みずのゆび



 お風呂から上がってきたら、もうひとりのボクがボクのベッドに入っていた。

「何してんのさ・・・」

 肩にかけたタオルを外しながら呆れたように言うと、もうひとりのボクはニヤッと小さな子供のように笑みを浮かべた。横目に見た、狭い部屋に向かい合わせで置かれたもうひとつの、彼のベッドはきちんと布団が畳まれていて、そのシーツの冷たさはなんとなく見て取れる。
 再びじとりと布団に包まるもうひとりのボクを見つめるけれど、なおも微笑む彼に不本意ながら胸をどきっとさせてしまう。ばかばか、と自分のこころを叱咤する。

「今日は相棒と一緒に寝ようと思って」

 そう無邪気に笑うもうひとりのボクは、手前の布団を手で押し上げ、ボクが入り込める隙間を作ると「おいで相棒」と満面の笑みを零した。おいでって、それボクのベッドなんだけどね。
 だけどまあ、こんな冬の夜だから、ふたりで暖をとるのも悪いはなしじゃない。抵抗感があるのはなんとなく気恥ずかしいからで、さらにいうと一緒に眠るだけじゃ物足りなくなりそうな自分がいるからで・・・・・・。

「は、はいるよっ」

 そんな考えを振り払うように、ボクは慌てて布団のなかに潜り込んだ。人肌に暖められた中はぽかぽかとして気持ち良くて、同時にもうひとりのボクとの顔の近さに自分の体温が上昇したのを感じた。

「せ、狭いよもうひとりのボク」

 シングルベッドなんだから当然だ。離れようとしたら「寒いじゃないか」と腰を抱かれて引き寄せられる。布団の中で、ボクらは抱きしめ合うような形になった。

「あったかいな、相棒」

 耳元で囁かれてぞくりとする。胸がきゅっと締まるような、今にもとけだすような、そんなあまやかな感情を覚えながら、どきどきと鳴る鼓動を彼に知られないように、そっと足先を絡めようとした。

「つめたっ」

 けれど、ボクの足先はもうひとりのボクから跳ねるように退いてしまった。彼の足がとても冷たかったからだ。そう気づいた途端、抱きしめ腰を撫でる彼の手も、まるで氷のように冷たいじゃないか。

「ちょっと!もうひとりのボク、なんで布団に入ってるのに手足がこんなに冷たいの?」

 思わず彼の腕をべりっと剥がし、ボクはもうひとりのボクの掌を自分の掌で包み込んだ。足も暖を取るという意味でふたりの足を絡め合わせ、体もずっと密着させる。
 あったかくなるかな、と彼の掌を摩りながら、はーっと息を吹きかけた。そのことに夢中で、ボクはもうひとりのボクから「相棒」と名前を呼ばれてやっと、彼がずっと微笑みながらボクを見つめていたらしいことに、気がついた。

「あ、な、なに」
「いや、相棒の手、すごくあったかいぜ」

 花が咲きこぼれるように、ふわりと優しく、もうひとりのボクは笑う。
 こんな笑顔は今まで見たこともなかった。その瞳が訴える言葉も、口で伝える必要のないほど切に、まるで柔らかく降り積もる雪のように、沈黙のなかボクへと降り注がれる。

「キミが冷たいだけだよ」

 そう呟いて、じんとさらに熱がこもる。胸がいっぱいになって、なんだか目の奥まで熱くなってきた。するともうひとりのボクが、ボクの掌から右手をそっと出してボクの頬にあてる。「冷たいか?」という問いに、小さく首を横に振って答えた。もうひとりのボクは笑って、それから静かに唇に触れた。

「電気消さなきゃな」

 唇を離すと、もうひとりのボクがまたニヤッと笑った。赤くなった頬を手で覆って隠すボクは、その言葉にただ頷くしかできなかった。




(みずのゆび)


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