勉強机に向かい宿題を片付けているといきなり背後から肩に重みが降ってきた。その勢いで持っていたペンが今まで数式を解いていたノートの上に勢い良く黒い線を描いた。
僕は溜め息をついた。あ、溜め息。吸わなきゃ。幸せが逃げていくよ? ゆいさんはいつものように絡むような喋り方で僕の勉強を邪魔してきた。

「…何ですか」
「うわ、博之、あからさまに面倒臭そうな応答だねぇ。気にしないけど。
…博之、お腹空いたよね?」
ゆいさんが言う『お腹空いたよね?』は行間を読むと『ご飯作ってあげようか?』では無く、『ご飯作って!』という意味になる。僕が目の前で真面目に勉強に取り組んでいるのが見えないのだろう。僕はまた溜め息を吐いた。


「机の上のパンでも勝手にかじっていて下さい」

「ご飯が食べたい」

「…まだ炊けていません
…………………
………冷や飯なら冷凍庫にあります勝手に食べて下さい」

「わかった」

冷や飯食いが冷や飯を食べるかあ、なんてゆいさんはしょうもない洒落を言いながら大人しく台所に向かっていった。僕はそれを少し意外に感じながらも特に気にすることもなくまたやりかけの宿題を解き続けた。
後々それがあまり良いとはいえない選択だったと気づかされるとはこの時はまだ知りもしなかった。


暫く経って、宿題を解き終えようとしたとき、突然叫び声が耳に入ってきた。僕ははっとした。

「どうしたんですか」

そう言いながらリビングと僕の部屋を仕切るドアを開けると、煙が充満してリビングが白くなっていた。まさか、火事。血の気が引いていくのを感じながら、慌てて台所に向かった。

「ゆいさん!」

「博之」

泣きそうな顔をしたゆいさんが床にしゃがみ込んでいた。僕は急いで駆け寄った。そして次に火元を見るとただ、フライパンの中身が焦げているだけで、火事は起こっていなかった。僕はほっと胸をなで下ろした。コンロを切り、ガスの元栓を閉め、換気扇を回した。
そうしてから、漸く座り込んで呆然としている居候に声をかけた。

「怪我はありませんか?」

「…」


そう聞くと、ゆいさんは言いにくそうに、口を開いた。僕は頭を抱えた。

蛇口を捻って水を流し、その中にゆいさんの指を突っ込ませた。

「本当、不器用というか、何というか…」

「私、あっちなら器用だよ」

「黙って下さい」

「う…博之のくせに」

「もういいですから向こうに居て下さい僕がします」

「そう?」

悪いねえ、なんて悪びれる様子もなく、先ほどの泣きそうな顔はどこへやら、笑顔でリビングの椅子に座った。(全く、さっきの泣きそうな顔は一体何だったのか)

コンロに乗っかっている焦げたフライパンは悲しいくらい無惨な姿だったが、ゆいさんに洗うのを任せたところでまた僕の仕事が増えるということは目に見えたので、どうせ僕が綺麗にしなければならないのだろうと思うとまた小さな溜め息が出た。





多分、続きます。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -