蒸気の中
ギュインギュインと鳴る機械音をBGMに風を切る。
黙って彼女の脇に収まっていたナナシだったが、彼女を見上げながら片手を挙げた。
「あの、抱えられながらで大変申し訳ないんだけど・・・聞いていいかな?」
しかし彼女からの返事はない。それでもナナシは質問を重ねる。
「アノ巨人ってさ、どうやって倒したのかなって。」
対して彼女は仲間のもとへ急いでいるのか、ナナシの質問を無視しワイヤーを使って飛び回る。そのワイヤーの先にはフックがついており、それを勢いよく噴射して壁や木に抜き差ししている。ナナシは初めて見るその機械の仕組みにも興味をもつが、最優先すべき疑問を再度問いかけた。
「無視はよくない。どうやって倒したの?再生能力があったのに即死だった。首の後ろを切っただけでね。貴女が来る前に足を潰したんだけど、1分程度でもう歩けるようになってた。・・・もしかして貴女、調査兵団?私、巨人を殺す必要があるの、教えくれない?」
「・・・私はまだ訓練兵。巨人の弱点は項。喋ると舌を噛む。・・・黙って。」
「え、うなじ?・・・項、ねぇ。」
端的だがナナシの質問には答えてくれた彼女。しかし、訓練兵だという彼女の返答はナナシにとって納得いくものではなかった。
先ほどの巨人の項になんら特徴的なものは見当たらなかったし、削ぎ落とされた肉にも変わった点は無かったように思うからだ。何が生命線となってくたばったのか。こんな時、エドワード・エルリックの閃きと勘の良さを恨めしく思った。
「それじゃ、黙る前にもうひとつ、いいかな」
彼女の顔を見上げる。彼女が巨人を倒す姿は一切の無駄が無かった。今のうちにパイプを作っておこうと名を聞くことにする。
「私はナナシ。貴女は?」
「・・・・・・・・・ミカサ。」
大変長い間が空いたが、彼女、ミカサは自分の名前を口にした。
警戒心故か、それともただ単に嫌だっただけかもしないが。
そんなミカサのことは気にせず、ナナシは「よろしく!」と返し、目的地に着くまで大人しくミカサに身を任せた。
ほどなくして、屋根の上にミカサと同じ制服を着た集団が見えてきた。
目的の人達を見つけたミカサは、スピードを緩めずそのまま勢いよく着地する。
ーーーーダンッ!!「イタッ」
着地したと同時に抱えていた手を離され、ナナシは受け身も取れず呻き声を上げる。
「ミカサ!?お前は後衛のハズじゃ!ッとそれと誰だ!?」
誰かがミカサに声をかけるも、当の本人は「アニ!」と名前を呼んでスタスタとその場から離れる。
ナナシはおでこを抑えながら体を起こし、ミカサが歩いていった方を見やる。すると、アニと呼ばれた子からまた更に離れて行ってしまった。
一言文句を言うつもりで起き上がったが、その様子に舌打ちをして隣に居た馬面に喋りかける。
「ねぇ、君もミカサと同じ訓練兵?」
「だったらなんだってんだ。見たところお前は・・・アレか?避難し損ねた住民ってとこか?・・・なんでこんなとこに居やがんだ。あんたらを守るために俺たちの仲間はなァ」
「その話長くなる?あと、私はココの住民じゃないよ。ミカサには巨人との応戦中に助けられた。」
「あ?・・・そんなナリで戦おうなんざ死ぬつもりか?そりゃミカサも助けに入るだろうよ。」
「助けが来なくても、死ぬつもはなかったけど。私ナナシ。君は?」
「・・・お前みたいなヤツが調査兵団に入ったら真っ先に死ぬんだろうな」
「あ、その調査兵団に用があってこの区へ来たんだよね。で、名前は?」
「そりゃ災難だったな。こんな日にやってきちまって。なんの用事だ?」
「・・・・・・・・・入団しに。」
「・・・・・・」
「壁の外に行きたくてね。でも今は、そうだね、巨人についても研究したいかな・・・。」
「は?・・・変人女かよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ーーコイツ完全に私の事舐め腐ってるでしょ。全然名乗らないし。
いや、もしかしたら複雑な環境で名前が無い子なのかも。可哀想に、擦れちゃって。
ナナシは馬面との会話に飽きてミカサの方を見ると、金髪の少年が泣きながら殉職した兵の名前を告げていた。
それから、巨人に向かうことの出来ないでいる仲間たちをミカサが鼓舞した。
そのままの勢いで仲間達と飛んで行きそうだったので、ナナシは慌ててミカサを呼び止める。
「・・・忘れてた。・・・ジャン、貴方に任せる。」
「ハァ!?なんで俺が!」
馬面が声を上げたのでナナシも目を見開く。
「名前、あったのね。」
「さっき、・・・・・・・・・・仲良く喋っていたから。」
そう言うなりミカサはさっさと行ってしまう。
どうやらミカサは、先程ナナシとジャンが会話しているところを見ていたらしい。しかも仲良く話しているように見えたなんてのは嘘だろう。ジャンに荷物を押し付けただけだ。
「お荷物付きかよッ。」
一度ナナシを睨んでから仲間が居る後ろを振り返る。
「オイ!俺達は仲間に1人で戦わせろと学んだか!?お前ら本当に腰抜けになっちまうぞ!!」
仲間に喝を入れたジャンは、ガシッとナナシを担ぐ。
「変人女。生憎俺たちはガス切れでな。撤退できねぇ。もちろんお前を送ってやる分のガスもない。今から補給しに本部まで行く。ビビって落ちんじゃねーぞ。」
本部にはガラスを突き破って到着した。
道中、何人かの兵達が襲われ、勇敢にも立ち向かって行った兵達は無惨にも一瞬で巨人の餌となった。ジャンを含め、本部に到着した彼らは、食われている仲間を見捨ててこの場にいることになる。どんどん仲間が死んでいき表情が重くなる一同。
「俺の合図で何人死んだ・・・?」
ナナシを腕から降ろしながらジャンが弱々しい声で呟く。
「巨人じゃなくて本部に突っ込む判断をしたのは間違ってなかったと思うよ。生きて運んでくれて私は感謝してる、ジャン。」
立ち上がりながらナナシは素直に感謝を述べる。が、当人は独り言のつもりだったらしく、返答があったことと名前を呼ばれたことに驚いた表情を見せた。
ジャンは少し視線を迷わせると、机の下に隠れていた補給班を発見した。
すると、彼は負の感情を爆発させ、補給班にぶつけ始める。彼らのせいで動けなくなった兵士は喰われ命を落とした、と。そんなことしても、結果は変わらないのに。
ひと悶着している途中で、仲間の1人が「伏せろ!!!!」と叫ぶ。その声とほぼ同時に本部の壁が破壊された。破壊された穴から巨人がニヤついた顔で覗いている。彼の一言が無ければ瓦礫で頭が潰れていたことだろう。しかし、ガスを完全に切らした兵たちはどうする術もなく顔を真っ青にした。
その後、そこに居た全員が理解不能な状況に陥った。
巨人が巨人を殺す。それが唯一分かる情報だった。以下ソイツを『巨人x』とする。
『巨人x』と同時に本部やってきたのはミカサ、金髪、坊主の3人。彼女らによると、本部に群がる巨人を蹴散らす為に『巨人x』を誘導してきたそうだ。うまく利用するつもりらしい。なんでも、ガスがある補給室にも巨人が居るそうで、『巨人x』が外の巨人を倒す間に補給室を奪還するつもりのようだ。
どうやら、ワイヤーで飛ぶあの機械の動力源はガス。体制を立て直すには補給室にあるガスが必要不可欠という訳だ。
アルミンと呼ばれている金髪少年が作戦を立てる。気は弱そうだが、頭は回るタチのようだ。
作戦の内容はこうだ。補給室にリフトで降りる。リフトに乗っている人間に反応して近付いてきた7体の巨人をギリギリまで誘い、顔に向けて散弾銃を発砲。視覚を奪う。
そして天井に隠れていた7人が発砲に合わせて巨人の急所へ切りかかる、というもの。
皆へ作戦を伝い終わったところで新たな声が生まれる。
「ねぇ、それ、私にも援護させてよ。」
傍観していたナナシがアルミンに歩み寄る。しかしその肩は誰かの手によって掴まれた。
「おい、兵団でもない奴が何しゃしゃり出ようとしてんだ。つーか俺たちだって立体機動装置無しなんだ。お前はココで待機してろ。」
ジャンだ。苛立ちを隠しもしない態度でナナシの提案を否定する。対して立体起動装置が分からず呆けるナナシだったが、ポンっと手を打って何かに納得した表情を見せた。
「あー、あの機械か・・・てか命令しないでよ。」
肩に乗ったままのジャンの手を払い除ける。
「えっと、君はミカサが避難させるために連れてきた子だよね。」
「うん。ナナシよ。力になれると思うわ。よろしく。」
ナナシは手を差し出しす。
「あ、僕はアルミン。よろしく。それで援護っていうのは・・・?」
「うん。この作戦って同時に一撃で倒さないといけない作戦だよね。でも、万が一の保険は用意しておくべきじゃないかと思うの。私なら、一時的に動きを封じることができる。」
おもむろに床に手を付きだすナナシを不審な目で眺める一同。
「ココにはない技術かもしれないけど、聞いたことあるかな?私、錬金術師なの。見てて。」
バシッと青白い錬成反応がほとばしり、突然のことに目を瞑るアルミン達。
薄目を開けてソコを見ると、ズズズとソコには無かったモノが現れる光景に口をあんぐりと開けた。
錬成反応が止む頃には、目の前に椅子が出来上がっていた。
ナナシは当たり前ように椅子に座り脚を組む。
驚きと警戒心が見え隠れする目がナナシに向けられた。歯ぎしりを鳴らす音や銃を構える音、「魔法使いだ・・・」なんて声も聞こえる。実際、ナナシの出身国であるアメストリスでも錬金術は一般的なものではない。地域によっては『奇跡の技』なんて呼ばれていた。なので、予想の範囲内の反応ではあった。
「魔法なんかじゃないよ。ちゃんと原則がある。んで、コレで攻撃も出来ちゃうからさ、万が一が起きたら、巨人の足と腰を潰して動きを止めるくらいなら出来るよ。」
どうかな?と、立ち上がり椅子を錬金術で元の床に戻す。
「まさか・・・君は、その・・・・・・・・・壁の外から、来たのかい・・・?」
アルミンの口が微かに震えている。
「ん?あー、うん。だと思う。私もイマイチ経緯は分かってないんだけど、ココは私の産まれ育った場所ではないし。」
その言葉に「そんな」「ありえない」とギャラリーが口々に反応する。
それには同感だ。
「・・・今日は笑えねぇ冗談ばっかが目の前で起こりやがる。」
ジャンが隣で顔を引きつらせた。
「巨人をも利用しようとしてるんだ。君の話もその術も信用したわけじゃないけど、協力してくれるなら君に援護を任せようと思う。時間が無いから、持ち場に急ごう。リフトの用意も出来たみたいだ。」
アルミンの言葉で作戦が開始される。
「ってことで、あなたたちは私を頼らなくていいようにヘマしないでよね。」
「いけるさ。相手は3𞄜m級だ。的となる急所は狙いやすい。っと、俺はライナー。ナナシって言ったな。さっきは驚いたぜ。」
「ン。急所って項だったよね?」
ナナシの確認に対してライナーではなくジャンが口を開く。
「あぁ。大きさに拘らず頭より下、項にかけてのーー「縦1m幅10cm!」
途中でポニーテールの女の子がジャンの言葉を遮ってコチラに顔を向けた。
「サシャ・ブラウスです。援護、よろしくお願いますよ」と少し不安と疑いの混じった目で挨拶をしてくれた。その横で「俺はコニーな!」と、小柄な少年が名乗る。
背の高い子と、ミカサが『アニ』と呼んでいた子は警戒心が強いのか無言のままだった。
ーーーガコンッ
リフトが下がる。
ナナシは全体を見渡せるようにリフト近くの鉄骨に待機することになった。
作戦通り、7体の巨人がリフトに引き寄せられる。
順調にリフトギリギリまで引き付け・・・。
「撃て!!!」
合図に合わせて散弾銃の引き金が引かれる。
ひとまず第一関門は成功だ。巨人の視覚を奪えた。再生には1分程度。
すかさず急所目掛けてミカサたちがブレードを振り下ろす。ミスが許されない一撃を各々が狙う。
だが、ナナシの視界に倒れない巨人が2体映った。
ーーー!!右方向、サシャとコニーか!
立体起動装置がないのでうまく項に接近出来なかったのだろう。二人はブレードの切り込みが浅いまま床へ着地してしまっていた。
ナナシは飛び降りながら手のひらと甲を合わせて氷の矢を錬成し、再生した巨人の目に放つ。次いで着地した床に手をつき、巨人の足元から三本槍の巨大な武器を数本錬成してそのまま巨体を突き刺し巨人の動きを封じた。
すると間髪入れずにミカサとアニが巨人の腱を切り、体制を崩して傾く巨人の項を削ぐ。
「ああああナナシ!ミカサぁぁ!アニィィ!助かりました!!」
「すまねえな。」
サシャとコニーは無事なようだ。ミカサとナナシ、アニにお礼を言う。
しかしお礼を言われたアニの視線は、別のところにあった。
「全体!仕留めたぞ!補給作業に移行してくれ!」
ジャンの報告でその場の緊張がほぐれる。
「オイ変人女。援護、ありがとな。」
「僕からも、ありがとうナナシ。これで皆脱出できる。」
ジャンとアルミンがナナシ に声を掛ける。
「いーえ!そのうち仮は返して貰うからねぇ。」と言うと、離れた場所でサシャが慌てていた。
ナナシはまたジャンに担がれてウォールローゼ内へ撤退することになった。
どうやら調査兵団とやらはこの区内には不在らしく、現在巨人と応戦しているのは戦闘に疎い駐屯兵団とミカサら訓練兵だけなのだと。
ようやく現状を理解したナナシ。不在なのであればトロスト区に留まる理由がない。まあ、訓練兵と言えど兵士の卵とのパイプを持てたのはプラスとして考えよう。
ガスを補給する一連の流れを興味深く眺めていると、ミカサとアルミンが焦ったように本部の上へ登っていく姿が見えた。ナナシたちもそれを追いかける。
「共食い?」
アルミンの声が聞こえる。
視線の先には暴れていた『巨人x』が通常の巨人に喰われている光景が広がっていた。
ミカサは『巨人x』を解明すれば現状の打開策になりうると踏んでいるようで、その考えに賛同するライナー達が、『巨人x』が味方になる可能性を唱える。味方になれば心強いが・・・。
「人間との意思疎通ができるのかにもよるわね。知能があるかは大事よ。どっちにしろ、調べないことには分からないけど。」
「変人女は黙ってろ」とジャンがナナシの頭を小突く。その瞬間、物凄い声量の雄叫びが耳をつんざいた。
慌てて耳を塞いで両目を瞑ってしまったので、片目を開いて様子を伺う。
「え、覚醒?」
先程見ていた光景とは打って変わり、『巨人x』はまた暴れだしていた。
「・・・オイ。何を助けるって?」
ジャンが恐怖を目に宿して言う。
ナナシたちは、目の前の、縦横無尽に目についた巨人を殺していく姿を眺めるしか出来なかった。
「あ。膝ついた。」
「流石に力尽きたか?」
ナナシは溜息を吐き、ミカサの言う打開策にはならなかったかぁ、と倒れた『巨人x』を観察する。
すると、『巨人x』から大量の蒸気が吹き出てきて、よく見えないが、項にナニか影が見えてきた。
ーーえ、まさか・・・。
「・・・ヒト?」
なんと、項から弾かれたように少年が現れた。
巨人に人間が居るなんて思ってもなかったナナシは、ハッとしてこの場にいる他の顔を見る。全員、唖然としてその少年を見つめているだけだった。彼らも予想外の出来事のようだ。
そんな中、ミカサが少年の元へ駆け寄る。あまり軽率な行動はやめるようナナシは止めようとするが、ミカサはその少年の存在を確かめるように抱擁した。
そのまま少年を抱えて本部の上まで戻ってくると、幼い子供のように泣き喚いた。
「あの子は、ミカサの大事なヒト?」
ナナシは誰に問うでもなく呟いた。
「・・・うん。僕にとっても、大事なヒトだよ。」
アルミンだけが私の問いに答え、ミカサと少年の元へ向かう。
ジャンの「これをエレンがやたってことか?」という呟きには誰も答えなかった。
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