミネルバの細い指の先に、綺麗な懐中時計の絵が揺れている。黒いインクで描かれただけのそれが実際どんな色なのかは分からないが、細かく描かれたそれはとても素敵なものだった。


「私がトムみたいな弟を持っていたら、こんなものをあげるかしらね」

「……でもマクゴナガル、これ、結構な値段だよ。ほら、見てよ」

「……これはあげないわね」


ミネルバの細い指がぱっと離れ、すぐに頁がめくられる。私は値段を見ることが出来なかったが、きっととても高いのだろう。頁をめくるミネルバの指が絡まってしまうくらいには。
ミルクの中で揺れるチョコレートを見下ろして、それから天井を見上げる。分厚い灰色から落ちてくる白がゆっくりとミルクの中に飲み込まれて、私はそれをぼうっと眺めていた。
視界の端で、教科書と一緒に地図を広げるグリフィンドール生が見える。ちらちらとうつる真紅のネクタイの上の顔は、とても楽しそうに地図をのぞき込んでいた。


「私も、私も三年生ならなあ……」


そうすればきっと、ホグズミードで素敵な贈り物が見つかるのに。
ホグズミード村の地図を広げるグリフィンドール生が視界に入り込まないように背を向けて、二人と一緒にカタログを眺める。トムもこんな風に悩んでくれているだろうかと考えると少しは胸が弾んだが、それでも一度カタログを眺め始めると弾んだ胸は静かに腰を下ろすのだった。






──それじゃあ ニナ 良い夢を


「ねえ、談話室で上級生があなたのこと呼んでたわ」

「え、え?」


昼間散々カタログの上をなぞった私の指が日記帳の背表紙を慌てて閉じるのと、誰にも覗かれないようにとぴったりと閉めていたカーテンが何でもないように開かれたのは、ほぼ同時のことだった。
何を贈ろう、どんな物が似合うだろう。ミネルバにはあれを贈って、サミュエルにはあれを贈って、それから、それから。頭の半分くらいがクリスマスで埋められているのを隠してどうにか交わしたトムとの取り留めのない会話がカーテンの向こうへと飛んでいき、ゆっくりと冷えていく。顔を上げた先にあったのは、大きな丸い瞳だった。


「あ、ごめんね、日記書いてたのね。ごめんなさい、悪気は無かったのよ、先に声をかければ良かったわ」

「う、ううん、大丈夫、大丈夫……。え、あの、え?」


まさしくそのまま今の今までトムと日記帳でやり取りをしていたからか、カーテンの向こうに体を隠して顔だけ覗かせる彼女、時折挨拶をしてくれるようになった同室の赤毛の彼女の言葉が耳に上手く届かない。ぱちぱちと瞬きをする度に彼女の小さな口から飛び出した言葉が目の前で弾かれて、音もなくベッドや壁や床の深いところへと消えていく。そんな私に彼女は気付いたのか、ジンジャー色の赤毛を揺らし、私に小さく手招きをした。


「あのね、談話室で上級生があなたを呼んでるの。とってもハンサムな上級生よ。ほら、クィディッチのチームの人よ」

「……は、ハンサム、ハンサム……?」

「ええ、私暖炉の前で寝ちゃって、その人が起こしてくれたの。うふふ、良いわね、あんな人と知り合いで」


くすくすと笑って彼女はまたジンジャー色の赤毛を揺らし、頬に手を当てその場でくるくると回ってみせる。きっとマダムマルキンの洋装店で買ったのだろうネグリジェがふわりと巻き上がり、裾に縫いつけられた白いレースからひらひらと花びらが落ち、床につくまえに溶けるように消えてしまった。確かそれは、ホグワーツの制服を作っている時にこれはどうかと母さんが楽しそうに見せてくれたものだった。甘過ぎる、なんて食べ物じゃないのにそんなことを言ったトムの顔があんまり不機嫌だったから、私は買わなかったけれど。


「やだいけない、みんな寝てたんだったわ」


くるくる回っていた白いレースが緩やかに動きを止めて、彼女ははっと口元を押さえる。その動きがとても可愛らしくて見つめていたら、二つのベッドから聞こえる寝息を確かめた彼女が口元を押さえたまま私にそうっと顔を近付ける。


「兎に角、談話室で上級生が待ってるわ。消灯時間だから、静かにね」

「う、うん、うん、分かった」


耳元で秘密の話をするかのように囁かれ、私も囁くように言葉を返す。すぐ近くで合った視線がくすぐったくてほんの少し顔を遠ざければ、彼女は口元を押さえてくすくす笑った。
日記帳を枕の裏にしまい込んで、そっとベッドから降りる。足音を立てないように自分のベッドへ向かう彼女を真似てつま先で歩いていれば、彼女は私を振り返ってまたくすくすと笑った。その笑いはくすくす妖精に小指分ほど似ていたけれど、何故だろう、嫌ではない。


「うふふ、消灯時間に部屋を出るなんて、アンとリリスならかんかんね」


きっと、彼女を真ん中に挟んで私の前からそそくさと逃げていく寝息の持ち主の名前だろう。つんと澄ました顔をして、彼女を連れて森梟のように逃げていく同室の女の子二人を思い出しながら、私はこっくりと頷いてみせる。あの二人は、ぴんしゃんと背筋を伸ばして歩かないといけない呪いをかけられているような人たちだった。きっと、ほんの少しの間違いも許してもらえない。


「ふふ、うふふ、楽しいわね、こういうの。でも気をつけてね、そうっと静かにね」

「うん、うん。……あの、ありがとう、ジェイン」

「……何て事はないわよ、ニナ」


多分初めて彼女の名前を口にして、私は緊張してしまったのだ。小さな八重歯を見せて笑った彼女から慌てて顔をそらし、急いで部屋から出る。ひんやりと冷たい女子寮の廊下を進みながらほうっと息を吐き出せば、穴熊の巣穴のように狭い廊下に白い息が震えながら消えていった。
父さんが送ってくれた新しいカーディガンの裾を握って、談話室へと歩く。巣穴の出口からぱちぱちと火の弾ける音が聞こえて、私は息を潜めて談話室を覗いた。誰かが置いていったのだろう箒が、ひっそりと床に転がっていて、その向こうの暖炉の前に、誰かが座っている。ソファにゆったりと体を預けて何かを呼んでいるその人の髪が、暖炉の火に照らされてゆらゆらと光って見えた。くすんだ、赤毛だ。


「おっ、来たか」


アンドリュー先輩であると私が気付いたその瞬間、彼は私をぱっと振り返り私を手招きする。来いよ、といつもより小さなアンドリュー先輩の声に引っ張られるようにソファに駆け寄れば、アンドリュー先輩は自分の隣に座れと言うようにソファを叩いた。


「あの、こんばんは……?」

「おう、こんばんは。悪いな、寝てたか?」

「いえ、大丈夫、大丈夫です。まだ起きてました」

「起きてた?そりゃ駄目だ、悪い子だ!」

「えっ、わっ、」


アンドリュー先輩のひそひそ声がいつもの大きな声に戻って、視界が真っ暗になる。柔らかな何かが顔を覆って、勢いのままソファに倒れ込めば、アンドリュー先輩が喉をならして笑う声が聞こえた。驚きながらも顔を覆っていた何かを手で確かめれば、それはクッションだったらしい。ゆっくり顔から離れていくカナリアイエローをしたそれを持つアンドリュー先輩は、とても楽しそうだ。


「ちゃんと寝なきゃ駄目だろ、ニナ」

「ご、ごめんなさい……アンドリュー先輩……」

「……素直、お前ってほんと素直……」


倒れ込んでいた私を抱き起こしながら、アンドリュー先輩は口元を手で覆いながらそんなことを言う。そんな彼を見つめていたら、彼は思い出したように私を座り直させ、目の前に何かを差し出した。
暖炉のゆらゆらと揺れる火が、それを照らし出す。アンドリュー先輩の手にあったものは、新聞の切り抜きだった。


「……世界にひとつっきり、オーダーメイドの魔法道具……?」


その中でも大きな文字を読み上げれば、切り抜きの向こうでアンドリュー先輩が得意気に笑う。まるでスニッチを手に私を観覧席から連れ出してくれた時のような笑顔だったので、訳も分からぬまま私もつられて頬をゆるめてしまった。


「そう、世界にひとつっきり、オーダーメイドの魔法道具だ。クリスマスプレゼントにはぴったりだと思わねえか?」


小さな切り抜きを私の手に握らせながら、アンドリュー先輩は言う。その言葉にはっとアンドリュー先輩のグレーの瞳を見つめれば、彼は切り抜きを指でなぞりながら私の目を見つめ返してきた。暖炉の火が入り込んだグレーの瞳が、ゆらゆらと揺れて、とても綺麗だ。


「き、聞いてたんですか、聞いてたんですか?私が悩んでたこと」

「いや、まあ、聞いたって言うより、見たって言うか、見たら分かるって言うのか……?」

「見たら分かる、え、そんなに、そんなにですか……!?」

「おう、分かりやすかった」


思わず切り抜きを握りつぶしてしまいそうになるのを必死に堪えて、私はカーディガンの袖を握る。大広間でカタログをずっと見つめていれば、それもそうだろう。頬がじわりと熱くなって、アンドリュー先輩のグレーの瞳から切り抜きへと視線を逃がす。アンドリュー先輩は、笑っていた。
切り抜きの文字をなぞろうと視線を動かそうとすると、す、とアンドリュー先輩の骨ばった指が伸びてくる。とんとんと切り抜きを叩く彼の指は、少しだけ赤い。きっと、長い間ここに座って待っていてくれたのだろう。


「これ、今年卒業したグリフィンドールのビーターがやってる店な。最近始めたばっかだから、客がいねえんだってさ」

「……このお店、このお店はどこにあるんですか?」

「まだ店は構えてねえんだ。注文してくれそうな魔女の家をふらっと訪ねたりして売り込んでるところ」


切り抜きから指を離し、アンドリュー先輩はカナリアイエローのクッションを抱き抱える。切り抜きの一番下に書かれた文字は、きっと今年の夏までグリフィンドールでビーターをしていた人の名前なのだろう。ランスロット・ニーデルというかつてのグリフィンドール生を頭に思い描きながら、私はアンドリュー先輩を見上げた。


「でも、ホグワーツには、」

「大丈夫、それなら俺がさっきダンブルドア先生に頼んできたから。明日、ダンブルドア先生の部屋に行けば会える」

「え、え、」

「さっきダンブルドア先生から返事がきたんだ。明日の午後の授業が終わったら直ぐに行けよ。一回、話してみると良い」


アンドリュー先輩のグレーの瞳が、身の前でゆっくり細められる。くすんだ赤毛の下にあるそれがとても綺麗で、私は切り抜きを大事にカーディガンのポケットにしまって、それからアンドリュー先輩の胸に額をくっつけた。
驚いたアンドリュー先輩の手がお腹に挟まれたカナリアイエローからはずされ、うろうろと宙を泳ぐ。ぎゅっと背中に手を回してアンドリュー先輩を見上げれば、彼は目を丸くして私を見下ろしていた。


「お、おい、あの、ニナ……!?」

「ありがとう、ありがとうございますっ、アンドリュー先輩、素敵なプレゼントが贈れそうですっ」

「おおおお、おう、それはよかった!どういたしまして!」


父さんにするように額を胸に寄せて、ぎゅっと腕に力を込める。父さんよりも少しだけ早くて、トムよりも少しだけ遅い胸の音に耳を傾けながら、私はゆっくりとおりてきたアンドリュー先輩の手の感触を確かめていた。
顔を上げれば、アンドリュー先輩はグレーの瞳を溶かしたように細め、私を見つめている。彼のゆるんだ口元に、私の頬もまたつられてゆるんでしまった。


「弟もこれくらい甘えてくれたらなあ……」


私のカーディガンを撫で、それから私の髪を持ち上げたアンドリュー先輩に、私はトムを思い出す。優しく髪を撫でてくれるその手は少しだけ似ていたけれど、やっぱり違うものだった。










×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -