当たり前みたいに

多くの生徒でごった返す昼の購買。もはや戦場と化した空間。
本当はオレもこんなところには来たくなかったのだけど、弁当を忘れてしまったのだから仕方ない。

ため息を一つ吐いて、それから改めて気合を入れ直す。意を決して、オレはその空間に足を踏み入れた。



それから数分後、足を踏まれたり、顔面に肘鉄を食らわされたりしながらも、何とか昼飯を手に入れた。…けど、その戦利品であるコロッケパンも、可哀想なくらいにぐちゃぐちゃになってしまっている。

……まあ、食べられるだけマシか。

そのパンを持って教室に戻ろうとしたところで、後ろから声を掛けられた。

「ツナくん」

京子ちゃんだった。

「お昼ご飯買いに来たの?」
「うん、弁当忘れちゃって……まあパンはこの通りぐちゃぐちゃになっちゃったけど…。京子ちゃんも?」

コロッケパンを指差して苦笑しながら尋ねると、京子ちゃんは笑って首を横に振った。

「ううん。私はシャーペンの芯。次の授業、板書多いから」
「え? …シャー芯くらいならあげるのに」
「ふふ、ありがとう。花もそう言ってくれたんだけど、でもどうせ必要になるものだから、買っちゃおうと思って」
「それもそうだね」

そういえば宿題あったよね、とか、問3だけやたら難しくなかった? とか、そんな話を京子ちゃんとしながら、オレたちは教室に向かって歩き出した。

ちょうどその時に、廊下の向こうからなまえがやってくるのが見えた。
携帯を操作しながら歩いていたなまえがおもむろに顔を上げる。数メートルの距離で、バッチリと視線が絡み合った。


なまえが笑った。
いつも、オレを見つけて話しかけてくるときと同じ笑顔だった。

だからオレも、いつもみたいに、それに答えるため片手を上げようと―――


「りっちゃん!」


―――え?


彼女はぶんぶんと手を振りながら、小走りでこちらに駆けてきて、そして、そのまま、オレの横を通り抜けた。

思わず振り返って、その背中を見つめる。
なまえが「りっちゃん」と呼んだ、友人と思しき女子と話をしているのが見えた。


……なんだ。
オレじゃ、なかったのか。


友人と話しながら、なまえはオレと逆方向へ歩き出す。
その間、一度もオレのことを意識する素振りは見せなかった。


「ツナくん?」
「―――っえ?」

京子ちゃんの声で我に返った。

「どうしたの?」
「あ、いや…なんでも」


そうだ、今、横には京子ちゃんがいるじゃないか。

彼女の前では話しかけないと、最初になまえが言ったんだ。

どうして、オレは忘れていたんだろう。


京子ちゃんが隣を歩いているということを。

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