一度きりの夢なら君にあげる

※短文3つ詰め合わせ



――初恋だなんてかわいげのあるものなんかじゃ無い。
ただ、それは永遠にそこにあるものだと信じて疑わなかった。

長い人生の、ほんの一部に、君を加えてやるのも悪くないと思ったから――。



夜の美術館

そこは蛍が集まる秘密の場所だった。
小さな頃から一人でそこに出向いては、たった一人きりで宙を泳ぐ何百という光を眺めていた。
電灯のないそこは空から照らされる天体の瞬きだけを頼りに辺りを歩き、最後の蛍が死ぬまで通い見に行った。

そんな場所へ、ゴールドはルビーを連れてやって来た。

暗闇の中で握り返してくる小さな熱に淡い何かを感じながら、さくさくと露草を踏むふたつの足音が耳に届く。
鏡のような小川の水面に映るのは、清らかに発光する金色の雨粒。縦横無尽に飛び回り、時々とろりと闇に落ちては、また少し恥じらうように光りだす。

ぱしり、と両手を空に伸ばし、その金の粒をひとつ捕まえた。

一寸先の闇の向こうにいるだろうルビーのほうを振り向いて、膝を抱えるようにと囁く。
草の揺れと気配でルビーが座り込んだのを感じ取り、向かい合うようにゴールドも腰を下ろすと、二人の距離の真ん中に、閉じた両手を差し出した。


ぽ、と灯がつくように。
掌で優しく光る、源氏蛍。

(……きれいですね。)

何処からとも無く、ルビーの声音が響く。目線を上げると、蛍火に照らされた白い指先が見えた。

ちりちりと発光する蛍は、再び空の黒い海を目指して泳ぎだす。

ぷかりと浮かぶ小さな熱の粒子を、ただ静かに瞳で追い掛けた。

しんと透き通った空気の中で、ゴールドもルビーも、膝を抱えたままに、無数の蛍が飛び交う宇宙を見つめた。

夢も現も、幻も。
空っぽのガラス瓶の中に注がれる。
闇色の蝶々と、星型の花を飾って。
命は光から生まれていく。


(なあんにも見えねぇなあ)

群青色の、ぼやけた先を見て想う。
この先にルビーがいる確信も無いけれど。

(なんかよお、そんな気がする)

それは、蛍が甘やかな水を見失わないことと同じように。

(ああでも、触れねえのは死ぬほど辛ぇわ)

その日星はさめざめと降り注いでいた。



白昼の賤虫

熱を孕む。
夏だから、と理由づけて。

ちゅく、と舌が触れ合う水音がやけに聴覚を刺激して、ちゅ、と上唇を吸われた瞬間、からだの内側が熟すように赤く崩れていく感覚がした。
汗をかいて少し湿った熱い掌が、ぼくの冷えた肩を抱き寄せる。

窓からゆらりと差し込んだ日中の陽射しが、妙な背徳感を作り出す。
けれど、すでに生産されたどうしようもなく甘ったるい激情を、今更悪戯に弄ぶほど、ぼくたちは人間が出来ていなかった。

(……あつい…)

行き場の無い熱を交換していく度に増していく、嫌らしい感情。

紅潮した頬。
余裕のない濁った金色がぼくを見て、それからぼくの首辺りを指先でするすると滑っていく。

触れ合った唇がせめて花であればいいのにと思った。
紅く熟した果実を舌先で愛撫しながら、瑞々しい秘部を撫でて熱を高めたい。

熱い、暑い、あつい場所で、天国を見るほどに絶頂を迎えたら、後は消えるように枯れていく。

そんなのは悲しい。
だからそれはぼくが背負おう。

(暑い)

どくどくと高鳴る心の信号機。
青は止まれ、赤は渡れ。
君はどうか歩かないで。

(熱い)

横断歩道の花。
見知らぬ森。
吐露されていく愛の囁き。
全ては蜃気楼それは夏の夢。

「っはぁ……」

けれど、この熱だけは、現実のものであって欲しい。
それくらいしか、君を鎖に繋げている自信がないから……。

(飛んで火に入る夏の虫、か。)

死にたがりの馬鹿はぼく一人で事足りる。



海中のナイフ

透明の液体のなかに落ちていく瞬間。
ぷくりとした小さな地球を見る。
それは飛び散って千切れ果てて、おれの視界から消えていった。

ばしゃりという、水に打ちつけられる音がした。
きめ細やかな泡の中で、きみの微笑みがこぼれるを見た。

それはまるで人魚姫が泡となり海の藻屑へ還るようで、古びたビデオテープの映像に似ていた。
ところどころ擦り切れた記憶は、今や美しい部分しか残っておらず、その時のことを思い出すとただただ、その紅色の瞳が極鮮明に、脳裏に焼き付いていた。

無重力の中を、逆らうようにして下へ下へ沈んでいく。
そこに咲いた色とりどりの珊瑚礁に、おれの腕の皮膚はぷつりと切れた。

きみが下へ下へとおれを押す。
その口元は柔らかく微笑み、悪趣味な感じに目を細めて、おれのからだを珊瑚へと押しつけた。

波に揺られながら、背中は自然と切り傷を作っていった。
じわりと血が滲み、海中の紅く漂う鉄のにおい。
珊瑚礁の住民たちは、さぞ迷惑げにそのばかげた行為を黙って見ていた。

ときおり指先をかすってくる魚に、密やかに爪で傷をつけてやった。

空色に揺れている海のなか。不自然に世界は青くぼやけていた。
両手で包まれた頬を持ち上げられ、求めるようなキスをされる。

(息できねー)

水の玉が乗った長い睫毛を見ながら、重い瞼をゆっくりと閉じた。
青白く冷たい手を重ね、地上の崇高なる処刑人から逃げるように、身を刻む。

(かわいそうなやつ。)

無実の罪を背負って、執行猶予を持て余しているようにしか、見えない。
それは不幸にも、空洞の珊瑚とよく似ているのだった。



***

初恋だなんてかわいげのあるものなんかじゃ無い。
ただ、それは永遠にそこにあるものだと信じて疑わなかった。

長い人生の、ほんの一部に、君を加えてやるのも悪くないと思ったから。

だけどもし、それが一度きりの儚い夢だというのなら。
もったいない気がしないわけでもないけれど、きみなら。

君になら、あげてもいいと思ったんだ。



一度きりの夢なら君にあげる
(もうこの世にはいない利己主義の僕から君へ告ぐ。)
(これは謝罪と真実の言葉である。)


20130301
(20120914)



novel top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -