──ヒョウタは、私のこと、欲しくないの?
君は、最後にそう言って僕の前から消えていった。
…欲しくない訳が無い。
僕は、君のことが欲しかった。
だから、だからこそ、大切にしていきたかったんだ。
君の望むことは、何だってした。
君が寂しいと言ったあの夜、僕は君の家に駆けつけて朝が来るまで
寝ないで君の頭をずっと優しく撫でてあげた。
君の指輪が無くなった時だって、僕は一緒に町中を探し回った。
君が抱きしめて欲しいといったら、優しく包み込んであげた。
君がキスをしたいといったら、僕は喜んでそうした。
君が望むのなら。
君が望むなら…
だのに、どうして?
君が唐突に別れを切り出した日から、僕は君に電話やメールを、何度もした。でも、君からの返事は返ってこなかった。
「どうしてかな、ナタネ…」
「ヒョウタは、ゆいに優しかったかもしれないけど、ゆいにはその優しさが苦しかったのかもね。
ヒョウタは、ゆいの望んでいることは何だってしたかもしれないけど、ゆいには何も望まなかったんでしょ?」
「…それのどこがいけなかったのか、僕にはわからないんだ、ナタネ。」
「ゆいは、ヒョウタに必要としてもらいたかったんだよ。」
「僕は必要としてたよ。」
「でも、それはゆいには伝わってなかった。受身すぎるよ、ヒョウタは。望むことは何でもしたってことは、望まなきゃ、何もしてくれない。そういうことでしょ?」
「………どうしたら、良いのかな。」
「それ、私に聞いちゃ駄目だよ。ヒョウタ、あんたゆいのこと必要なんでしょ?
なら、必要だって、ちゃんと示さなきゃ。動かなきゃ。」
「……」
電話や、メールじゃ、駄目だ。ちゃんと、顔を見て話さなきゃ。
僕には、君が必要だ。
離したくない。
─どうして、真っ先に会いにいくことを考えなかったのだろう。ゆいが何処にいるかなんて、そんなこと、わかっているのに。
夕方の町通り。
僕の予想通り、やはり、君はそこに一人居た。
「ゆい」
ゆいは僕を見ると、慌てて踵を返した。逃げないで。
「ゆい」
「…」
「ゆい」
「…」
僕はその後を追いかけながら、君の名前を呼んだ。でも、君は止まろうとしなかった。僕はあと一歩の距離まで近づいた。
「ゆい」
手首を掴んだ。ゆいの手首は相変わらず細かった。そして、やっと君は止まった。僕は君を後ろから抱きしめた。
「ごめん。」
「…」
「でも、僕のこと、見て。」
「……」
「ゆい」
「…」
「…好きだ。」
「ずっと、一緒に居て欲しい。」
ゆいの顔は見えなかったけど、僕の腕の中で小さく震えているのが判った。
「僕は、君をがっかりさせてしまったけど、これからは、そんなことないようにするから、君に、僕の気持ちが伝わるように、行動するから…
ゆいに会えなくて、ほんとに辛かった…
ゆいも、今まで、辛い気持ちだったんだよね…
こんな思いさせて、ごめんね。」
「……うん」
詰まった声で、ゆいはそう返事をした。
「…一緒にいてくれる?」
「…うん…一緒にいたい…」
僕は一安心した。これからも、ゆいと一緒にいられる。もう、絶対に、こんな思いをさせない。
「ありがとう。」
僕は、そういって、君の頬に優しくキスをした。