死んでしまった過去のオレ

「賭博王ユウギ」というシリーズ設定の盗賊王のお話です。



「なぁにしてんの、バクラくん」

 かじ、と焼いた鳥の足をかじりながら、バクラの生ける荷物…もとい好敵手もとい死線を共にくぐり抜けたりする友人、ユウギはそう問うた。
 濃藍色の羽織に、くすんだ紅のショールという少し派手めな恰好をしているにも関わらず、それに負けず劣らずなその端正な顔立ちの口もとには、今は焼き鳥のたれがついていた。

「見てわかんねーのかよ。花植えてんだ」

 屈強なる肉体を曲げ、土と睨み合いをしながらバクラは言った。

(見たところ信じらないから聞いたんじゃん)

 そこかしこに投げ出されるようにおかれた小さな草花の苗は、しなりと申し訳程度に花をつけ、バクラが乱雑に掘った土と砂を被って、どこか埃くさい感じがする。頑丈で化け物じみたこの男に、これ程似合わないものがあろうかと、ユウギは呆れ驚きを通り越して薄ら笑った。その当人はさして愉快げでもなく、しかし嫌そうでもなく無表情で、掘った場所に花の苗を置いていく。

「・・・・・・リョウがよぉ、」

 そう口にした途端、芳しい薫りが鼻を掠めた。今まで気に留めたこともない不思議な匂いだった。
 ふわりと宙を漂い、微かに暖かみを持って空気に溶け消えたそれの正体を深く追求することはせず、再びゆっくりと口を開ける。

「リョウが、なんか鳥が死んだから、墓作って花を植えてほしいってよ」

 手に取った花は軽い衝撃でゆらゆらと頼りなく揺れ、それはバクラの心に一筋光を指すそのひとの髪の先にも少し似ていた。今にも泣きそうにしかし物怖じもせず告げた、少年のまだ少し高い声音を思い出しては、胸がからからと虚しく、何かを渇望して止まなかった。人はそれを羨望とでも言うのだろうが、バクラにはもはや渇望としか言えない。その場で少年の首を絞めて潤う渇きであったなら、バクラはあの日、既に見殺しにしていただろう。しかしそうではないのだ。
 だから、今花を植えている。
 渇きを癒せるもの。憶測だがそれは、少年の瞳からこぼれ落ちる小さな水晶だけのような気がした。

「キミがリョウくんに甘いのは知ってるけどさ。めんどくさいなら、別に花まで植えたりしないで、そのへんに捨ててもよかったじゃん。たかが鳥の死体でしょ?」

 飽きれを含んだ冷たい言葉だったが、肉をかじる音がいろいろと台無しにする。ユウギがいるとバクラもいろいろと閉まりが悪かった。
 平和ボケ、と呼べるものだろうか。それにしては、バクラの心は晴れなかった。

「オレも、そうすりゃあいいと思ったんだけどよー・・・」

 滑らかな石の表面に、深く刻まれた呪われた文字。
 その周りを、ただただ花で埋めていくつもりで。
 あのとき失った、泪を流す優しいこころ。
 その周りを花で埋めれば、何か満たされるのだろうかと。
 死んだ鳥の体は、手に取るとほんのすこし重かった。
 それでも、手を離せば遠い空へ飛んで行ってしまう気がした。

(だから、土に埋めた)

 何処にも飛んで行かないように、と。

 無心に花を植えていた。いつの間にか隣で、ユウギがおかしげに笑いながら花を指先で突いて遊んでいる。
 少し睨んでやると、ユウギは鼻を鳴らして笑った。

「だってさー、こんなおかしなことないよ。キミも、人の子だったってコトでしょ? 仕方ないからボクも手伝ってあげる。光栄でしょ?」

 憎まれ口のわりに、子供のように花を手に取り頬を擦り寄せた。
 桃色の花がふるふると揺れ、その眩しい光景をバクラは静かに見つめていた。

「テメ−はすぐ飽きンだから、そっちでその肉でも食ってろ」
「だーいじょうぶ大丈夫。こういうのは割りと得意だから」
「・・・その心遣いだけでジューブンだ」

 結局ユウギは、すき放題土を掻き回し花と戯れると、飽きてまた肉を片手にどこかへ行ってしまった。
 少し崩れた墓場で、ユウギが勝手に水を差したところがきらきらと光っている。艶やかな若葉に乗った玉は、口に含むと甘そうに見えた。

 バクラは渇いていた胸の奥が、少しだけ濡れたような気がした。




(死んでしまった過去のオレ)


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