ハートの還るばしょ
目の前に広がる青い海。
空気は白く、明るくて。
天上には太陽が爛々と輝く。
目を覚ますと、そんなところにぽつりとひとり、ボクは佇んでいた。
大きな海のど真ん中なのに、海水は足首ほどの深さしかなくて、風もないから酷く静かで穏やかだった。
裸足のボクは制服のズボンの裾を膝下まで捲り、白いシャツのボタンをひとつ開けた。
海水は冷たくも熱くもなく、緩やかな波がぽこぽこと音を鳴らして揺れている。
波が去っていく方向へ、何気なく歩き出すと海水がぱしゃぱしゃと跳ねた。
細かな砂を踏み込むけれど、水と砂は混ざりもせずさらさら凪いで、海水は永遠に透明のままだった。
ボクは肌色の足先で水を蹴りあげて、そのとき浮かぶ水面の波紋がどこまでもどこまでも、地平線の果てまで続いていくのを見た。
そしてふと寂しくなって、わななく唇が恋しげにその名前を呟くのを、なんだか赤ん坊みたいだと恥ずかしく思う。
(あいぼう)
そんなボクを甘やかすように、欲しい応えをくれる声が頭に響いた。
ボクのなにもかもを奪う恋しいという感情が、ハートに積もって破壊していく。
(アテム)
振り返った先に佇む彼は、あの日のように穏やかな笑みを浮かべて、両手を広げておいでと言った。もう一度呼んだその名前は震えていて、泪が淡く滲むのを感じながら、ボクは彼の胸に飛び込んだ。
バランスを崩し、彼はそのまま海へと真っ逆さまに落ちた。
さっきまでの浅瀬は何処へ、ふたつの体は下へ下へと沈んでいく。
それなのに体中から愛しさが溢れるから、恐怖も不安もなにもない。
「ずっと逢いたかったんだよ、もうひとりのボク」
泪の雨がしとしと降るのに、口元は自然と笑みが零れた。
ボクが抱きしめると、彼も強く抱きしめ返してくれる。
それが嬉しくて、ただそれだけで、きっと何処へでも行けると思ったんだ。
「大好きだよ」
「ああ、オレも」
真っ逆さまに落ちていく。
目が合うと鼻をくっつけて笑った。
混じり気のない水と砂のように、ただ透明にふたつはとけていく。
そしていつしか、照明が消え、それからボク達が離れることは、一度もなかった。
(ハートの還るばしょ)