あなたのために

花火大会当日。

待ち合わせの場所に立って、オレはぼんやりと行き交う人の流れを見ていた。浴衣を着て、楽しそうに屋台の方へ歩いていく人たち。

なまえとの待ち合わせまではまだ時間がある。
大分早めに来てしまって、何だか手持無沙汰だ。張り切っているみたいで恥ずかしい。……いや、楽しみだったのは本当だけど。

意味もなく一人悶々としていると、約束の時間5分前に彼女は現れた。

「わ、先輩早いですね」

お待たせしてすみません。と声を掛けてきたなまえは、ごく普通の動きやすそうな私服を着ていた。似合っている……似合っては、いるんだ、けど。

「浴衣じゃないんだ」

口をついて出てしまった。
なまえは少し困ったように笑った。

「着てこようかなあって思ったんですけど。どこにしまったかわかんなくなっちゃって」
「…まあ、夏しか着ないもんな」
「それに、こんな人混みの中、浴衣じゃ動きづらいじゃないですか」
「情緒ないな!?」

ツッコミを入れたオレに、なまえは軽く笑い、「そんなことより、お腹空いてません?」と話を変えた。

「花火始まる前に屋台回って腹ごしらえしたいです」
「そうだな」

人混みの中を、はぐれないようにゆっくりと進んだ。
たこ焼き、かき氷、ベビーカステラ。食べ物の屋台を見つける度に、少し後ろを歩くなまえが遠慮がちにオレの服の裾を引っ張る。

「腹減ってんの?」
「…屋台のためにお昼ご飯抜いてきました」
「どんだけ気合入れてきたんだよ!?」

彼女は照れたように笑って、それからすぐに、少し先にあるチョコバナナの屋台を見つけて目を輝かせた。
綿あめの袋を胸に抱いたまま、「沢田先輩、あれ!」と指を差す。……まるで子供みたいだ。思わず笑みがこぼれた。

『じゃんけん勝ったら3本、あいこは2本』と書いてある看板を見て、真面目な顔で「沢田先輩は…」と口を開いた。

「じゃんけん弱そうですよね」
「うるさいな! その通りだよ!」
「うぅ…じゃあ私がやるしかないですね…」

ムッと眉間にしわを寄せてチョコバナナを睨みつける。…まったく。
そんななまえを見て笑った屋台のおじさんが、「かわいい彼女で羨ましいなァ?」と耳打ちしてきた。

「ちっ、違いますよ!」
「はい? なんですか?」
「何でもない!」

おじさんの言葉が聞こえていなかったのか、なまえは不思議そうな表情でこちらを見た。これ以上余計なことを言われる前に、と彼女を急かす。

「ほら、早くしないと花火間に合わないぞ」
「あっはい、そうですね」

なまえはおじさんにお金を払うと、今まで悩んでいたのは何だったのかと思うくらいにあっさりと「じゃんけん、ほいっ」と手を出した。

「あ、」

向かい合った二つの手は、どちらとも軽く握られていた。あいこだ。
あれだけ真剣だったし、残念がっているかと思いつつ隣を見遣ると、なまえは満面の笑みでこっちにブイサインを向けてきた。

「やりましたよ、先輩!」
「え? あ、うん…よかったな」
「じゃあ、これとこれください」

店先に並んでいたうちの、チョコが多くかかっているように見える二本をチョイスして、彼女はそのうちの一本を「どうぞ」とこちらに向けて差し出してくる。

「えっ? ……いいのか? 食べたいんじゃ…」
「何言ってるんですか。そこまで食い意地張ってないですよ」

楽しそうに笑いながら、「沢田先輩の分もと思って、じゃんけん頑張りました」と、オレに向けている方を軽く振って見せる。

「…ありがとう」
「どういたしまして!」

明るく笑うなまえの手から、それを受け取った。

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