***


お祖父さんが死んだのはそれからすぐのことだ。遺体を焼いて線香を立てて、あの墓場に骨を埋めた。お祖父さんは有名な学者だったから、葬式には沢山の人がきた。みんな泣いていたけれど、俺は泣かなかった。なぜって、お祖父さんが目の前で笑っていたから。

俺が外に出たのはそれが最後だった。お祖父さんと入れ替わるように俺は病院に入れられた。別にどこもおかしくなんかないのに、少し痛いだけなのに。
大きな病院の大きな部屋には、沢山の子供達がいた。それこそいろんな、生者と死者が混じったような子供達。最初はよそよそしかったけれど、仲良くなってからは秘密や遊びをたくさん教えてくれた。一緒に先生や看護婦さんを出し抜くのは楽しかった。皆やんちゃ盛りの問題児で、内緒話をしては、強い仲間意識を持った。

そこで覚えた、病院の子供達の秘密の歌。

「あのさ、これ、ひみつの歌なんだ」

これを歌うと、先生達に怒られちゃうんだ。
ししし、と歯を出して笑う髪の毛のない子供が俺に言った。わくわくした俺が教えてくれとせがむと、耳打ちしてひそひそ話をして教えてくれた。くすぐったい吐息混じりに、幼い少年の歌声が聴こえた。


悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
隣の子供が捕まったんだよ。

悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
隣の子供が捕まったんだよ。


悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
隣の子供が消えてしまったよ。

悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
隣の子供が消えてしまったよ。


単調なリズムでコミカルに歌われるその歌は。
俺にあの日あの墓場で、あの少年に言われたことを思い出させた。

楽しくて、残酷で。
可笑しくて、悲惨で。
自分達を笑う歌。

「これ、三番目の歌詞がないんだ。誰も知らないんだよ。知ってしまったら、消えちゃうんだって」

無邪気に笑う少年に、俺は泣きそうな気持ちになった。
当たり前だ、知るはずがない。その先を、知ってはいけない。

「悪い子になっちゃう」

なんて血の気のない両手。
俺は病院の真っ白のベッドの上で、両耳を塞いで震えていた。


***

つま先からばらばらに崩れていくような気がした。
友達も先生も看護婦さんもいない病院の隅で。
点滴を抜いてぶらぶらと歩いた。


「それで疲れて、このソファで休憩してた。ねえ、夢でも病人は疲れるんだね」

せめて夢でくらい走りたいのに、と切なげに息を吐いたこの可愛らしい少年を、ボクは可哀相なくらい愛してしまった。

死者と話が出来ること、それは死に近い者だけができる。無論ボクも同じ。お兄さん、と小さな唇がボクを呼ぶ。ボクは真っ黒い悪魔。人は、死に神と呼ぶ。

「なあに?」
「お兄さんは、悪魔?」

ストレートに聞いてくれる子供は嫌いじゃない。薄っぺらい体を摩ってあげながら、何故そう思うのと聞いてみた。子供は冷や汗をかいて、は、は、と息を乱して言った。

「昔、知らない子に教えてもらった。黒いお兄さんには気をつけてって。お兄さんが悪魔なら、俺を殺すの?そしたら俺、悪い子になっちゃう?」

そんな潤んだ瞳で見上げないで欲しい。幼くして病院に閉じ込められた無垢な子供。汚れを知らない汚れた子供。
指先が疼く感じがした。こんな小さな子供の喉を掻き切るのは至極たやすい。キスしながらでも出来そうだ。冷たそうな子供の唇を見てそう思う。その肩は小さく震えていた。

「…大丈夫、悪い子じゃないよ。きみは良い子だよ」

よしよし、と頭を撫でると、そのふわりと柔らかい髪の気持ち良さにうっとりする。一方信じられないものを見るような目でボクを見上げる少年は、うそ、と服の裾を握った。

「嘘じゃないよ。殺したりしないし、きみは良い子、良い子だよ」

良い子、と繰り返すうちに、子供はポロポロと涙を零し始めて、そうかな、と何度も呟いて泣いた。
透き通るように青白い腕も気味悪いくらい白い足も、滑らかな陶器のような肌も、全部全部。ボクを狂わせるには十分過ぎる材料だった。

――ああ、悪い子だね。

歪んだ口元が見えないように、ボクは子供の頭を掴んで、噛み付くようにキスをした。渇いた小さな唇、薬品の味が口の中に広がった。
そして子供はうっとりと目を細めると、しなやかな体をボクに任せて、崩れるようにくだけていった。紅潮した頬はりんごのように毒々しく甘い。背中に焦げ付くような痛みを感じながら夢中でキスをして、不意に離した時耳元で優しく囁いた。

「愛してるよグリーン。きみはボクのものだ」

続きは地獄で教えてあげる――。


***

俺の退院が決まった。
やっと病院から出られるのだ。
大部屋の奴らと離れるのは辛いけど。

三日前に隣の仲が良かった友達が死んだ。
からっぽになった白いベッドには、まだ代わりの子供はやって来ない。せめて秘密の歌くらい教えてやりたかった。子供は永遠に秘密に憧れる。

ひさしぶりの外は暑苦しくって、何と無く息が上がった。すると心配そうに母さんがこちらを見るので、大丈夫!と元気に笑った。
不思議と体が軽くて、病院前を走っていると、母さん達が泣き出した。先生達もいるのになんだか恥ずかしくなって、俺はおとなしく姉ちゃんの隣で良い子にして立った。

たくさんのひとが来た。
母さんは変な壺を持っていた。
父さんは写真を撮って。
姉ちゃんは話し掛けてくれた。
お祖父さんは歌っていた。
お祖母さんはいなかった。
親戚の中の遠くで、あの赤いお兄さんがニコニコと笑っていた。

お花がいっぱいあった。
その先に俺の写真があった。
俺はこれを知っている。
お祖父さんのときと同じ。
木の箱を覗くと俺がいた。
青白くって気持ち悪い。
ねえ、なんかこれ変じゃない?

「悪いことはしちゃいけないよ」

どうして?良い子って言ってくれたのに。
お兄さんは笑うと静かに消えていった。伸ばした指先は透き通り、陽を浴びてボロボロ崩れていく。


悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
隣の子供が捕まったんだよ。

悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
隣の子供が捕まったんだよ。


悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
隣の子供が消えてしまったよ。

悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
隣の子供が消えてしまったよ。


悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
消えたのは隣の子供のはず。

悪いことはしちゃいけないよ。
いけないことすると連れてかれる。
悪いことはしちゃいけないよ。
消えたのは隣の子供のはず。

消えたのは隣の子供のはず。


誰かが耳元で歌っている。
振り向いた先の木陰に、もうあの子はいない。暗い暗い影が俺を見て笑っていた。



墓場の子供と死と地獄
(初恋は死をもって成就する)

20130301
(20120729)

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ネタ帳にて補足有り




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