砂漠と棘のシルクロード
金銀輝く星空の下。
ひゅるる、と落ちゆく星屑を、ぼんやりと目で追いかける。
りーりーと耳元で鳴く虫。
黄色いガラスのような蛍が宙を飛び交う。
彼がふっと笑った。
「なにが可笑しいんですか」
青草の上に二人身を投げ出し、首を捻ればそこに君はいた。明かりのない夜の森の中で、彼の顔はよく見えなかった。静かな森林には、ただりーりーと鈴虫の聲が奏でられる。時折さらさらと風が吹き、それに彼の髪もゆらゆらと揺れた。お互い良く見えもしないくせに見つめ合い、それが可笑しいのか暗闇で笑う彼は酷く愉しそうだった。
少年は気味悪げに彼を見つめた。すると、辛うじて繋がっていた少年の右手を包む彼の指先がぎゅっとそれを握り締めたのを感じ、不意にびくりと肩を揺らした。
「手ぇ冷たいな」
そういうあなたこそ。反論すれば、それもそうだという答えが返ってきて、仕方なく少年は黙り込んだ。
再び空を見上げ、落ちていく星達に見送りをする。あんなふうに流れてしまわなければ、少年はきっとこうなることなんてなかった。今更後悔も未練もない。あるとすれば、この夏の夜のような涼やかな清々しさだけだと思う。
ガラス製の鳥はどんなオブジェよりも美しかったけれど、ガラスだから鳥は飛べない。飛べない鳥に価値はない。例え水中でも、ガラス製の鳥は下へ下へ沈んでしまうだけ。
凍りついた羽を溶かすこともせず、のこのこと道を外れた少年の胸の内はしんと静まり返り、それでいて無類の甘い熱を浮かばせる。
空から視線を反らし、もう一度じっと彼を見たら、彼は悪戯に、罰を悪そうに笑って、上半身を軽く起こして少年を見下ろした。
「本当は逃げなくちゃいけなかったのに、お前も連れて」
暗い暗い青の森。鏡のように透き通った湖。夜を羽ばたく青墨色の蝶々。
手をひいて連れ出して。日が落ちる前に早く帰るんだ。でなきゃ呑まれてしまう。命も惜しくない茨の世界へ。
「覚悟もない」
「覚悟なら、僕はある」
体を起こし彼の目を睨んだ。彼は小さく笑ってみせるだけ。
「責任なら感じてるぜ?」
「感じてもらわなきゃ困ります」
「そーかい」
茨はきっと、花の蜜より甘く痛いのだろう。毒でどろどろに溶けた地面と、真っ青な空を舞台に、もう戻れない現実にさようならと感謝を込めて。
「じゃあ、何処に逃げようか」
砂漠と棘のシルクロード(貴方となら、何処へでも。)20130301
(20120516)