疲れ


「んっ・・・。」


ナナシは『存在』もとい『心理』に無理やり扉を通過され頭痛にうなされていた。
アレが真理だと分かるのは、もちろん通過する際に真理を見たからだ。

目を開けると、彼女は仰向けに倒れていた。
頭だけを左右上下に動かして状況を確認する。

グラトニーの腹の中からは出られたようだ。だが、肝心のグラトニーも、エドワード、エンヴィー、糸目も居ない。まさかエドワードは失敗してしまったのだろうか。
ホムンクルスの気配も、人や動物の気配すら感じない。

ナナシの目の前には生い茂る木々と、満点の星空だけが広がっていた。

首を傾げながらも取り敢えず地面に寝ていた身体を起こす。
長時間ベッドの上で過ごしたかのように身体はバキバキと硬い。

ーーどこよ、ここ。

見覚えのない場所に不安が膨らむ。
腹の中で紅く血塗れていた髪と服が乾いてカピカピになってきていることから、先程の真理を見てからかなりの時間が経っていることが分かる。

ゴワゴワとしたシャツの感触を気持ち悪く感じながら、『真理』の発言を思い出す。


《お前はここを通過する。強制的にな。ま、その原因はお前に関係ないんだがな。》


一体どういう意味だったんだろうか。
扉の通過もこの場所で目覚めたことにも意味があるのか?しかしナナシにとっては理不尽極まりなく最悪であった。
エンヴィーの「面白いものが見れる」とかいう誘いに乗るんじゃ無かったと後悔する。

というのも、もうすぐキンブリーが出所するのだ。彼とははイシュヴァール殲滅戦後、面会の機会すら許されなかった。会いたくて会いたくて待ち焦がれた日が、ホムンクルス側からの計らいでやっと訪れる予定だった。こんな場所で足止めを食らっている場合じゃない。

はやる気持ちを抑え、現状を整理するナナシ。彼女はなんとも嫌な予感がしていて、こういうのは大抵当たるのだ。

ブツブツと少し声に漏れ出している文句を呟きながら木々の間を歩く。
すると遠くに集落を発見した。

闇雲に歩いても体力が削れるだけなので、今夜はあそこの集落で寝床を探すことにする。

エドワード達との戦闘に巻き込まれ、グラトニーの腹の中を彷徨ったあげく、真理を見て頭痛が収まらなくなっていた。
早く休みたくて足早に集落を目指す。
しばらく歩いてたどり着いたそこは、人の気配はあるものの寝静まっていた。
その中で鍵もかかってない納屋を見つける。積み上げられた藁がベッドになりそうだったので、ココで睡眠をとることに。少々チクチクするが、仕方がない。
ナナシはボフッと藁に身体を預けて目を閉じた。







目が覚めたら見知った場所・・・なんてことはなく、埃っぽい匂いのなか目が覚める。
すると、寝る時には無かった感触がナナシの身体を温めていた。

使用感のある毛布。おそらくこの納屋に用があり立ち寄った者の所業だろう。
仮にも国家錬金術師、人の気配に気付かないなんて予想以上に疲れていたことが分かる。
若干の警戒心を強めながらナナシは納屋の扉に手を掛けた。
少しずつ射し込んでくる光に目を細める。
完全に扉が開いたとき、鮮やかな青色の空を小鳥が羽を広げて横切った。

「起きたんか、嬢ちゃん。」

空から視線を前に向けるとテンガロンハットを被った40代くらいの男性が立っていた。

「矢の補充に蔵に行ったら君が寝とってな、話は、まず体を洗ってからや。」

早々に毛布をかけたであろう人物が判明した。そして彼はナナシの赤茶色に染まった姿を見かねてシャワーを勧める。彼にとっては何も裏のない提案だったのだろうが、ナナシは警戒心を解かず疑念の目を向ける。

ーーシャワーだって?人攫いか何かなの?油断させるため?

しかし血が着いたままのシャツはとても不快で、すぐにでも洗い流したいのも然り。
暫く考えて、ご好意は素直に受け取り、敵意を向けられれば殺せばいい。と、結論を出して彼に頷いた。

案内された家に入ると、なんだか暖かい気持ちになるような、そんな場所だった。
彼には奥さんがいるようで、事情を説明している姿を眺める。シャワー室へはどうやら奥さんの方が案内してくれるらしい。

シャワー中には完全な丸腰状態にも関わらず、何も問題もなく時が過ぎた。
身体を清めたあと、奥さんに用意してもらった服を着る。今は不在の娘が着ていたものらしい。清潔な身体の素晴らしさに気分がよくなる。

結論から言うと、彼は人攫いではなかった。ブラウスと名乗る彼は、この村で猟師を生業にしているらしい。
彼から場所や日付けの情報を聞き出さないといけない。それは彼とて同じだった。何故村の納屋に居たのか、事によっては排除しなければならないのだから。

居間のテーブルに座るよう促され、彼がアイスティーを淹れる。軽く会釈をして受け取り、口をつけた。
味は薄いが、火照った身体の熱を冷ますには丁度いい。

彼はと言うと、ナナシが開口するのを待っているのか、じっと見つめているだけだった。
怪しまれて情報が聞けないのも厄介なので、『村から家出し、道に迷った娘』という設定で話を切り出す。彼の目には同情の色が宿った。道に迷った設定なので、自然に現在地を聞き出すことに成功する。

ココは”ウォール・ローゼ南区ダウパー村”
初めて聞く名に戸惑う。

そして彼はナナシに対して、どこの村から出てきて迷ったのかは聞かなかった。おそらく、血で汚れていたから気を効かせたんだろうと見当をつける。
そのかわり、腹は減っているか?と言ってパンとスープを用意してくれた。
善良な民だ。とナナシは思った。

行く宛てのないナナシはこのブラウス家でお世話になる運びとなった。
家出少女を追い出すことは出来ないと、ブラウスから提案してきたのだ。
何もせずにただ過ごすことなんて出来ない。と、狩りや畑仕事の手伝いを買って出て他の村人達からも情報収集することにした。

暫く聞き込みをして分かったのは、この村、というより、この国家は壁に囲まれているらしい。なんということだろうか。地図を確認させてもらうと確かにそこには3重に重なる円形の壁が描かれていた。中心の壁に行くほど標高が高く、経済的にも豊かになっていくらしい。この森の中からは壁は確認できなかった。
こんな外壁に守られた都市を、ナナシは聞いたことも見たことも無い。
唯一思い当たるとすれば、ブリッグズ山の要塞だ。だが壁の形用も異なれば、隣接するドラクマ国も描かれていない地図、ここがアメストリスでは無いことは確実だった。現に、アメストリスという場所を知る人物も存在しなかったのである。
言葉は通じるがどうやら国外のようで、ナナシは真理に対しても苛立ちを募らせた。


そしてもう一つ、壁の外には『巨人』ならものが居るらしい。
巨人・・・、なんのことか皆目見当付かないが、村人達は皆『巨人』を恐れ、加えて王政や憲兵への文句などを口にしていた。
巨人に関しての資料は民間人が持っているはずもなく、詳しいことまでは聞き出せずにいた。
憲兵とやらは徴収と見回りでやってきた奴を一度見かけたことがある。
ナナシはその顔を思い出してまた苛立つ。昔から軍人が嫌いなのだ。
どうやらこの国は王政国家のようで、一憲兵ごときがデカい顔をしていた。

とりあえず、壁の外に出て帰らないといけない。アメストリスからどのくらい離れているか確認するのはそれからだ。この壁の中に居ても、帰れる手立てがあるとは思えない。しかし妙な国だとナナシは思った。

村人達の話では、壁外の人類は既に巨人によって滅び、壁に守れているココが最も安全なのだという。世界地図や隣国の地理などの情報を聞き出そうとすると存在しないかのように言うのだ。

そしてまた、ナナシはブラウスに外について聞いてみる。

「なんやまた外の事か。そんなに壁外に出たいんか?そもそも、調査兵団にでもならん限り壁外になんぞ出られんぞ。」
「ちょうさ?へい?・・・って?」

新たな単語の登場に疑問符を浮かべるナナシ。
ブラウスは彼女の反応を見て少し目を開いた後、ナナシに説明をするために切り株に座り直した。家出した彼女の過去がどれだけ閉鎖されたものだったかを想像しながら。
なぜならば、ここに住んでいる者であれば誰もが当然のように知っていることだからである。

「兵団には、王を守る憲兵団、市民と壁を守る駐屯兵団、唯一壁外に出て直接巨人との戦闘を行う調査兵団がある。そして、最も戦死率が高いのもこの調査兵団や。」
「約5年前、シガンシナ区の壁が壊され、ウォールマリアは巨人に占拠されとると前に話しやろ。これまで何度も調査兵団が向かったが、犠牲無く帰還したことは一度も無い。未だウォールマリアを占拠する巨人に襲われちょる。」

ブラウスの眉間には自然と皺が寄っている。
ナナシは推測する。『巨人』とは、人間を襲う存在、とみていいだろう。
調査兵団とやらが倒せる存在ならば彼女でも・・・いや、未知の生物である『巨人』。生体を調べてから外へ出たほうが安全である。対処方法の有無を知るだけでも有益だ。
これは兵団として侵入し資料を調べるのが得策かもしれないと考える。

「なるほど。要は、死を恐れる者には無理ってわけね。・・・ブラウス氏、やはり私は壁外へ行きたい。私にとっては壁の外が重要なんです。志願するには、どうすれば?」

真っ直ぐにブラウスを見つめるナナシ。
憲兵から制服を頂戴することなんて彼女にとっては容易い。そのまま潜入し情報を盗んでも、壁の外に出てしまえばさして問題無いだろう。

「・・・ハハ、そぅかぁ。・・・どうしたもんか」

ブラウスは頭を掻きながら小さいため息を吐き出した。

「よし。分かった。調査兵団には訓練兵団を卒業せんとなれん。南区はトロスト区に訓練施設がある。馬を一頭やるから、行ってこい。」

「えっ、馬まで・・・、ありがとう!!!なら、早速明日出発するわ!」

「あ、明日かい?また慌ただしい子やね。」


次の日、奥さんにも一言お礼を告げて、お世話になったブラウス家を出る。
出発の直前、付着していた血が綺麗に洗われた服と、あの日腰に付けていた拳銃を手渡された。
拳銃の存在を忘れてたナナシは少し動揺する。

「アンタのもんだ。俺からは何も言わん。見らんかったことにする。アンタの過去に何があったかは聞かんが、死ぬんやなかよ。」




ブラウスに見送られらながら、早朝、ナナシはダウパー村を出発した。
いざ、トロスト区へーーー。







ナナシの去っていく背中を見ながら、ブラウスは深く帽子を被り直す。脳裏には彼が送り出した娘が浮かんでいた。

ーーーそういえば、もう訓練兵を卒業する年やないか、サシャ・・・。


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