ピンポーン


黒曜「あ?」

誰だ?こんな夜中から…

あいつには鍵開けとくから、勝手に入れって言ったはず…

ピンポーン、ピンポーン

黒曜「ち、うるせーな」

ガチャ

黒曜「誰だよ!近所迷惑だろう…」

ハル「黒曜!」

黒曜「うお!」

玄関先でドアを開けた途端タックルされ、尻もちをつく。俺の腰に回された細い腕を掴めば、顔の赤いハルが俺の腹に擦り寄ってきた。

黒曜「ハル、危ねぇだろうが!って酒くせぇ」

ハル「黒曜〜」

黒曜「飲み過ぎだろ…お前。鍵開けておくつっただろうが」

ハル「んーそうだっけ?」

間延びした声は、まともに受け答えする気はないらしい。

黒曜「ち、とりあえず立てるか?」

ハル「んーやだ」

黒曜「あ?ヤダじゃねぇよ、立て」

ハル「やーだー」

黒曜「めんどくせぇな」

ひょいっと子供を抱っこするかのように、彼女の脇に手を差し込み、抱え上げる。
落ちないようにお尻と背中に腕を回して、身体に凭れさせれば、ハルは甘えるように俺の首に腕を回して、顔を埋める。

ハル「ふふ」

黒曜「何笑ってやがる」

ハル「んーん、黒曜好きぃ」

黒曜「…そうかよ」

酔っぱらいの戯言を適当に流し、まずは水を飲ませてやろうと、俺より小さい身体をソファへそっと降ろす。が、ハルが首に回した腕を離す様子はない。

黒曜「おい、水持ってきてやるから手離せ」

ハル「嫌だ」

黒曜「はぁ、すぐ戻るから離せよ」

ハル「嫌、離れたくない」

正直めんどくせぇが、普段甘えない彼女の珍しい姿に怒る気も起きず、また抱き起こして俺の膝の上を跨ぐように乗せてやる。

黒曜「おい、着替えねぇのか」

ハル「あとで」

深くため息をつく。これ以上どうしたらいいか分からない。とりあえずこいつの気の済むまで好きにさせることにした。

ハル「黒曜」

黒曜「何だ」

ハル「好き」

黒曜「あぁ」

グッと回した腕に力が入った。

黒曜「…何かあったのか?」

さっきから嫌な事でもあったかと考えたが、どうやら違うらしく、首をフルフルと横に振るハルの後ろ髪を撫でてやる。

ハル「黒曜が好き」

黒曜「さっきも聞いたぜ」

ハル「黒曜の赤い髪が好き」

黒曜「…」

ハル「黒曜の力強い腕が好き、鋭い目が好き、匂いが好き、大きな背中が好き、面倒みのいい所が好き、自信家な所が好き、あとは」

黒曜「ちょっと待て」

ハル「むぐっ」

咄嗟にハルを引き離して口を塞いだ。黙って聞いてれば何の罰ゲームだこりゃ。どう反応したらいいか分からず、しばらく沈黙が続く。

ぬる

黒曜「なっ」

ハルが手のひらを掴んでぺろっと舐めてきた。思わず口元から手を離せば、また喋りだす。

ハル「このおっきい手も好き」
ハル「黒曜の全部が好き」


黒曜「…………………はぁ」

やられたというか、こう、ムズムズとした感情が溢れ出てくる。
嫌ではないその感情と、俺の手に頬をすり寄せるハルの表情は、俺を掻き乱すのに充分だった。

ドサッ

ハルの手を振りほどき、ソファへ押し倒す。

黒曜「煽ったのはお前だ、責任取れよ」

我ながら悪意のある笑みを浮かべたと自負する。
どうせこの様子じゃ、今日の事なんて覚えてねぇだろうしな。
俺だけ振り回されるのは癪に障るから、喰ってやる。

柔い唇に、今すぐにでも噛みつきたい衝動を抑えて優しく触れる。手を頬から首へ沿わせ、その温い肌を楽しむ。何度も啄むようなキスをしてれば、んんと鼻から抜けるような甘い声が耳に入る。

気を良くして、その先へと進めようとすれば、スースーと規則正しい吐息が聞こえてきた。
目を開けてハルを見遣ればピシッと固まる。

黒曜「おい、嘘だろ」

それはもうハルは気持ち良さそうに寝てしまっていた。
一気に脱力しそう零しては、目の前ですやすやと眠るハルの額へキスを落としてやる。

ちっ、もう風呂は明日でいいな。化粧と服はそのままって訳にはいかねぇか。
見ていないようで、実はよく見ている黒曜にはハルが仕事から帰ってきてのルーティンは頭に入っている。

ハルが愛用しているポーチを棚から取り出し、メイク落とし用のシートを引っ張り出す。
丁寧に落としてやれば、同い年とはいえあどけない顔になるハル。


黒曜「…てめぇ、明日覚えてろよ」


能天気なハルのその額にもう一度口付けて、保湿の準備をするべく、汚れたシートをゴミ箱へと投げ入れた。






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