「そういえばメイフィールドはどうしたんだよ?クリス、誘ったんじゃなかったのかい?」

「勿論誘ったさ、誘ったんだけどね」

「彼はレイブンクローの中でも一番に変わり者だから、仕方がないさ。平気だよ、その内誘わなくても来るようになる」

「それよりも今は呪文学、そうだろう?梟対策をしないと」

「梟なんか可愛いものだぞ、僕はイモリだ。ああ、メリーソート先生じゃなけりゃあな」


背の高い魔法使いから、脚ばかりが長く伸びたような魔法使い。はしたなく鼻をすする魔法使いに、短い前髪を無理矢理に右に撫で付けた魔法使い。青いローブの裏地を翻したレイブンクローの彼等は、足音はちっとも揃わない癖に、皆一様に右腕には分厚い本を二冊も三冊も抱えていて、左肩にはインクのにおいが染み付いた鞄を引っ掛け、そうして図書室の扉の向こうへと吸い込まれてく。それを振り返り眺めていた僕は、彼等こそ正しく変わり者ではないだろうかと思ったが、しかしそれは顔には出さず、黙って廊下を歩いた。何せ、僕の斜め左前、彼等を振り返ることもなく、ローストビーフがはみ出したサンドウィッチをくわえたまま、右手にスコーン、左手にオーツケーキを乗せているような変わり者が、アルファードがいるのだ。


「アルファード、せめて包んで持ってくるくらいすれば良かったのに」


言えば、アルファードが歩みを止めて、手も使わずに器用にサンドウィッチを食べ進めていく。ローストビーフの欠片が廊下に落っこちてしまったが、彼の汚れた口許に比べれば綺麗なものである。油まみれの口を、ローブの袖を避けて手の甲で拭った彼は、不満げに僕を見ていた。


「だって、仕方がないじゃあないか。俺はとんでもなくお腹が空いていたっていうのに、君がさっさと食事を終わらせちゃうんだもの」

「僕のせいだって?」

「そりゃあそうさ!半分はね、トム、君が俺を急かすせいだよ!」

「別に、一緒に部屋に戻ろうなんて言ってないよ。僕は自分の食事が終わったから席を立っただけだから」

「おお、またそんなことを!君って魔法使いは直ぐにそうやって、自分は一人でも一人前の魔法使いなんだって顔をしようとする!」

「……意味が分からないんだけれど」


スコーンの間には、いつの間に塗っていたのか、クロテッドクリームがべったりと挟まっていて、アルファードはそれを大きな口で半分も頬張った。
ぼろぼろとスコーンの欠片を落としながら、アルファードは歩き出す。此処で立ち止まっていても仕方がない。肩を竦め、早く部屋に戻ってしまおうとアルファードの後ろをついていくように歩けば、彼はもうスコーンを食べきってしまっていて、残されたのはオーツケーキ二枚きりになっていた。


「それじゃあ、残りの半分は自分が悪いんだって認めるんだ?」

「認めるとも、寝坊をして、朝を抜いたせいだってね。だけれどそれでも半分の半分、これくらいさ」


言いながら、アルファードはオーツケーキを四等分に割ってみせて、中でも一番小さなそれをつまみ上げる。半分は僕のせいだとして、残りは一体誰なのか、何なのか。
目の下に悪夢を描いたような隈を持つ魔女が、防衛術の教科書を逆さまに抱きながらふらふらと歩いているのが見えて、僕は彼女が梟か、そうでなければイモリなのだと理解した。顔色の悪い、中でも教科書や二インチもある分厚い本を抱えた生徒達は皆、五年生か七年生なのだとニナが言っていたのだ。


「それで、これはカローと、それからアブラクサスさ」


四等分のうちの、大きなひとつ。アルファードはそれをかじり、奥歯にオーツが詰まったに違いない、顔をしかめて妙な顔をしたので、彼は言葉を続けることが出来なかった。
廊下を曲がり、中庭を通り抜ける。カナリアイエローのローブの裏地に思わず顔を上げるが、そこ、ベンチに腰を下ろし、薄い日刊予言者を読んでいたのは名前も知らないブルネットの髪をした魔女で、僕は未だ妙な顔をしているアルファードを追い越した。


「どうしてその二人が?今朝から一度も顔を会わせていないはずだけど?」

「あー、ほら、だから二人が、うううん」


僕の問い掛けに、アルファードは奥歯に詰まったオーツに夢中で、視線ですらも定まらない。地下への階段を下りる足取りはおぼつかず、彼は今にも足を踏み外してしまいそうだった。
薄暗い廊下を、誰かが歩いている。いかにものろまな足音は、ニナでもなければ、アブラクサスでもない。とうとう足を踏み外してしまう前に、残り五段、蝋燭の灯りの下で立ち止まったアルファードに、僕はアブラクサスの青白い顔を思い出した。


「待って、待っておくれよ、んん、あ、取れた!取れた!ああ良かった、舌がつるのが先なんじゃあないかって心配したよ」


口許を汚しはするが、ローブの袖で口を拭うことはしない。妙な顔をしてオーツを奥歯に詰まらせるが、それを指で取ることはしない。はしたなくも弁えているアルファードとは違い、彼は、アブラクサスは、賢くなれずにいる。


「それで、残りは?二人が何だって?」

「え?ああ、そうだ、だってほら、カローとアブラクサスがさ、真夜中にだよ?ゴーストよりも悪い顔色をして談話室にいたんだよ。俺、何か悪いものを見たような気分になっちゃってさ、眠れなくなっちゃって」

「……つまり、寝坊をして、朝食べられなかったのはそのせいだって?だからとんでもなくお腹が空いたってこと?」

「話が分かる魔法使いで本当に助かるよ。俺が杖を振る前に、君はいつも呪文を教えてくれるよね」


オーツケーキを頬張り、アルファードは僕の肩に肘を乗せる。どういたしましてと呟けば、アルファードは何故だか僕に体重をかけてきたが、僕は何も言わずにそれを受け入れた。
僕はもう、スクイブだと笑っていた彼を恨んではいない。ニナを惨めで愚かしい気持ちにさせていた彼を、陥れようとは思わない。僕がそういった素振りを見せれば、たちまちにニナが僕を遠ざけてしまうのだから。彼女は、彼女の問題をほんの少しも僕には分けてくれないのだ。僕はとうにそれを、痛いほどに知っている。味わっている。


「アルファード、重い」

「親友だからさ。これが親友じゃあなきゃ、もっとずっと軽いとも」


だが、彼が、アブラクサスが愚かにも余計なことをしようとするのなら、考えているのなら、僕はそれを止めなくてはならない。
僕は、彼がニナをスクイブと呼んだことを少なからず後悔していると、分かっていた。ふと、友人に向けるような穏やかな目をニナに向けることがあることを、分かっていた。
そうして恐らく、アブラクサス・マルフォイという酷く哀れな魔法使いは、僕が分かっていたそれら全てを、あの夜初めて、僕の手によって剥き出しにされ、愚かな望みを持つ己の姿を知ったのだ。


「もっと軽くても良いんだけど」

「わあお、またそうやって!良いかいトム、君のそういった真冬の匂いがする言葉を受け止められる俺だからこそ、この重みなんだ!」

「ああ、そう、へえ」

「良いとも、良いとも、いつか俺のありがたみがうんと分かる日がくるからね」


僕は、剥き出しにされたそれがアブラクサスを動けなくさせると、分かっていた。そうしてニナが、決して彼を友人と呼ばないだろうということも、何もかも分かっていた。


「いつになるんだろうね、それって」

「それはトム、君次第さ。今日だって明日だって、いつだって可能性はあるんだものね」


白い歯が笑っている。廊下の先からやって来たスリザリンの魔女達が相も変わらず僕達、魔法使いを避けて通り過ぎていったが、アルファードは気にもならないのだろうか、ゆるんだ頬を見せつけるかのように僕に向けるばかりだった。
アブラクサスは、ニナの友人にはなれない。なってはならない。僕は、これ以上、僕以外の誰かが彼女に近しくなることを、許せなかった。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -