──親愛なる我が兄弟 トム・リドル様
この夏は如何お過ごしでしょう。勤勉かつ不真面目とは正反対にあるあなたのことなので勉学に励み有意義な休みを過ごしていることとは予想がつきますがそればかりではとても夏とは呼べません。そこでひとつ提案なのですがどうかあなたの屋敷に私を招待してくれませんか?花の香る素敵な屋敷を想像してしまうのは仕方のないこと。何せ私はあなたの屋敷に招かれたことがありませんから。
良いお返事をお待ちしております。かしこかしこ。
いつでもあなたの腹心アルファード・ブラック

──追伸 こんなにも仰々しい手紙しか書かせてくれない手厳しい屋敷しもべ妖精から私を救って どうぞ


十年ぶりに机の引き出しから便箋と封筒を出したような、湿気と時間だけが感じられるその黄ばんだ手紙を、彼はどこから引っ張り出してきたのだろうか。父親の使い残しでも見付けてきたのかもしれない、と思いながら、僕は黒い蝋のくっついた封筒をズボンのポケットに押し込み、朝刊魔法使いを広げる。この夏、ダンが新たに新聞を二つ、週刊誌を一つ増やしたのは、僕にとってはもう殆ど用済みの順位表が彼の財布を開けさせた結果だった。妻の用意したランチを好み、仕事終わりにパブのひとつも寄らない彼は倹約家であったが、しかし子供を褒める際、金を惜しむことはしない魔法使いらしかった。
朝刊魔法使いの片隅に、昇進祝いの私信が一言、花の枠組のなかで跳ねている。隣の頁には先日ウイムボーン・ワスプスと契約したビーター二人組の写真が一面に半分、大きく載っていて、どこか見覚えのある二人組に僕は朝刊魔法使いを傾ける。ローブの色が出身寮に似ていたから、とインタビューに答える二人組は、ダブルショーンと呼ばれているらしい。


「あら、トム、あなたに手紙が届いていたけれど、もう読んだ?返事を書くなら、いくらでも便箋が余っているわよ」

「ああ、うん、ありがとう、ハツ。でも良いんだよ、ただの報告だから」

「報告ですって?」

「そうなんだ、流行ってるんだ、スリザリンではね。くだらないことを一方的に送り付けるんだよ」

「そうなの、今はそんなことが流行っているの。ブラックティー?ミルクティー?」


庭に出ていたハツが、ガラス瓶を二つ、左腕に抱えて戻ってくる。後ろ手にドアを閉めた彼女はここ数日、家に誰かがいるのが余程嬉しいのか、キッチンに中身の詰まったガラス瓶を置くなり僕の返事も待たずにティーカップと茶葉の入った四角い缶を棚から取りだし、杖を構えた。
壁に掛けられた時計を確かめる。九時。真上の部屋で、足音が聞こえた。


「ミルクティーにするよ、ミルクを多くしてくれると嬉しいな」

「ミルクを多くね、分かったわ。直ぐに支度するわ。食事は済ませた?こっちの棚にしまっておいたんだけれど」

「ううん、まだだよ。新聞を汚しちゃいけないと思って」


ぎしぎしと、思っていたよりも早い足音が下りてくる。それにハツは気付いているのか、彼女は杖をひと振り、鍋に湯を沸かし、その湯を大きなスプーンに三杯分の茶葉を入れたポットに勢いよく注ぎ、棚の奥から底の深い丸皿を二つに、クランペットとブラックプディングの乗った皿をひとつ取りだし、ダイニングのテーブルに並べていく。
玄関の前、廊下を歩く足音が曲がって、きゅ、と蛇口を捻る音が聞こえた。


「さあ、どうぞ。残ったらお昼に回すわね」

「昨日もそうだったね」

「やだわ、まるで私が毎日手を抜いているみたいに聞こえる。ケーキを焼くから許してちょうだい」

「別にそんなつもりはないけど、いいよ、許すよ」


底の深い丸皿の正体は、トマトで煮込んだビーンズと、それからマッシュポテトだった。
ダンのランチはきっと、彼の好きなマッシュポテトのサンドウィッチだろう。やはり見覚えのあるビーター二人組を横目に、僕は朝刊魔法使いを縦三つに折り、きゅ、と蛇口を捻る音がした方を向いた。
足音が十二歩、リビングの入り口に顔を出した彼女の前髪は跳ねてはいないが、濡れていた。


「あらあら、おはようニナ。丁度良いわ、朝ご飯食べちゃって。母さん、今から買い物に行くから、食器は置いておいてね」

「おはようニナ、はい」

「おはよう、おはよう……、母さん、何処に買い物に行くの?」

「パドルミアまでローブを買いに行くのよ、マグル避けの良いローブがあるんですって」


隣の椅子をひいてやれば、ニナはそこに浅く腰を下ろし、昨夜遅くまでミネルバ・マクゴナガルからの手紙のマグルの村人の帽子を彼女の小さな弟が魔法で飛ばしてしまった話を僕に話して聞かせてくれたせいか、未だ眠たげな顔をしていた。
それじゃあ行くわね、と、目の前に置かれたミルクの多いミルクティーを、ひと口。熱くないそれを、ニナの前に置き直して、僕は二人分のクランペットが乗った皿を引き寄せた。


「お昼には戻ってこれるから、あなた達も丘に行くならそれまでに帰ってね」

「うん、気を付けてね、ハツ」

「行ってらっしゃい、母さん」

「ええ、気を付けて行ってくるわね」


僕とニナを一度ずつ、右腕と左腕に抱き締めた彼女をダイニングから見送って、僕はクランペットを手に、それを千切る。時計を見上げ、朝刊魔法使いを見て、それから目の前に置かれたティーカップを見たニナはやはり、そのティーカップを迷わず手に取り、傾けていた。


「……あ、ミネルバに返事、手紙、書かなくちゃ」

「便箋ならいくらでも余ってるって、ハツ、言ってたよ」

「本当?それなら、母さんが帰ってきたら言わなくちゃ。トムは?トムは誰かに手紙、書く?」

「いや、僕は誰からも手紙が届いてないから」

「トムからは?自分からは書かないの?」

「今日はまだ止めておくよ。退屈になったら書こうかな」


ミルクティーをひと口。ニナはそんなものかと小さく頷きながらまた時計を見上げ、朝刊魔法使いを見て、そうして最後に眠たげにゆっくりとした瞬きをした。

7月の終わり、メリルボーンの夏は、恐ろしく穏やかに流れていた。


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