スピーカー越しの対話


 数時間ぶりにやって来たあの駅の様子は、先と全く変わる様子は無く、相変わらず人一人いなく寂しいままだ。もしも敢えて変わった箇所を挙げるとなれば、それは自分が一人でなくウエンディと二人になったことだろうか。

「ほーんと、何にも無い場所よねー……ここ」

 ウエンディはそう言うと手近に置かれていた車掌帽を手に取り、背伸びをしながらクリストファーの頭にそれを被せる。

 それは、まるで新品であるかのようにしっかりとした生地で作られていた。

「そうなんだよ。乗客はおろか駅員だって誰一人いやしない。でも無人駅にしては……いささか妙じゃないか?」

「妙って……何が?」

「動かないんだよ、この列車」

 彼は眉間に皺を寄せたままにそう呟いた。

「いや、正確には動く気配が無いっていうのかな……。確かに駅員がいないっていうのも理由の一つとしては挙げられると思うんだが、まるでこいつ自身に行く気が無いかのような……」



『――ハハッ、当たり前さ!行き先はおろか、目的も理由も見付けられない奴のために列車が動けるはずが無いじゃないか。もしや、こんなことで簡単に脱出出来るとでも思ったのかい?』



「っ!この声は……ピーターパン!」

 突然どこからか響いてきた声に、クリストファーとウェンディは辺りを見回した。

 その声は、どうやらこの国の所々に設置されたスピーカーから聞こえてくるようだった。全てから同じように反響をしているそれは、まるで四方八方に話し手がいるかのような錯覚を二人に思わせる。

 彼らは一番近くにあったスピーカーへと視線を向けた。

『うんうん、どうやら聞こえているみたいだね。これなら安心だ』

「おい、ピーターパン!どういうことだ、こいつが動かねぇって!」

 どうやらこちらの言動は全て、何らかの方法でピーターパンの元へと通じているらしい。スピーカーの向こうからフッと楽しげな声が漏れた。

『さっき言った通りさ。その列車は自分の行き先――ようするに、自分の帰るべき場所を持つ者のみを乗せて走ることが出来る魔法の列車。今の道に迷ったまま家をも持たない君を乗せて走るなんて、無賃乗車も良いところだよ』

 彼はそう言うと、小馬鹿にしたような態度を取ったままに話を続ける。

『もちろん、君達が辿り着いたその場所は正解さ。まさかこんなにも早く見つかるとは思わなかったけど、正解は正解。もはやこれはその列車を“動かす”ことが出来れば君らの勝ちとも言えよう』

「なるほど……だがようするに、今の俺にはこいつを動かす資格が無いと?」

『まぁ、そういうことになるかなぁ』

 あくまで調子は崩さずに、ピーターパンはスピーカーの向こうでわざと考えるような仕草をする。他に人の存在しないその空間でのその行動は、まさに一人遊びをしている子供のように滑稽なものであった。

 しかしそれが見えているのか否か――クリストファーは彼の言葉を鼻で笑い飛ばして見せる。

「資格なんて、後からにでも手に入れてやるさ。初めから切り札を持ってるとなっちゃあ、謎解きするにも面白味が足りねぇ」

「そうよ!まぁ、どうせ謎解きだなんて言っても、そこらのゲームよりましなものかも分からないんでしょうけどね」

『へぇ、ゲームか……そりゃあいい!』

 挑発の意味を込めてウェンディが横から口を挟んだが、“ゲーム”という単語を聞いた途端にスピーカー越しのピーターパンの声音が数段階上がった。

『それならここらで一つ余興を入れよう!僕は魔界を統べる魔王様。さながら君達はそんな僕を倒しに来る勇者様御一行てところかな?――それなら、ゲーム上は敵が出てきてもおかしくはないんだよね』

「っ!?」

 その瞬間、辺りの空気が一気に急変した。




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