四日目の朝、ゴールドはチケットを持ったまま、あの世の正門ではない壁を壊してこの世に飛び降りた。壁を壊すことは重罪である。侵入者ではないかとあの世に警報が鳴り響いた。
 そんなこともすべて無視して、ゴールドは遠い遠い空の彼方から真っ直ぐ地上を目指して落ちた。その手に大きな鎌はなく、金色の瞳を揺らめかせて、焦燥感に襲われながら少女のところへ急ぐ。
 するとどこからともなく、呑気な少年の声が聞こえた。

「おやおや、おはようございますセンパイ。こんな朝早くから、あの美しい方に愛でも囁きに行かれるのですか?」

 いちいち勘に障るヤツだな、と睨んでやると、ルビーはくすくすと笑ってまた図々しく隣にやってきて落ちる。

「怒らないでください。ボクはアナタを助けに来たんですよ? さあ、戻りましょう」
「へっ、やなこった。もう決めちまったからな」
「そういうと思ってました。いいですよセンパイ。あのときのように、今度はボクが後を負いましょう。だいじょうぶ、ボクは口がうまいですからね。アナタよりずっと上手くやってのけますよ」

 そういって鼻を鳴らし得意げに語る少年を見て、ゴールドはすこし驚いたように目を瞬きさせる。それからしばらくしてくっと喉から笑いを零し、ちいさな声でそうか、と呟いた。

「そうか・・・。わりぃな、ルビー」
「いいえ、それよりセンパイ」
「あん?」

 首を傾げて聞くと、ルビーはすこしハッとしたような顔をする。

「ああ、いいえ、ゴールドさん」
「なんだよ」
「いいえ、いいえ・・・」
「・・・・・・」

 もうすぐ地上が近い。そんなところでいつもとは違う、小さく微笑んだ少年を見て、ゴールドは言葉を詰まらせた。ふいに手が伸びそうになって、思わず止めて、中途半端に浮いた右手が行き場を失い表情が強張る。

「・・・ああ、」

 やっとのことで絞り出した声は妙に低く、それなのにルビーは満足げに笑っていた。



「念のため、その服じゃあマズいですから適当に着替えて、なるべく早めに済ましてくださいね」
「わーってるよ。最期までうるせえヤツだな」
「光栄です」
 
 ただ真っ黒いだけの服を、人間のようなすこし洒落た装飾のあるものに変える。「うわダサッ」と口にしたルビーをゴールドは思わず殴った。そしてポケットからくしゃくしゃになった例のチケットを取り出すと、ルビーの手に握らせた。

「まあいらねえだろうが、オメーにやるよ。好きにしてくれ」
「そうですね、燃やします」
「おう」

 乾いた笑みを浮かべ、ゴールドは木から下りる。木の上にいたままのルビーを見て、「帰っていいぞ、てか、帰れ」と毒づくと、今度はルビーがすこし強張ったような顔をしてくしゃりと笑い、ここにいます、とだけ口にすると、もうそれ以上何も言わなかった。

 初めて入る病院。ゴールドはおおきな扉を開け、階段を昇り、少女の元へ行く。こんなに広い病院なのに、本能が彼女のもとへとゴールドを導いた。早朝、起きている人間はほとんどいない。
 ガラリ、と開けた彼女の病室。花に囲まれ本が積まれ、友人の寄せ書きが飾られた美しい少女の部屋は思っていたよりもずっといい匂いがした。その部屋の真ん中で、大量の管をつけられ二日間眠ったままの、痩せこけた儚い少女。白いベッドに沈んだ彼女は羽のように軽そうで、死に神である自分に対し、少女は天使のように思えた。

 その少女に近づき、酸素呼吸器を外す。
 薄い肌色をした冷たそうな唇に、ゴールドは、ゆっくりとくちづけをした。
 その瞬間、胸がわっと熱くなり、重苦しかった肢体が雪のように軽くなる。
 ふと少女を見ると、瞼が震え、鈍い動作で瞳が開かれようとしていた。
 少女が目を開いた。それと同時刻に、ゴールドは瞼を閉じ、消えていった。


***

「真実をお話し致します神様。
あの粗忽で乱暴で美しくない死に神ゴールドさんは、チケットを受け取りあまりの喜びから、自分の魂の入れ替わりが自然に死ぬまで待ちきれず、利己的な思いからボクの鎌を奪って少女の魂を狩ったのです。
ボクですか?ボクはちょうど自分の担当の魂を見に行っていました。
彼は魂を手に入れるとそのまま転生をし、ボクらのことなんかすぐに忘れてしまったかのように、そのまま病院を飛び出していきました。
なんとずるいひとでしょう。あんな野蛮な人はみたことがありません。
あんなものはこの世に放っておくべきですよ。あの世に連れ戻すなんてとんでもない。
ボクが聡明であることは神様もよくご存じでしょう。
どうかボクの忠告を受け入れて頂けませんか。自分のためではありません。
あの世の平和のためなのです」


 長い演説を終え、ルビーは深夜ようやくアパートに戻ってきた。
 三階建てのアパート。ついに住人は少年だけになってしまった。
 赤いあのひと、緑のあのひと、銀のあのひと、翠のあのこ、二人組のあの後輩たち。
 そして、金色のあのひと。

 ルビーはポケットからよれたチケットを取り出すと、手の上で燃やした。
 灰が散り、空に舞い、消えていく。
 今までも、みんなそうだったように。あのひとのように。

「さようなら、ゴールドさん」



(少年たちはひとを愛するために生まれた。)
(そうでなければ、こころなんて最初から要らなかったのだから。)





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