「俺、暫くあいつのこと恨もうと思う。恨むだけな。呪ったり嫌がらせしたりなんて、何もしないぜ、そんなの魔法使いらしくないからな」

「もうとっくに魔女より湿気ってるから気にするなアンディ」


談話室を通り抜け、授業へ向かおうとした私の耳にするりと逃げ込んできたのは、そんな言葉だった。
誰にも聞かれてはいけないようなそんな言葉は、どこから転がってきたのだろう。視線を巡らせて、私は直ぐに暖炉の前に座り込むアンドリュー先輩と、ソファに腰を下ろすニコラス先輩を見付ける。
ミネルバが食べきれずに大広間にいた生徒に分けることになったオーツケーキやマフィンを包んだクラレットの包みは、アンドリュー先輩にも渡っていたらしい。ラズベリーとクリームチーズが覗くそれを忙しく口に運ぶアンドリュー先輩の眉間の皺は谷のように深かったけれど、休むことのない手はそれが口に合わないわけではないのだと教えてくれていた。これだけは、と、コーヒーとウォールナッツの大きくて丸かったはずの、最後には小さな三角がふた切れになってしまったそれだけは誰にも分けずに彼女は持ち帰っていたけれど、今頃あのケーキはどうしているのだろうか。
ソファに座るニコラス先輩の膝にみっつもクラレットが座っていることに目を見開きながら、授業に行かなくては、と、私は鞄を肩にかけ直す。談話室には授業の数がひとつふたつ、半分も減ってしまった上級生達がいるだけで、私のような下級生は殆ど残っていなかった。


「四年生のくせに、やってくれたぜウィリアム・グレイのやつ……!」


巣穴を抜けて、這い出るように寮を出る。鞄がいつもより重いのは、私の鞄にもクラレットがひとつ、残っているからだ。
寮を出て、一度ローブの皺を伸ばす。くすくす妖精のぶら下がっていない裾は軽いけれど、冬用の少し分厚いローブに変われば、今よりずっと重く、脚に絡まるだろう。それを考えると頭が下に傾いてしまって、温室の外で待っているはずのヒューのことをほんの少し、廊下に落っことしてしまった。


「わ、」


それを拾い上げる間もなく忘れ去ってしまったのは、そんな私の背中に飛び込むように誰かに突き飛ばされたからだ。
爪先が妙なリズムを踏んで、私は前のめりになる。鞄を咄嗟に抱き締めるけれど、何の意味もないだろう。転んでしまえば、きっとクラレット色の包みの中は潰れてしまうに決まっていた。
しかしそれは、本当に何の意味もなかった。気付けば私はぐるりとお腹に腕を回されるように支えられていて、転ぶことはなかったのだから。


「あ、あり、がとう……」

「……………………」

「……ありがとう、ございます……」


聞こえていなかったのだろうかと、言い直したわけではない。振り返った先にいた魔法使い、私を突き飛ばしてしまったのだろう彼はちゃんと、ひとつ、頭を振ったのだから。ただ、彼は随分と背が高かった。私が持っていれば上手く扱えず、何処かにぶつけてしまうだろう長い手足を持った彼はきっと、上級生だ。
ふわふわと、風もないのに髪が揺れている。眠たそうに半分下ろされたような瞼の下には透き通るようなラズベリーの瞳があって、それはそっと伏せられた。そこにかかる前髪は、クラレットだ。
こんなに目立つ上級生が、いただろうか。首もとのカナリアイエローを確かめて、私は彼の細い鼻筋を眺める。髪色や瞳はイアンにほんの少し似ていたけれど、彼にお兄さんがいるなんて話は、妖精の噂ですら聞いたことがない。薄い唇はサミュエルに似ていたけれど、彼のお兄さんはアンドリュー先輩だ。
彼は、誰だろうか。


「……………………」

「あ、」


形の良い小さな顎を見上げていれば、彼はラズベリーを伏せたまま私から手を離し、長い脚を器用に働かせ廊下を行ってしまう。けれど、私は彼の後ろ姿から目を逸らすことが出来なかった。
瞬きをひとつ、間に挟んだ瞬間に、彼の髪はふわふわと揺れながら色を濃くしていたのだ。


「……七変化だわ」


なるほど、だから私は彼の目立つ髪色に見覚えがなかったらしい。ひとり頷いて、私は鞄を抱え直す。
廊下を曲がった彼の髪は、ふわふわと、ダークブラウンに色を変えていたのだった。





「ねえ、マンドラゴラなんて別に泣きわめこうが何てことはないって、そう思わない?」


マンドラゴラの体に右手で土を被せながら、左手はグローブ越しに小さな頭を擽るように撫でる。私が覚えているのは温室の外で待ってくれていたのはヒューではなく、顔を川トロールのような色に染めたジャックで、彼はもう倒れたくはないからと私にイアンを押し付けるようにしてヒューとペアを組んでいるということだけだった。


「んん、でも、倒れはするもの、倒れちゃったら、とっても困ると思うけれど……」

「………………まあね、うん、そうだけれど……」


イアンのベリーを浮かべた紅茶色の瞳が、ちらりと赤毛の後ろ頭を見た。今日は温室の隅で寝かされることのないジャックはマンドラゴラが這い出たがるくらいに土を山盛りにしていて、ヒューはそんなマンドラゴラをつまらなさそうに見下ろしている。そんなヒューの向こう側で、ジェイン達三人の魔女がスリザリンの魔法使い達にまざって鉢植えを選んでいた。今日でマンドラゴラに関する授業が終わるからだろうか、ジェインとリリスが手に取った鉢植えはひとつも欠けていない。あの大きな鉢植えなら、温室の隙間から入り込む冬の冷たい風も平気だろう。


「それじゃあイアン、次はこの子を植え替えるけれど、今度はイアンがしてね」

「……僕、ラヴィーの鼻唄が聴きたいな。君の鼻唄って、可愛いよね」

「ありがとう、でも、私、イアンの鼻唄もきっと素敵だと思うわ」

「…………分かった、やるよ、やるから、でも、鼻唄は無し」


言いながらイアンは両手を上げて、肩をすくめてみせる。まだたったの一度も植え替えることが出来ていない彼のグローブは汚れておらず、マンドラゴラの頬を撫でるのにはぴったりだ。
真新しい鉢植えを真ん中に、イアンと向かい合って座る。あと長針が何歩進めば授業は終わるのだろうか。誰からともなく始めた片付けに、鉢植えを押さえた私は視線を漂わせる。けれど直ぐに、鉢植えを見つめ直した。プラチナブロンドの後ろ頭は、私に気付いただろうか。


「ええと、それじゃあラヴィー、あの、耳当ては、ちゃんと付けてるよね?」

「平気だわ。大丈夫。でもイアン、その土じゃあないわ、この子はこっち、こっちの土よ。少し湿った土が好きなの」

「え、あ、ええ?そんなことってあるの?……ねえ、やっぱりラヴィーがやってくれた方が……」

「駄目。絶対に。それに、試験に出たら、イアンが困るもの」

「…………困らないと思うけどなあ」


ぼそぼそと、イアンは珍しく唇を尖らせている。お伽噺のような彼でもそんな顔をするのかとぼんやりと考えながら、私は彼が口許をひきつらせながらマンドラゴラを乱暴に引っこ抜いたのを見ていた。
耳当て越しに、わんわんとマンドラゴラが泣いている。そんな間抜けな泣き方じゃあないとジャックは言っていたけれど、私にはそう聞こえるのだから仕方がない。
他の子よりもずっと長い根っこの脚をばたつかせ、マンドラゴラは真新しい鉢植えを嫌がる。無理矢理押し込めようとするイアンは、余程マンドラゴラが苦手なのだろう。根っこが折れそうになっていることに気付いていないのだろうか、おかしな方向に曲がりはじめても彼はマンドラゴラを押し込み、私はマンドラゴラのお腹を撫でながら湿った土をかけた。


「イアン、イアン、危ないわ、痛いわ、根っこが折れちゃうっ……」

「僕、本当、苦手、こういうさ、生き物って、すっごく、苦手」

「ああ、待ってイアン、優しく、優しくね」

「優しく?優しくしてるよ、充分過ぎるくらいに」

「待って待って、先に泣き止ませてから、あの、イアン、この子を、そう、この子をジャックだと思って……!」


土で口を塞いでしまうかのような勢いで、イアンはマンドラゴラを埋めていく。このままでは開いた口から土が入り、マンドラゴラが駄目になってしまう。慌ててイアンの手を押さえて、私はジャックの背中を指差した。丸いジャックの瞳が、不思議そうにこちらを見ていた。
ベリーの紅茶が、す、と細められる。もしかするとそれは、ジャックを睨んでいたのかもしれないし、マンドラゴラを睨んでいたのかもしれない。兎に角彼の瞳は不機嫌で、唇はやはり尖っていた。


「……ジャック、ねえ」

「そう、そうジャック。だって、仲が良いもの」

「…………他の魔女でも良い?」

「え、ジャック、あの、ええ、勿論。イアンはとっても素敵なお伽噺の王子様だから、優しくしてあげてね」

「ははっ、何それ、僕ってそんな風に呼ばれてるの?」

「……う、ん、そう、そうなの、秘密ね」


多分きっと、私だけかもしれないとは、言わなかった。だって、みんなが言わないだけで、彼は本当にシルクのレースのような魔法使いなのだ。
マンドラゴラの頭をつつくように撫でるイアンの指先を押さえて、人差し指でそろそろとマンドラゴラの顔にかかっていた土を落とす。それを真似するようにイアンの指はゆっくりとマンドラゴラの頭を撫でて、わんわんと泣いていた口が漸く土を吐き出して、奥歯を擦り合わせるように閉じられた。もう、大丈夫だ。
イアンの長い睫毛が、下を向いている。泣き止んだマンドラゴラを面白そうに、けれどやっぱり少し、杖の先でつつくように乱暴に撫でる彼に不安になってしまう。しかし、マンドラゴラは思いの外順応するものらしい。ぽふりと妙な息を吐いて自ら土に埋もれていく姿に、可愛い、と、私の口は勝手に動いていた。


「……可愛いって、こういう時に使う言葉だったかな」

「え?……可愛いわ、とっても。ほら、この子はきっと寒がりなのね。首まで埋まってるもの、ね、首まで。見て、イアン」

「見てるよ、見てるけれど、うーん……?」


首を傾けながら、イアンは土を押さえていく。これで冬を越せるだろうマンドラゴラはふるふると頭を揺らして歌うように唇を突き出し、きぃきぃと、まるでピクシー妖精のような鳴き声をあげていた。それにまたイアンは瞳を細めたけれど、彼は何も言わなかった。
さらりと、ストロベリーブロンドの前髪が流れる。耳にかけていたそれは、土で汚れたグローブでは元の位置に戻せない。細く息を吐いたイアンは髪を流すように頭を一度だけ振って、そのまま彼は左斜めに傾いていた。
ストロベリーブロンドの髪に、クラレットが重なる。そうだ、彼は、一体誰だったのだろうか。


「ねえイアン、あのね、ひとつ訊いても良い?」

「ん?なに?」

「あ、待って、そっちの子は私が持つ、私も持つわ」

「ああ、ありがとう。それじゃあ戻しに行こうか。ええと、それで、何の話?」


植え替え終わった鉢植えをふたつ抱えて、ふたり同時に立ち上がる。温室の隅に並べておけば次に授業があるらしい一年生がマンドラゴラ専用の温室に持っていってくれるらしく、そこにはずらりと並ぶマンドラゴラの鉢植えがあった。


「あの、知ってたらで良いの。あのね、七変化の出来る上級生なんだけれど……」

「七変化……ああ、知ってる。四年生の魔法使いだ。確か、今年のシーカーじゃなかったかな」

「えっ!?」


ごとん、と、思わず勢いよく下ろしてしまった鉢植えの中から、眠っていたらしいマンドラゴラが、きぃ、とひとつ不満そうに鳴いて、スリザリンの魔女、ヴァルブルガ・ブラックがくすりと笑う。私は小さく謝りながらその子の頭から生える緑の草を撫で、瞬きの先では項垂れるアンドリュー先輩の背中を浮かべていた。
そうか、それじゃあ彼が、ウィリアム・グレイなのか。
もしかすると彼は、アンドリュー先輩の秘密の妖精の話を、私と同じように聞いてしまったのかもしれない。だから彼は慌てて談話室を飛び出して、私を突き飛ばしてしまったのだろうか。
アンドリュー先輩は、悪い魔法使いではない。けれど、ウィリアム・グレイから見ればアンドリュー先輩はどんな風に見えるのだろう。意地悪ゴブリンのように、皺だらけの指で杖を握り、息をぐっと重くさせる言葉をこぼす、嫌な魔法使いに見えていたのかもしれない。


「でもラヴィー、彼って、七変化じゃないよ、確か。君の言う上級生が、ウィリアム・グレイならね」


思わず奥歯を噛んだ私に、イアンは言う。周りはもうみんな片付けを終えグローブと耳当てを返し、温室を出ていくところで、イアンはそれにつられるようにグローブを外しながら私のカナリアイエローを見た。


「だって彼、完璧には遺伝出来てないからね。変わるのは髪と瞳の色だけ。それも、勝手に変わるんだ。七変化とは呼ばないよ」

「そう、そうなの……」

「それに、聞いた話ではかなりの変わり者だって。僕は興味ないけれど、メイフィールド先輩がいるのにわざわざ立候補したくらいなんだから、そうなのかもね」

「…………」

「……あの、ラヴィー、言っておくけれど、僕にはちっとも、悪口なんて言うつもりはないからね?ただ、聞いた話を言っただけだから、誤解はしないで欲しい、な……」


どんな、魔法使いなのだろう。考えて、頭を振った。考えすぎてしまえば、踵から深く深く、沈んでしまう気がしたのだ。だから何も言わず、私は彼を頭の隅っこに置いておく。彼についてどこまで潜っても良いのか分からない今の私には、そうすることしか出来ない。
耳当てを外しながら、視線を下げてみる。私のカナリアイエローは、マンドラゴラに気に入られてしまっていたらしい。いつのまにか汚れたそれは根っこの手が這った跡がべったりとついていて、私は慌ててグローブを外してカナリアイエローをほどいていく。
ローブのポケットにそれをしまいこんで、裾を払う。白くかわいた砂が目立ってしまうのは、仕方がないことだろう。後でミネルバに清めの魔法をかけてもらわなくては、と、私は思いながら、いつ彼女に会っても大丈夫なように結局ローブも脱いでしまった。


「まあ、何にせよ、僕達魔法使いに訊くより、こういう話って魔女の方が得意だと思うよ。ほら、ラヴィーの、……三つ編みの」

「ジェインね、ジェインだわ」

「そんな名前だった?じゃあ、その子。その子の方が得意だと思うな。僕、あまり周りに興味ないから」

「でも、名前は分かったもの。ありがとう、イアン」


温室に残っていたのは、もうふたりだけだった。隣の、一回り小さな温室に、先生の丸い背中が映っている。それを横目に眺めていればイアンが右腕を私の前に出したので、私はつい何も考えず、その腕に手を引っかけるように乗せた。父さんが昔、こうして私と丘を歩いてくれた。


「どういたしまして。それじゃあ、そこまで僕がエスコートしても?」

「そこまで?どこまで?」

「んん、そうだな、ヒューに見付かるまでだね」

「そう、そうだわ、だってそうじゃなきゃ、イアンを取ったって、私、ヒューに怒られちゃうもの」


言いながら、私より頭ひとつ分はせの高い彼を見上げる。サミュエルもずっと背が高いけれど、彼も背が高い。二年生の中ではふたりが一番なのではないだろうか。何故だか左手で口許を覆って肩を震わせ、ふ、とそっぽを向いてしまったイアンの耳を見つめながら、ぼんやりとくすんだ赤毛の旋毛を思い出していた。
温室を出て、ゆるやかな坂道を上っていく。かけ下りてくる真新しいローブは、マンドラゴラを移すはずの一年生だ。裏地の緑を見付けて、私は顔を上げる。
あ、と先に目を丸くしたのは、彼、アルファードだった。
私は咄嗟に、手を引っ込めていた。


「やあ!君だ!ねえねえ聞いて、こっちに来ておくれよ」

「あ、ちょっと、」

「わ、わ、」


離した手を、彼は見ていただろうか。それともたまたま、そこにあった私の手を捕まえたのだろうか。私の手を取ったアルファードは伸びてくる長いイアンの手を潜り抜けるように避けて、私を引っ張った。それから直ぐ様顔を寄せ、秘密の羽音が風にのってしまわないようにと手で口許に壁を作る。
トムのことだ。きっとそうだ。


「あれからどうだか、知ってるかい?相変わらずベッドで丸くなってるんだけれど、酷くって。けれど医務室には行きたがらないんだよ、何故って、聞いてくれる?」

「なあに?もちろん聞くわ。だから、教えてくれる?」

「勿論!だって俺、そのために今こうしてるんだものね。あのね、」


擽るような声で、アルファードは話す。私はそれを聞きながらひとつ、ふたつ、頷いて、それから瞬きをする。うっかりすれば、ダークブラウンがふたつとも転げ落ちてしまいそうで、頭の隅っこにわざと避けていたウィリアム・グレイの後ろ姿が滑り落ち、睫毛の先に引っ掛かった。


「……スリザリン、もう良いかな?」

「ああ、ごめんよ。もう終わったからね、安心しておくれ。それじゃあそういうことだから、もし良かったら、よろしくね!」


トムによく似た黒い髪を靡かせて、アルファードは温室へと駆けていく。一番乗りだろう彼は、冬を越すために大きな鉢植えに植え替えられたマンドラゴラをいくつ運ぶことになるのか知らないだろう。そして私も、知らなかった。
耳を擽っていた声が、漸く、頭に流れ込んでくる。ラヴィー、とイアンが私を呼んで、顔を上げればストロベリーブロンドの向こうからつまらなさそうな顔をして此方に歩いてくる藍色が見えて、私はまた、瞬きをした。今度は、ダークブラウンは落っこちそうにもなかった。


「ニナ、おせえ」

「ごめん、ごめんね、今行くっ。イアン、行こう」

「……あー、うん、そうだね。ヒュー、ジャックは?」

「寮。シャツが汚れたから着替えるって」


ふっ、と前髪を吹き上げたヒューに駆け寄りながら、私は一度だけ、後ろを振り返った。一番乗りの彼は私が先程運んだ鉢植えを腰を折りながら運んでいるところで、私には気付かない。
ちゃりちゃりと、金具が擦れる音が響いている。けれどこれはきっと気のせいだ。だって、誰も、気にしていない。


「毎晩毎晩、魘されるんだ。ごめんよってね。きっと、誰かに酷い悪さをしちゃったから呪われたんだよ。呪われたなんて、恥ずかしくって医務室には行けない。そうでしょう?」


ヒューの被っていたローブのフードが風に飛ばされて、ちゃりちゃりと、響いていたそれも飛ばされる。何の音だったのかは分からないまま、私は何故だか弾む胸をそうっと押さえた。
私は、とても、意地悪な魔女になってしまったみたいだ。


「……あんまり遅かったら、本当に呪った方が良いのかもしれない」

「あ?ニナ、何て?聞いてなかった」

「ううん、あのね、何でもないの。ただ、ミネルバに会ったら清めの魔法をかけてもらいたいなって、思ったの」

「ああ、だから脱いでたんだ。僕で良ければ、と言いたいけれど、こういうのもやっぱり魔女の方が得意だよね」


踵で踏めば沈んでしまう湿った地面を歩きながら、ローブを抱える。早く医務室に運ばれてしまえばいいのに。そうすれば私は直ぐに駆け込んで、魘される彼の瞼にキスをして起こしてあげられるのに。
私が毎晩日記帳を眺めていたように、彼は今頃魘されているのだろう。それが、ほんの少し、杖の先ほどくらいは嬉しくて、私はやっぱり意地悪な魔女だ、と、喉の奥で繰り返し、睫毛の端にはウィリアム・グレイの細くて縦に長い後ろ姿をぶら下げていた。


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