赤ずきんには気をつけて




 おれは遊星さんがすき。
 最初はかっこいい兄ちゃんとしてすきだった。
 でも、今は多分。遊戯兄ちゃんがアテムってひとをすきな気持ちと、おなじすきだと思う。
 なんでって言われてもわからないけれど。でもアストラルやシャークへのすきとは違ってて、十代兄ちゃんやカイトとはしたいと思わないことが、遊星さんとしたいと思うから、とか。とにかくいろいろ、落ち着かなくて。でも、遊星さんのとなりにいると、とてもとても幸せだなーって、そう思うんだ。

 遊星さんはおれにすっごく優しいと思う。厳しいときもあるけれど、十代兄ちゃんよりぜんぜん怖くないし。いつも困った顔で笑ってて、おれが後ろから抱きついても、向き直ってよしよしって頭を撫でるだけ。
 遊星さんはおれに優しいって、それを聞いた十代兄ちゃんは、遊星さんを見てにんまりと笑った。そして遊戯兄ちゃんも、おれを見て微笑むと、続けて遊星さんにこういった。

「あんまり優しく甘やかして、一気に噛みついたらだめだよ?」

 遊星さんは困ったように笑っていたけど、その言葉の意味なんて、おれにはさっぱりわからなかった。



 そんなはなしをしていたのも、もう前の年のこと。
 新年を迎えた一月は、おれにとってとにかく退屈だった。
 遊戯兄ちゃんや十代兄ちゃんは、常日頃から音信不通になることはよくあることで、家に帰らない日もたくさんあるから、それはいい。
 ただ、遊星さんまで。よく知らないけど、新年会とかいうのがたくさんあって、その日は絶対に朝帰りになるか、すごーく遅い時間にならないと帰ってこない。
 がっこーから帰ってもおれはひとりで。遊星さんが作り置きしてくれたシチューなんかを食べて、テレビを見て、お風呂に入って、またテレビを見て、アストラルとデッキをいじって、時計の針が11時を過ぎるころに、諦めてベッドにもぐりこむ。
 ほんとうは。もしおれがシャークみたいに深夜まで起きていられたら、ホットミルクでも入れてあげて、遊星さんとふたりで、デュエルのはなしとかしたいんだ。

 瞼は重くなるのに、胸の奥はぽっかりと穴が空いたようにすーすーとさみしい日が、そのときは二日くらい続いた。

 そして三日目の夜。気づいたら、遊星さんの顔をぜんぜん見ていない。お風呂を出て、パジャマになったおれは、テレビを見ながら髪を拭いているときにふとそうおもった。意識すると、初めて家の中がしーんと冷たく思えて、おれは縋るようにテレビの音量をあげた。
 思ったよりテレビの内容は頭に入ってこなかったけど、おれは決意した。今夜は遊星さんを待とうって。寝ないで遊星さんの帰りを待って、少しでもいいから遊星さんに触りたいって、そうおもった。

(・・・さわりたいって、へんかなぁ)

なんとなく思い立った、その”触りたい”という気持ちは、思いついたくせになんだか恥ずかしくなった。なんていうか、いつもみたいに遊星さんに抱きつくから、遊星さんにも同じように抱きしめ返してほしい、というか。

(だめかなぁ。ゆーせーさん、疲れてるだろうから、してくれないかなぁ)

眺めているテレビ画面が、いつの間にか歪んできた。意識がうとうとまどろんで、だめだめって言い聞かせても、瞼が重たい。かくん、と頭が落ちたとき、おれのからだはソファになだれ込むようにうつ伏せに寝そべって、深い眠りに落ちていった。

(ソファで寝たら、風邪ひくからだめって・・・、遊戯兄ちゃん・・・ごめんなさい・・・)



トントントンと階段を昇る音がして、それからガチャリとドアが開く音もして、バサリとジャケットが床に落とされた音まで聞いて、やっとおれは目を覚ました。なんだか周りが変に静かなこと、からだがちょっと痛いことが気持ち悪くて、ソファで眠るのはあんまり快適じゃないなぁとおもった。十代兄ちゃんとか、よく寝てるけど。十代兄ちゃんなら、地面よりマシ、とかいうんだろーけど。

「・・・あ、ゆうせ、さん」

 からだを起こし、リビングのほうを見やると、そこには三日ぶりの遊星さんがいた。
ちらっと見た時計の針は3時過ぎ。遅いよ、って怒ってやりたいけど、いまはそんなことより、遊星さんの顔が見れて嬉しい。遊星さんは立ったままぼんやりとおれのほうを見ていて、おれもまだまだ寝ぼけていたから、しまりのない顔でへらりと遊星さんに笑ってみせた。

「ゆーせーさん。おかえりなさい」

 そういうと、遊星さんはおれを見て、無言のまま、おれの側までやってきて、ソファに手を置くと前かがみになり、おれの顔を覗き込んだ。何もしゃべってくれない遊星さんに、おれはすこし首を傾げたけれど、いつもより近くに遊星さんの顔があることが嬉しくて、またにへらと笑ってしまった。
 すると遊星さんは、二回ほど瞬きをして、ソファに置いていた右手をおれの頬からあごに滑らせると、その瞬間じぶんのくちをおれのくちとくっつけた。

「ん、むっ」

 何が起きたのかわからなかった。とりあえず一瞬で頭が完全にさえて、ものすごい至近距離に遊星さんがいることと、遊星さんがおれにキスしてるってことだけ、おれにはわかった。
 遊星さんのくちは、おれのくちに何回も角度を変えてくっつけてきて、それだけならよかったのに、時々遊星さんはおれの上唇を吸ったり、下唇を噛んだりしたから、びっくりして顔が熱くなった。
 なにこれなにこれ?おれは必至で遊星さんと目を合わせようとするけれど、遊星さんは伏目がちに唇を舐めてくるばかりで、ぜんぜんおれに気づいてくれない。おれは混乱していて、忙しないキスの合間に口を開けて遊星さん、と声を出そうとしたけれど、そのわずかな隙間から、遊星さんがじぶんの舌をおれのくちのなかに入れてきたから、その感触に裏返った変な声だけがもれた。

「ん、んん、っ」

 遊星さんが舌でおれのくちのなかを舐めてくる。舌を噛みつかれて、一瞬腰が浮いた。息のしづらさと頭にぴりぴりとくる変な感覚に、おれのからだは震えた。
そしてせっかく起き上がったのに、遊星さんはキスしたままおれを仰向けにソファに倒し、遊星さんはおれの上に乗っかるような体制になった。
 遊星さんはやっとくちを離してくれて、おれはとにかく息がしたくてはぁはぁと肩を揺らした。そしていまさらキスに対しての熱がぶわあっと顔に上がってきて、名も知れない腰あたりのくすぐったさに恥ずかしくてすこし泣きそうになる。

「ゆ、遊星さ・・・っ」

 たまらくなって遊星さんを見上げると、遊星さんはおれをみてちいさく微笑み、おれのあたまを優しくなでた。髪を指でといて、おれの耳にかきあげると、遊星さんはそこにくちを近づけて低く囁いた。

「かわいい、ゆうま」
「ひぇっ・・・?」

 思わず変な声がでた。目をまるくしてぱちぱちと瞬きすると、遊星さんはくすっと笑ったまま、普段よりずっとずっと優しい、というか、あまったるいような声で、おれの耳元でなにか囁きながら右手でおれの腰を撫ではじめた。

「ひゃっ・・・!ゆ、ゆゆゆうせぇさっ!?」
「ん、ゆうまの腰。細くてちいさくて、柔らかくて、すごくかわいい」
「んな、なにっ・・・なにいって・・・!ひゃあぁぁっ」

 遊星さんの腰を触る手が、変。追い上げるような、逃がさないって言われてるみたいな、くすぐったいとは違う感覚。心臓がどきどき言い始めて、キス以上に、頭が大混乱を起こした。
 遊星さんはおれの耳もとで囁くだけじゃなく、耳自体に優しく噛みついたり、舐めたり、くちをつけたりして、それが頭の中をびりびりと痺れさせてくる。くちのなかが震えて、目に涙がにじむのと一緒に、普段より高い声が意思と関係なく恥ずかしくこぼれた。
なによりそんないつもと違う変な声を、遊星さんに聞かれてるってことが泣くほど恥ずかしかったから。

「ふ、んん・・・っ!ゆうせぇさぁ・・・っ!」
「ゆうまの声、かわいい。もっと聞かせて」
「え、あ、うそっ・・・、やだぁっ・・・!」

 遊星さんの右手が、服の上からお腹や腰や胸を撫でて、ときどき足の付け根なんか撫でたときは、大げさなくらい腰がびくんっと浮いちゃって、それをみて遊星さんが楽しそうに笑うのが、なんだか、とてもとても恥ずかしいことのように思えた。
からだじゅうが熱くなって汗ばむことに、普通じゃないっておもったおれは、やめてやめてって必死に遊星さんにお願いしてるのに、遊星さんは、触るのをやめてくれない。
むしろ唇は首筋まで下りて、エスカレートしている。

「ゆうま。遊馬の顔、いますごくいやらしい」
「うっ、そんなっ、こと、言われてもぉ・・・」
「だいじょうぶだ、かわいいから。ゆうま、遊馬のからだ、直接さわってもいいか」
「え、あ、えっ?そんな、遊星さっ、・・・んっんん」

ねぇどうしちゃったの遊星さん。
遊星さんが変。声も手も、ぜんぶぜんぶ変だよ。まるで違う人みたい。でもなんだかおれも、もう限界かも。
遊星さんがおれの上着の端に触れる。直接ってどういうこと?遊星さんは、おれのからだのどこを触るつもりなの?でもこれ以上はむりだよ。これ以上は、これ以上は、おれも。

「っだめゆうせぇさん・・・!おれ、もっ、おかしくなっちゃうよ・・・っ!」

 おねがいおねがいって、たまらない気持で、遊星さんの名前を何度も呼んだ。
 遊星さんはおれを見て、とてもとても優しく微笑むと、髪を撫で頬を撫でた。そしてくちにまたキスをすると、遊馬、とおれの名前を低く呼んで、何かを囁こうと口を開けた瞬間、遊星さんのからだは海老反りになった。

「はい終了―。遊星未成年強姦罪で現行犯逮捕ね。ユベルやっちゃっていいぜ」
『はいはい、わかったよ十代』

 それは聞き慣れた、十代兄ちゃんとその精霊のユベルの声。上に乗っていたはずの遊星さんは、十代兄ちゃんに髪を引っ張られて上向きに反り、そのままソファからどけられて、気を失っているのかぐったりと床に倒れ込んだ。おれは驚いて声も出ず、起き上がることもできない。するとすぐ隣で、この家で最も安心を覚えるひとの声がした。

「遊馬くん、だいじょうぶ?こわかった?」
「ゆうぎ、にいちゃん・・・」

 思わず気が緩んで、ぽろぽろと涙が出た。遊戯兄ちゃんに抱きつくと、遊戯兄ちゃんはよしよしと背中をたたいてくれた。

「まだ早いよねぇ。びっくりしたよね。ごめんね遅くなって」
「だいじょうぶ・・・。それに、怖くはなかった、けど・・・」
「うん」
「すこし、びっくりして・・・」
「そうだね」

 遊戯兄ちゃんに小さな子供のようにあやされて、息が落ち着いてくるとちらりと遊星さんのほうを見た。相変わらず倒れたまま、その背中を十代兄ちゃんが踏んでいる。どこからだしてきたのか、太いロープで遊星さんの手足を器用に縛っていた。

「ったく、遊戯さんの予想通りだぜ。このケダモノめ!」
「じゅ、十代くんもほどほどにね・・・」

 さて、とおれのほうを見た遊戯兄ちゃんは、おれを立たせてリビングのイスに座らせた。そしてちいさなマグカップにホットミルクを入れてくれて、それを飲んだらおれの部屋まで付き添ってくれた。
最後、おれがベッドにもぐりこみ、少しうとうととしてきたとき。遊戯兄ちゃんは困ったように微笑んでおれに聞いた。

「遊星くんのこと、嫌いになった?」

 おれはしっかりと首を横に振った。すると遊戯兄ちゃんは安心したように立ち上がって、おやすみって言いうと、静かにリビングに戻っていった。
 布団をかぶって、おれはさっきの遊星さんを思い出し、顔が熱くなるのを感じずにはいられなかった。そしてあのとき、遊星さんは気を失う前に何を言おうとしたんだろうと考えているうちに、子どものおれはいつの間にか眠ってしまっていた。

 翌日。目が覚めてリビングに行くと、遊戯兄ちゃんがいつものように涼しい笑顔で朝食の準備をしていて、十代兄ちゃんが珍しく冷や汗をかいて俯いていて、そして遊星さんが青い顔でがたがた震えながらおれに向かって土下座したそんな光景は、おれにとって生涯忘れられないものになった。




(赤ずきんには気をつけて)


novel top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -