7月も半ばを過ぎた頃。
うだるような夏の暑さの中、全国の中学校の例に漏れず、オレたちの通う並中も夏休みに入った。
クーラーの効いた家でゴロゴロだらだら、なんて幸せな休みは夢のまた夢だ。未だダメツナのオレは、夏休みが始まってからの一週間、補習のために毎日学校に通っている。
何が悲しくて朝早く起きて勉強しなくちゃならないんだ…。
虫取網を持った小学生とすれ違うたび、知らずため息が漏れた。
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補習が通常授業より楽だと思うのは、それが午前中だけで終わるからだ。午後は思う存分休みを満喫できる。
まあ、結局は夏休みの時間を消費してるわけだから、プラスかマイナスで言ったら完全にマイナスであるわけだけど。
「じゃーツナ! また後でな!」
「うん」
補習仲間の山本とまた午後会う約束をして、オレは一人帰路につく。日は既に頭上近く、ジリジリとオレの体力を削り続けている。
体を引きずるようにダラダラと歩きながら、一度どこかのコンビニに入って涼もうかと考え始めたときだった。
「沢田先輩?」
呼ばれて、振り返ると。
「あ、やっぱり先輩だ。こんにちは」
私服姿のなまえが立っていた。
働かない頭で考えたのは、なまえの私服初めて見たなあ、なんて意味のない感想だった。
なまえはオレの顔を見て、制服を見て、肩に掛けた学生鞄を見て、首をかしげた。
「えっと……お疲れ様、です?」
その反応から見て、なまえはきっと補習なんて受けたことないんだろう。一瞬だけ心が荒んだ。どうせオレは万年補習組ですよ。
「なまえは何してんの」
「私はちょっと買い物に……あっそうだ、先輩アイス食べます?」
「え?」
突然、さも良いことを思い付いたかのように顔を輝かせるなまえ。
「なんでアイス…?」
「ちょうど今、買い貯めしてきたところなんです」
そう言いながらなまえが開いた袋の中には、様々な種類のアイスが少なくとも10個は入っていた。
そんなにあるなら…と、「好きなの取ってください」の言葉に甘えて、ソーダ味の氷菓をもらうことにした。
「ありがとう」
「いえいえ」
二人でアイスを食べながら、どちらからともなく歩き出す。
いつも登校するときみたいにたわいない話をしていると、不意になまえが「花火大会…」と呟いた。彼女の視線を追うと、前方の電信柱に地域の小学生が描いたと思しきポスターが貼ってあった。今週の土曜日に開催されるとある。
「ああ、もうそんな季節か」
頷きながらも、思い出すのは去年の散々な記憶だ。
チビたちのお守り、チョコバナナの屋台、引ったくり、挙げ句の果てには喧嘩。最後の最後はまあ、綺麗な花火が見れたけど…。思い出して、ため息を吐きかけたその時、不意に隣のなまえが緊張したような気配。どうしたのかとそちらに視線をやると、真剣な目がこちらを見ていた。
「……沢田先輩、あれ一緒に行きませんか?」
「あれって…花火大会?」
「はい」
「いいけど」
「えっ」
「え?」
なまえがものすごく驚いたような顔をした。
「い、いいんですか?」
「いいよ」
「ほ、ホントに?」
「…なんだよ」
「ああっ、違うんですごめんなさい! …あの、その…う、嬉しくて!」
ムッと眉を寄せたオレに、なまえが慌てたように弁解する。
「……」
「あの、本当に……嬉しいです」
そう言って、へにゃりと相好を崩した。
……体温が少し上がった気がしたのは、照り付ける太陽のせいだ。
オレが了承した時。
"笹川先輩は?"
口には出さなかったけれど、なまえはそう聞きたそうな表情を浮かべていた。
オレは、それに気が付かないフリをした。