―――帝国学園。
そこはあらゆる分野に特化した生徒が集まる学校。
勿論、付属の大学も存在する言わずと知れた幼小中高大一貫校である。

そして、学生たちがより良い環境で学園生活を送れるよう、設備も充実している。
一貫校の様子を“エスカレーター式”と表現することがあるが
帝国学園には、エスカレーターどころかエレベーターが存在する。
とにかく設備がすばらしい学校である。


「…(…エレベーターの無い学校生活なんて、やってけ無いわよ
だってホームルーム、五階なんだもの。)」

ゆいは早くエレベータードアの上の表示を見ていた。
数字が点滅する。
エレベーターが目的の階に到着する前にある階で止まった。

誰かしら。
まあどうせこんなに広い学校なんだから
乗ってくる人が知らない人間のということの方が多いのは間違いないけど。

滑らかにエレベータードアが開くと、そこには一人、あの佐久間が立っていた。

お互い自然と目線がぶつかった。
私はすかさず閉じるボタンを連打した。

少しの間でも、二人きりはまずい!
何で佐久間が乗ってくるのよ!!

佐久間は閉じていくドアに手を縦に入れ、閉まるのを阻止し、密室の中に足を踏み入れた。

「……おいおい、閉じるボタン押すなよ。」

「………」

大して気にしてない様子でそう話しかけてきた。私は無視をした。

気まずい…
何でよりによって佐久間が乗ってくるのよ。

早く5階に着かないかしら…
と思っていたその時、
ガクン、と突然エレベーター独特の無重量感が消え、不自然な音と共に停止した。

「な、何…? きゃっ………」

電気がブチンと切れた。
暗闇になる。

「…停、電…?」

ということは、…閉じ込められたの?
…佐久間と一緒に?

少し時間が経って暗順応で徐々に周りが見えるようになった。

「………おい。」

下を見ろ、と首を振っている佐久間。何よ、と思いながら佐久間の顔から徐々に視線を下ろしていくと、私の手が、がっちりと佐久間の腕を掴んでいるのが見えた。

私の顔は忽ちリンゴ色になった。

「あ、………」

慌てて手を離した。
佐久間はその様子を見て別に離さなくても良かったのに、と言って少し笑った。

「お前、意外と可愛い驚き方するんだな」

「う、うるさい!
私、まだ、あの時のこと忘れてないんだから!
今だって、あなたの顔見たくないの!」

…少し、言い過ぎてしまったかもしれない。でも、謝ったりしない。
数日前の嫌な記憶がよみがえる。
思い出すと居たたまれなくなったので、すぐに思い出すのを止めようとした。
佐久間は笑うのを止めて顔を少し曇らせた。

「…ゆい、まだ気にしてたのか?」

「当たり前よ!」

佐久間はもう、気にしてないって言うの?

それにも少し腹が立った。
…もうっ!

「何で、止まってんのよ」

「知るか」

管理室に電話をかけようとしたが、受話器を取ってみても音一つしない。

「駄目、通じない」

「やはり、原因は停電みたいだな。」

佐久間はゆいの背後で腕を組ながらエレベーターの壁に凭れていた。
冷静というよりは寧ろ楽観的にこの状況を考えているようだった。

「どうしよう…」

「まあ、待ってれば、いつかは回復するだろ」

確かに停電が回復すれば脱出できるので永久にここから出られない訳ではない。
けれど、

「…そういう訳にもいかないの。
私、これから父さんと母さんと、久し振りに食事会があるの、早く帰んなきゃ……」

私の両親は二人揃って海外出張が多く、殆んど家を空けていた。その両親が帰ってきて、久しぶりに家族全員で会えるというのに。まさかこんなことに巻き込まれてしまうなんて。

「…そうか、そうだな」

佐久間は手すりを踏み場に天井に向かってジャンプした。そして天井にある非常用の出口の蓋を押し上げ、外した。
着地時、その振動が箱全体を揺らす。

「ちょっと、何するの?」

不安気な様子で佐久間を見た。

「こんなとこで時間潰すのなんてごめんだからな」

そう言って、もう一度。手すりを踏み場に今度は出口に指を引っ掛けよじ登った。

「えっ……ちょっと…私を一人にする気…?」

先程の強気な態度とはうって変わって心細そうな声が下から聞こえてきた。

「俺の顔見たくないんだろ?」

「それは…」

言葉に詰まる。ゆいは下を向いた。

「…俺はこれから梯子を登ってここから出る。
ゆいは俺と一緒に来るか、そこで停電から回復するのを待つか、選べよ」

「……そんな…私…行かなきゃいけないのよ…」

ゆいは握り拳を作った。
二人の間に長い沈黙が流れる。

「……(ほんと、意地っ張りなヤツだ)」

やれやれ、と溜め息をつく。
佐久間はしゃがんで最大限エレベーター内に腕を伸ばした。

「……別に俺と一緒に来れば良いだろ。
俺はあの時のこと、もう何とも思ってないし、ゆいがまだ納得いかないからここから出た後すぐ無視したっていい。また今度話し合おう」

「……」

まだゆいは俯いていた。

「久し振りに両親に会うんだろ?
こんなとこでつまらない意地張るなよな。」

「つまらないって…!」

佐久間を見ようとしたところで伸ばしていた手をほら、というように一度振った。

「…良いから、早く手を伸ばせよ。」

二人は見つめ合った。
そしてゆいは黙って佐久間の手を取った。

「それでいいんだよ、お姫様。」


そう優しく呟いて、ゆいを力一杯引き上げた。
「出口は…あそこだな。」

僅かに外の光が差し込んでいるのが見えた。

「ゆい、先に登れ」

「えっ、何で…」

「落ちそうになったら、受け止められる」

そんなことをさらっと言われてしまったら、素直にうん、なんて言えないよ。

「スカートの中、覗かないでよね!」

「はいはい。」

佐久間は苦笑した。

こうして二人で光に向かって登り始めた。

真ん中辺りまでに辿り着いた時、エレベータードアが開かれ、その真ん中に黒い人影が現れた。

「君たち、大丈夫か!」

先生だ。


 ・ ・ ・

「…助かったあ…」

ゆいはその場に座り込んだ。そして腕時計で時間を確認した。どうやら食事会には間に合いそうだ。

ゆいはほっと胸を撫で下ろした。

ふと周りを見回すと佐久間の姿はもう無かった。

「…(まだ、お礼言ってなかったのに)」


私の中にはもうあの時の気まずさは無かった。

「(明日、佐久間と会おう。)」

真っ直ぐと前を見つめて、
ゆいは立ち上がり、歩き始めた。
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