「幽谷くんは前世を信じる?」





クラスでも割と地味で、強いて言うなら本が好き、というごく普通の子がいました。
しかし僕の学校ではみんな何らかの変わった特徴があったため、まばさんは逆にみんなから浮いているように見えました。

だけど僕は大人しいあなたの知的な眼差しが好きでした。あなたに憧れていました。

あなたの読んでいる本はいつも難しそうで、決まって同じ著者の本でした。僕は気になって学校の古ぼけた図書館にあなたが読んでいる本を探しに行ってみましたが、マイナーすぎるのか、中学生には向いていないのか、その著者の本は一冊も図書館には置いていませんでした。

僕は部活帰りにここらで唯一の小さな本屋さんに寄ってみました。小さい割にあなたが愛読している著者の本が並んでいました。きっとあなたもここで本を買っているのでしょう。僕はどれが良いのかわからなかったので取りあえず一番薄い一冊を手に取り、そのままレジに向かい購入しました。あわよくばこれを切っ掛けにあなたと交流を持てたら、とぼんやり僕は考えました。

次の日、朝読書の時間にその本を読みました。購入時に内容を確認せずに購入したせいか、読んでいても僕には内容がいまいち理解できません。
ちらりとあなたに視線を送ってみると、あなたはやはり知的にページをめくっていたのでした。

その時あなたの指先がとても綺麗だということを知りました。
この時、僕は完全にあなたのことを異性として好きになってしまったのです。


そして授業の合間の短い休み時間に、僕の願っていたことが起きました。僕はあなたに話かけられました。

あなたは僕の机の前にやってきて、ゆったりと笑いました。

「それ、面白い?」

「あ、…ええ、面白いですよ」

正直内容がさっぱりとわかっていないのですから面白い筈がありません。瞼が重くなるばかりです。ですが僕はあなたと親しくなりたい一心で、そんな小さな嘘をついてしまったのです。それが大きな嘘に繋がってしまうなんて、その時の僕にわかる筈もありませんでした。


「……そう。幽谷くん、今読んでいるのが終わったらその本を貸して貰っても良い?
次、読もうと思っていた本だったから」

「あ、…はい、
勿論構いませんよ」

願ってもないこと。
僕にとって只の紙束が彼女との距離を大幅に縮めてくれたのでした。

「ありがとう」

柔らかい笑みを浮かべてあなたは席に戻っていきました。



それ以来、気がつけば僕はあなたのことをいつも目で追っていました。
そしてあなたも僕のことを目で追っていました。
授業中に互いを追う視線がぶつかることもしばしば。そしてその度に僕たちは、はにかみ合いました。

僕は、あなたが好きな本をつまらないと思いながらも、あなたのことをもっと知りたいと思ったので辛抱強く読み続け、あなたともっと仲良くなりたいという気持ちを満たすために、あなたからつまらない本を何冊も借り続けました。
あなたに近付けているなら、何でも良かったのです。



そして僕は今日、あなたに呼び出されたのです。
学校の屋上に行くと、あなたは既に居ました。



「まばさん」


振り返るあなた。
僕を見て、満足そうに微笑みました。

「幽谷くん、来てくれてありがとう」

「まばさん、待ちました?」

「ううん、今来たところ」

僕はあなたの傍に歩み寄りました。

「それで…話って何ですか?」

僕は内心、それらしい期待に胸を膨らませていました。それ以外の予想なんてしていませんでした。
ですが、あなたの発した言葉は僕の想像範囲外のものでした。


「幽谷くんは前世を信じる?」


僕はあなたの言葉が全く予想と違っていたことを恥じました。馬鹿馬鹿しい期待をしてしまった。そして只、呆然と、あなたの言った言葉の意味が理解できず、反応ができないでいました。


「いきなりだから吃驚してるよね」

ごめんね、と謝罪の言葉を口にして、あなたは話を続けました。


「私には、前世の記憶があるの」

僕がずっと普通だと思っていたあなたは、やはり僕を含めた他の生徒の例に漏れてはいなかったのです。

あなたは話を続けます。ただ僕はあなたの告白を黙って聞いていました。あなたの前世の記憶、あなたの前世の恋人の話。あなたはその恋人を探していて、そしてそれは僕だとあなたは言いました。理解できない。いきなりそんなことを言われても、僕は只の幽谷博之。確かに他の人より少し見えるものは多いけれど、只の中学生で、僕は今、幽谷博之以外の何者でもなかったのです。

「…どうして、そうだと、言い切れるのですか」

うん、幽谷くんが混乱するのも無理はないよ、いきなり前世だもの。ぶっ飛んでるよね、と微笑むあなた。

「あの本だよ」

貴女が愛読していた本たち。それらが一体何を意味していたのか。

「私のあなたは、あの本の作者だった、あなたはあの本を面白いって言ったでしょう
あの本の良さがわかる人なんて、そういないもの」

そんなことで、と思いました。違う、僕は叫びました。心の中で。どうしてもその言葉を口にすることができなかったのです。目の前で涙を流しているあなたを見て。そのまま僕の胸に飛び込んできた温もりが気持ち良くて。あなたを抱き締めてしまったのですから。


「僕には思い出せません」

思い出せるはずもありませんでした。僕にとってあなたの前世の恋人とやらの著書は只の睡眠薬でしかないのですから。少なくともあなたが居なければあんな本は絶対に読むことはなかったでしょう。それは仮令僕に前世があったとしても言えることでした。


「良いの、
私が覚えているから」


僕はあなたの喜びを壊したくなかった。いいや、そんな美しい理由じゃない。僕はあなたが好きだった。あなたに僕を好きになって欲しかった。利己的な考えであなたの恋心を利用してしまったのです。非道い人間です。でも僕はそうする他無かったのです。もしここであなたに真実を伝えれば、前世から一人の人をずっと想い続けることができるほど強い心を持つあなたは、その居るかもわからない恋人を求め、必ず僕から離れていったでしょうから。

ただ、僕が偽者であっても。せめて、あなたを抱き締め、支えるものになりたくて。
例え僕が偽者であっても、その気持ちは間違いなく本物でした。
ですが、尤もらしく言ったとしてもそれは自分のことしか考えていない愚かな子供の考え以外の何物でもありません。わかっているのです。わかっていたのです。でもその時の僕に自制心など何の歯止めにもなりはしなかったのです。

僕はあなたの身体を強く抱き締めました。


あなたの小指の糸は他の誰かに結ばれていたのに。
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