長編 白 | ナノ




迷子と泣き虫









「んーっ、疲れたァ!リー、お昼食べない?」

昼休み、テンテンが背筋を伸ばす。
良いですね!とリーが鞄からお弁当を取り出す。

「休憩室行こ!」

リーとテンテンは休憩室へと向かう途中、廊下で様々な人間とすれ違う。

「今日はなに作ってきたの?」

「オムライスです!中身はちゃんとカレーピラフですよ!」

「好きだねぇ〜。カレー。私は中華まん!生地も作ってみたんだ!」

「テンテンも好きですね〜」

そんなやりとりをしながら歩いていると、向こうから何やら高そうなスーツに身を包んだ集団が歩いてきた。
近くにいた社員達はその集団に道を開ける。
リーとテンテンも同じで、廊下のすみにさっと移動する。
この会社は不思議なもので、この支社はほんの数年前まで恐怖政治が行われていた。
綱手がここに来る前は、三人目の副社長が権力を思うがままに使い、アルファ以外の人間は道を開けよという決まりがあった。本来ならストライキも辞さない位アルファ至上主義が酷かったのだが、会社の業績も右肩上がりで、其にともない給料も見あったものだったので皆我慢していた。
三人目の副社長が更迭され、綱手がこの支社に来てからは、大幅にアルファ以外の人間の優遇を良くし、アルファにはベータとオメガに対する意識教育を一からやり直した。
そのお陰で差別してくる人間は減ったのだが、相手はアルファ。自分の上司である。道をふさいだらからとて何も起こらないのだが、元々この支社にいた社員達はアルファが歩いてきたら避けていた。

リー達の目の前をアルファが通りすぎていく。
数人がチラリとリーを見る。
リーは底知れぬ恐怖を覚えた。

(ちゃんと薬を飲んでるのに…)

リーは昨日から発情期が始まった。
朝たまらなく発情し、理性がまだ残っているうちに薬を飲んだのだ。これは毎食後飲まなければいけない薬で、薬が切れる前に飲まなければならない。差もなくば、仕事を投げだし、臭いを嗅ぎ付けたアルファに身を投じてしまう。
発情期が終わったとき、その重責に耐えられずに自殺するオメガもいるくらいだ。

アルファがリーの目の前を通過すると、その中の一人、カカシがリーの目の前に戻る。

「君」

「はっ、はい!」

リーは目を見開く。

「…今日はもう帰りない。そしてそのまま病院へ行け。臭いが出てるぞ。薬を変えてもらうんだな」

カカシはリーの社員証を確認する。
するとアルファの集団の一人がカカシを呼んだ。

「カカシィ!早く!」

その声にカカシは返事をする。

「今行く!先行っててくれ、ガイ!」

何も言えずにいるリーを再び見る。

「わかったな。絶対に行けよ」

そう言ってカカシはアルファの集団に戻っていった。

「………びっくりした」

テンテンがアルファの集団を見送り、リーを見ると、リーの目にうっすら涙がたまっていた。

「えっ、リー。どうしたの?」

「い、いえ。大丈夫です…ははっ」

リーは涙を拭う。

「あのさ、さっきの人も言ってたけど、もう帰った方がいいんじゃない?多分あの人が話し通してくれるだろうし…やりかけの仕事は私やっておくからさ」

「でも、悪いですよ…」

「なーに言ってんの!ここの中華まん奢ってくれれば良いよ!」

テンテンが携帯を見せる。一個千円の高級中華まんとデカデカとかかれていて、確かに美味しそうだ。
そんなテンテンの態度に、リーら笑い、言葉に甘えることにした。

「じゃ、僕帰りますね。ありがとうテンテン」

「うん!またね!」

リーは踵を返し、会計課へと歩く。ならべく早く。アルファに会わないように。






ーーーーーー





リーは自分のデスクを見て絶句した。
引き出しに入れていた大事な書類が無くなっているのである。

「……ない。」

その言葉に、近くを通ったシノが立ち止まる。

「どうしたんだ」

「あ…あの今度営業部に出す企画書が無いんです」

「なんだと…」

「ここに入れたのに…」

その様子にシノは、あのリーをいびっていた女の机にまっすぐ向かう。
引き出しを開けると、リーが言っていた企画書が隠す様子もなく置かれていた。

「あいつ…」

「なんでそんな所に…」

すると、扉から声が聞こえた。

「私の机触らないでくれる?」

この机の持ち主だった。

「お前、何でこんなことをするんだ」

シノが怒りを含んだ声で言う。
女はどこ吹く風という様子だ。

「見てたわよ。カカシさんと話してたところ」

リーはさっきの男がカカシという名前だと気づいた。

「よくも手ェ出してくれたな…」

女の顔が険しくなっていく。

「あれは私が狙ってたのに…その卑しい臭いで騙してんなよ」

カツカツとヒールを鳴らしてリーに近づく。
リーはあまりの迫力に出来ないでいた。

「淫乱な売女崩れがよォ!」

女がリーを殴ろうとしたが、シノがそれを止めた。

「これは上に報告しておく。何故なら、輪を乱すやつはここには要らないからだ」

その様子に女が笑う。

「経理課長に言うつもり?事実、動物みたいな発情期とやらで休まれてるこっちの身にもなれよ」

その言葉にリーは走って経理課を出ていった。

「リー!」

シノの声が後ろから聞こえたが、リーはかまわなかった。







ーーーーーーー







社員はまず通らない非常階段で、リーは泣いていた。

(好きでオメガになったわけじゃない!)

リーは怒りと悲しみと悔しさでいっぱいだった。
何か言い返せば良かったのだが、それではあの女と同レベルになってしまうと我慢していたが、ここらが我慢の限界だった。
リーは膝を抱え、突っ伏する。
スーツのパンツが、みるみるうちに濡れていくのが分かった。

「……もしもし?」

突然頭上から声が聞こえ、リーが顔をあげると、そこには自分とよく似た髪型をした男が立っていた。

「あー、泣いてたのか。すまんな、総務部の場所聞こうと思ったんだが……」

リーは気づく。リーに構っていたカカシを呼んでいた男だと。名は、ガイ。
アルファだとリーは身構えた。

「あ……総務部なら、あの2階上です…」

「ん、そっか。ありがとう」

そう言ってガイは何故か上にいかずにどこか行った。
そんな事もどうでもよくなって、リーはぼーっと非常口のマークを見る。
さすがに死のうとまでは思わないが、これまでの様にニコニコと仕事できる気がしなかった。

(病院、いかなきゃ…)

そう思っていると、隣に誰かが座った。
隣を見ると、先程の男がリーに紅茶を渡す。

「えっ…」

「好きだろ。紅茶」

ずいと渡された紅茶を受けとる。

「なんで僕が紅茶好きだと…」

「なんでって…昼飯行くときに持ってたろ、紅茶」

リーは思い出す。
好きというわけではないが、テンテンに勧められた茶葉で淹れた紅茶を、たまたま今朝ペットボトルにつめていたのだ。
アルファの洞察力の高さにリーは内心驚きつつ慌ててお礼を言った。

「ありがとうございます」

「なぁに。礼はいらんよ」

ガイは自分用に缶コーヒーを開ける。

「…それで、どうしたんだ」

「それは…」

リーの身構えようにガイは笑った。

「何、取って食いはしないよ」

「でも、臭いが…」

「ほんの少しだから大丈夫だ」

リーはガイを見つめる。
確かにそんな人には見えない。
リーはほっと胸を撫で下ろすと、何だかまた涙が溢れてきた。

「……たまに、オメガである自分が嫌になるんです」

「……」

「確かに僕たちオメガには発情期もあるし、男なのに妊娠もします。けど、今は薬もあって抑制できます。なのにどうして…」

「この会社、嫌か?」

突然の質問にリーは目を丸くする。
けれどガイは真っ直ぐリーを見る。
リーはしばらくガイの目を見た後、思い出したように首を横に振った。

「ち、違います。これは一部の人で、ほとんどの方は良くしてくれます」

その様子にガイはにっこり笑った。

「そうか。なら、その人達の為にも頑張れ!悪口言う奴なんざ無視して、自分の仕事をこなせ。そしたら自ずとそいつらとの差は現れる」

その言葉にリーは気持ちが晴れた気がした。
ガイは立ち上がる。

「じゃ、俺は行く」

「あっ、あの!名前はなんとおっしゃるんですか?」

その問いにガイは素直に答えた。

「俺か?マイト・ガイだ。君は?」

「僕はロック・リー、です!」

その顔は少し赤みを帯びている。
ガイはその様子をじっと見てから、「じゃあな」と立ち去った。







ーーーーーーーー






「ん、どーしたの。何だかご機嫌じゃない」

総務課。
ガイを見るなりカカシは聞く。
ガイはリーの赤らめた顔を思い浮かべた。

「…………俺の可愛子ちゃんがね」

ガイは少しだけ笑う。
その台詞にヤマトとカカシは顔を見合わせる。
ガイはこれからの期間に淡い楽しみを見つけたのだった。



つづく







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