宝石をちりばめた様な星空。今宵は満月だ。
ランタンがなくとも十分に辺りを見回すことが出来る。無論、新月であっても波動を感じることで周りを見ることは出来るが。
ふと、風に乗って、何かが聞こえてきた。
……唄、か?
何処から聞こえてくるのだろうか。
そう思い、辺りを見回すと城の二階のテラスに人影が見えた。
どうやら、彼女らしい。
「綺麗な歌声だな」
私がそう話しかけると、二階にいる彼女は私に気付いた。そして驚いてその場から逃げていこうとする。
「あ、待ってくれ!」
そんな言葉も空しく、彼女は部屋に戻っていってしまった。私は引き止めようと伸ばした手を頭の後ろに回した。
「……」
…もっとその唄、聞かせて欲しかった。
─朝。
ドアの開く音が聞こえた。
…どうやらルカリオが帰ってきたようだ。
そういえば最近、ルカリオの帰りが遅い。否、遅いどころの話ではない。朝帰りだ。
…一体、こんな遅くまで、何をしているんだろうか。
私はベッドから降り、帰ってきたルカリオの元へ行く。
「ルカリオ、何処へ行っていたんだ?」
そうルカリオに問い詰めた。
「ゆい殿の所です。」
「“ゆい殿”?」
聞いたことが無い名前だ。
「はい。ご存知ではないのですか?」
「ああ。どんな人なんだ?」
「声の美しい方です。アーロン様もご存知の筈です。」
「美しい声……ああ、彼女か」
あの唄を歌っていた彼女はゆいという名前らしい。
「ゆい殿はよく私に唄を歌って下さるのです。」
……そういうことか。
近頃のこいつの朝帰りの原因は“それ”か。
大方、子守唄でも歌ってもらっていつの間にか眠ってしまっているというので間違いないだろう。
……面白くない。
「アーロン様?」
「私は相手にしてもらえなかったのに、何故お前は唄を歌ってもらえるんだ。」
「ゆい殿は人見知りの激しいお方なのです。お気になさることはありませんよ。」
ルカリオはポケモンだから、大丈夫ということか。だが、何となく納得がいかない。
「しかし…最近の朝帰りの原因が女だったとは……ルカリオ、お前もやはり男だな。」
うんうん、と続けて頷いた。
「な、何ですか、その言い方はっ! 私は、私はそんな…!」
私の予想通り、ルカリオは顔を赤くして怒っていた。
「ははは、冗談だ。そんなに怒るなよ。」
それから、数日後。
修行の休憩時間だった。
「ルカリオ」
「あ、ゆい殿!」
「最近、来てくれなかったので逆に私のほうから来てみました。迷惑でした?」
あれからルカリオはゆいの元を訪ねてはいなかった。
ルカリオは機嫌は直したものの、やはりまだ少しアーロンの言葉を気にしていたようだった。
「いえ!そんな…」
「こんにちは。」
「!」
ゆいは少し驚いて、後ろに退いた。
「私は波動使いのアーロン。
リーン様にお仕えしている者です。」
私が自己紹介をしても、彼女はまだ不審そうな顔をしていた。
「ゆい殿、大丈夫です。アーロン様は私が尊敬し、お仕えしている主です。」
どうやら、私が名乗ったことよりもルカリオの言葉のほうが効いみたいだ。私の言葉を信頼していないようで、悲しい。
「…そうなのですか?」
「はい。」
ルカリオが答える。
その言葉を聞いて彼女の警戒心は少し解かれたようだ。
「ルカリオから貴女のお話は良く聞いています。
…とても綺麗な声をしていらっしゃいますね。」
「…ありがとうございます。」
本当に、人見知りが激しいらしい。目を下に向けて、私と目が合わないようにしている。
「アーロン様に、唄を歌っていただけませんか?」
ルカリオがいきなり、そう言った。
「え…?」
「アーロン様は、前々からゆい殿の唄を聴きたいと言っておられました。駄目ですか?」
「お願いします。」
私は、ゆいに頼んだ。
ゆいは、少ししてから、
「そんな風に仰られずとも私はただ『歌え』と言って下されば幾らでも唄いましょう。
私には、歌うことしか出来ないのですから。」
彼女はそう言い終えると一度深呼吸をして、それから歌い始めた。
その美しい声が城の庭に響き渡る。
とても心地の良い声だ。いつまでも聞いていたい。
……
「…ルカリオ、お前はこんなに美しい歌声を独り占めにしていたのか。」
ルカリオは笑顔でこちらを見ていた。
…羨ましい。
彼女の歌は、あっという間に終わった。
こんなに終わりが惜しまれる唄は初めて聴いた。
歌い終えたゆいは、手を胸に当てて深呼吸をしていた。
私とルカリオはゆいに拍手をした。
「どうして、唄には終わりがあるのだろう。唄を聴いていて、初めてそう思いました。」
「褒めるのがお上手ですね」
私は、首を横に振った。
「そんなことはありません。
貴女は歌うことしか出来ないと言っていましたがそうじゃない。
…貴女は、こんなにも感動を与える唄を歌える。」
ゆいは伏せていた顔を上げ、私の顔を見た。
…初めて、目が合った。
「また、是非聞かせてください。貴女の唄を。」
「…はい。喜んで」
彼女はそういって、初めて私に微笑んだ。