追悼の唄



キミがいなくなった初めての朝。
しゃんと覚醒しない頭の中で、ぼんやりとキミがもういないことだけが木霊する。
しんと静かな室内で、そっと歌でも口ずさむように囁いたキミの名前も、白い朝日に包まれて空に昇っていった。何度も想像していた今日を、ボクは初めて実感した。

悲しくて寂しいのはみんな同じなのに、大好きで大切なひとの声さえ、今はラジオの雑音のように聞こえてしまう。教室の自分の席にうなだれて、ボクはたったひとつの声を想ってじっと待っていた。当然聞こえるはずもないのに、キミの声がひどく優しく耳元で聞こえ続けるから、また喉の奥が熱くなって仕方なかった。

キミのことを、すぐに忘れられるはずはない。
だから忘れなくていい。ずっと思い出せばいい。そうやって想像するキミとボクは、夢でくらい並んで笑い合えばいいのに、どうしてキミはボクより数歩前にいて、背中を向けたまま振り向いてボクに微笑んでくる、そんな光景しか浮かばない。
それは温度を感じない透明なキミと出会った初夏の日のように眩しくて、手を伸ばそうにもずっとずっと、ボクはキミに触れることができない。

シャボン玉が割れるように突然いなくなったキミは、今度こそボクにも見えないからだでひとり空へと還っていった。

いまだってボクのなにを差し出せばこの両手に戻ってきてくれるなら、ボクはなんだってキミにあげたい。
その願いは風と花の香りに包まれて、天の焔に焼かれていった。

認めるよ。キミを失う覚悟なんて、ボクには全然なかったってことを。
キミと出会ったあの日から、ボクの中では永遠がまだ続いている。
終わらせられないんだ。いまもどこかで、キミに出会えるような気がして。

いま、ほんのすこしでいいから、もう一度キミに触れたい。


もしも夢でキミに会えたなら、どんな話をしようか。
とりあえず向かい合わせに座って、キミのその手に触れてみたい。ボクと同じ大きさの手のひらを撫でて、キミの体温を感じられたら、きっとボクは生きてきた中で一番の幸福を感じられる。
キミが微笑むのを見て、キミをぎゅっと抱きしめたなら、言えなかったたくさんの言葉を、ありったけの想いを込めて話すんだ。途中で泣いてしまうかもしれないけれど、そのときだけは許してよ。
ほんのすこしでも離れていたぶんだけ、キミを強く抱きしめすぎてしまうかも。それでも笑って許してよ。いまボクを満たせるのはキミだけなんだから。

たくさん話をして、いっぱい笑って、涙が出るほど愛おしく触れ合った。
その手は優しくて、あたたかくて、もう二度と離れたくないと思ったんだ。

それなのに、ねぇ。
ぜんぶ頭の中で想像しただけの、夢物語に過ぎなくて。
すこしでも現実に触れたら、まるで薄いワイングラスのように、夢はあっけなく割れて終わってしまった。
そうすると途端に胸の中ががらんと空いて、隙間風が怖くて眠れなくなってしまう。

おやすみと交わしたキミはいない。
おはようと笑ったキミはいない。
探しても呼んでもキミの姿はずっと見えないまま。
ボクはぬけがらの空中を探し続ける。
さよならを言う暇もなく。
キミは何も言わないでいなくなった。
記憶に新しいその後ろ姿には、もう二度と触れられない。
もう、二度と。

ねぇ、いまはこんな弱虫なボクを許してね。
きっとまた、キミに会う前のようにひとりで立って歩いていくから。
すこしだけだよ、空の端っこでボクを待っていて。
きっとまた、ボクはキミと再び出逢うんだ。
そうなったら、もう二度とキミの手を離さないから。


ねぇ、だからいまだけ。キミを失って初めての朝、このときだけ。
もう一度だけ、唄うようにキミの名前を、いま、口ずさむ。



(追悼の唄)


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