※039.馬鹿野郎。の続き。
「………レントラー、俺さ、ゆいのこと好きなんだよ。」
横で伸びているレントラーは、またかよって言いたげな顔をしている。
デンジは顔をレントラーから逸らして、ぼーっと上を見た。
確かにレントラーを相手にこの話をするのは…何回目だったっけな。
気がついたら、自分の口からこの言葉が流れ出ている。無意識に。
「言いたいんだけどな…」
「今、どこに居るのかな、ゆい。」
レントラーはじっとデンジの傍でそのぽつりぽつりと呟く言葉を、反応をする訳でもなく、ただ聴いていた。
何の反応も示さない相棒に少しため息をついてから、デンジはレントラーの頭を撫でた。
どこに居るかはわからない。
ポケギアのナンバーだって知らない。教えてくれなかった。(オーバには教えたくせに)
なら、どうしたら会える?
デンジは黙って真剣に考えた。
いつもしているデタラメで、無計画なジムの改造とは違う。物事について真剣に考えるのは久しぶりだった。
それがデンジにしても、なんとも恥ずかしく、馬鹿馬鹿しい理由であったとしても。
そして、デンジの頭に詰まっているであろう脳みそをフル稼働して捻り出した案はこうだった。
「もう一回停電させたらさ、ゆい来るかな。」
…相手の居場所がわからないなら、こっちに越させるようなことを起こせばいいんじゃないか。
我ながらいい案だ。そして無鉄砲だ。
なら早速、始め…
「…誰が、停電させるって?」
聞き覚えがある、そして、一番聞きたかった声が聞こえる。
デンジは無意識で声の聞こえた方を向いた。
幻覚じゃないよな。幻覚じゃない。
ゆいが目の前にいる!
だが、デンジははっとした。
ゆいが何時からここに来ていて、どこまで聞いていたかが気になったからだ。
「!
あ、ゆい、来てたんだ!! 何時から!?」
「今来たばっかりだけど……何、この憂鬱な雰囲気。だるそうなのはいつものことだけど、こんなに空気重かったかしら?」そうか…と、デンジは安堵した。
しかし、レントラーを見ると、
何だよ、さっさと言いたいこと言っちまえ、とでもデンジに言いたげな顔をしていた。
…わかってるよ。
それに、何となく今日言わなくちゃいけない気がするんだ。
もうダラダラと何時来るか何時来るかって待ってるのなんて御免だ。
「さあ…」
デンジは考えていたことを表情に出さないように、返事をした。
ゆいはデンジに近寄っていった。
「というか、故意に停電させるなんて、それは人としてどうかと思うわ。」
そう言ってしゃがみ込んで、ゆいはレントラーの頭を撫でる。
レントラーは気持ちよさそうに目を瞑っていた。
俺よりゆいに自然と触れられるなんて、憎いヤツだ。羨ましい。
デンジはレントラーを見て、嫉妬をした。
そして、レントラーは横目でデンジを一瞥した。
…ケンカ売ってんのかなあ、こいつ…
なんて冗談を考えながら、あの一瞥でレントラーが、早く、と俺を後押ししているように感じた。 わかったよ。俺、正直に伝える。
「…だって、ゆいが来てくれるだろ?」
正直に、と考えて声にした途端、自分は一体何を言っているんだろうか、
と急に恥ずかしさが襲ってきたが、もう一歩を踏み出したのだから、
後に引き下がるなんて、俺らしくない。(ジム改造なんかも今までずっとそうやってしてきた訳だし)そう思って進むことにした。
「はぁ?」
ゆいは怪訝そうな顔をした。
「……いや、その…」
俺は思わず、口ごもってしまった。
引き下がるのは俺らしくないと考えていたが、思わずゆいから視線を逸らすように下を見ると、
しゃんとしろ!
と、今度はレントラーが俺のことを睨んでいた。
何処にも逃げ場はない訳だ。
ゆいが口を開いた。
「大体、そんなことされる位だったら、毎週ここへバトルの相手をするために来るわよ。」
呆れたような声と表情でゆいはそう言った。
「いや、バトルはもちろんだけど。」
「…じゃあ、何?
他にすることなんてデンジにあるの?」
確かに、俺には他に何も無さそうに見えるかもしれない。自分で自嘲気味に思った。
デンジは口にした。
「俺さ、気がついたらゆいのことばっかり考えてるんだ。」
回りくどい言い方をしてしまった。本当に言いたい言葉をなかなか口にできない。
言え、俺。しっかりしろ!
「はー、ふーん…
え、…私のこと? バトルのことじゃなくて? ジムの改造についてじゃなくて?」
ゆいはその言葉を言い終えた後、デンジの様子がどうにもおかしいと感じ、段々何を言わんとしているのか理解し始めた。
「うん。
俺、ゆいのこと好きなんだよ。」
心臓が飛び出しそうだ。若干酸欠な気がする。心臓の鼓動が、体全体の揺れになっているようだった。
だが、ゆいはその言葉を聴いてから、何も口にしない。
駄目なのか…?
「…………」
「本気だ。」
勿論本気じゃなかったら、こんなこと言う訳無い。
だけど、自分がこんなこと言うような柄じゃない、そう自分で思うし、ならゆいにそう思われたって仕方が無い。だから本当、本気だって強く言う必要があった。何が何でも自分の気持ちを、届かせたかった。
「………」
「バトルのことしか頭にないヤツだって、自分でも思ってた。
けれど違った。」
「…ゆい、答えを聞かせて欲しい。」
俺は息を呑んでゆいの答えを待った。
「デンジ、バトルしよう。」
返ってきた返事が予想外で一瞬戸惑った。
バトル? バトルでどうするか決めるってことか。確かにゆいはポケモントレーナーとして各地を渡っているから、自分より強いやつとじゃなきゃ、付き合いたくないのかもしれない。
勝てるのか?
…俺らしくない。勝てるに決まってる。勝つ。
自然と拳に力が入った。けど、今の精神状態でまともに試合なんて、できない。それは、ゆいも同じだろうけど。ゆい自体、そのことをわかっている筈だ。
なら、この試合でつく結果に意味なんて無い。
だけど今はとりあえず試合を飲むこと以外に取るべき選択肢は無い。
「……バトルが終わったら、答えを聞かせてくれるのか。」
「…ええ、約束するわ。試合形式は、いつも通り。」
ゆいがフィールドに向かって、さっと歩き始めた。
「…わかった。」
そう言ってから、俺もゆいの後を追ってフィールドへ向かった。
レントラーも重い腰を上げて、俺の後ろを追ってきた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
終わった…
一体を残して、………ゆいの勝ち。
負けた。
負けた。
いくら浮き足立った状態であったとはいえ、肝心な時に勝てないなんて…
目の前が真っ暗になる、ってこういう感じなのか…
デンジはその場に座り込んだ。
「デンジ。」
ゆいがデンジに声をかけた。デンジは呆然としてゆいが近くまで来ていたことにさえ気づいていなかった。
ああ、ゆいが答えを言いに来た。
「…わかってる。俺とは付き合わないんだろ…」
先ほどの試合で傷ついたレントラーを撫でながら、静かに顔を伏せて言った。
もう、わかってる。付き合えないって、言うに決まってる。
「…これから、よろしく。」
空耳ではないのかと一瞬疑った。俺の耳は都合のいい耳なんじゃないかと。だけど、やっぱり、よろしく、って聞こえた気がする。
いや、そう、よろしくって…
「……え…何で…? 俺、ゆいに負けたんだよ。」
負けたら、普通断られるはずだ。
デンジが訳がさっぱりわからないという様子でゆいを見上げていた。ゆいはそんなデンジに対して明るく答えた。
「最初から、試合の勝敗なんて関係なかったの。
私、試合の勝ち負けでどうするか決めるなんて、言ってなかったじゃない?
第一、お互いこんな精神状態でちゃんとした指示をポケモンに出せるはずが無いもの。」
ああ、俺、オッケーもらえたんだ…
なんて今漸く実感が沸いてきた。
すると安堵で今までの緊張が解れ、自然と何ともつかないような笑みが生まれた。
「…それ、俺も思ってた。ゆい、こんな精神状態のときに試合しろって…」
「あはは、ごめんね。
ところで、どうして私が今日ここに急にやってきたかわかる?」
ゆいが笑顔で聞いてきた。楽しそうな様子だ。ゆいがやってきた理由なんて俺にわかる訳ないだろ。いつもゆいは、渋々やってくるようなものだったんだから。
わかる訳もないとすぐに考えることをやめた。
「わかんねえよ…」
「即答ね。ちょっとは考えなさいよ。
まあ、考えたところでやっぱりわかんないと思うけれど。」
「…で、今日来た理由って?」
そうデンジが尋ねると、
ゆいは少しの間、言うのを躊躇っていた。
そして、恥ずかしがりながら小さな声でこう言った。
「…私も、デンジのことが気になって仕方が無かったのよ。」
「は……?」
どういうことだ?
えへへ、とゆいは笑っている。ゆい、そんな笑い方するんだな。
まあ、それはいいとして。よく意味がわからない…
ええと、まずゆっくり考えよう。
気になって仕方が無かったって、ゆいが言った。
これから導かれる答えは何だ?
「私、最初から断る気なんてなかったの。」
……ゆいは俺のことが好きだった。
何だよ。
俺、すっかりゆいのペースに乗せられてる気がする。
「じゃあ、何でこんな…」
回りくどいやり方をしたんだ…
さっきの俺より、よっぽど酷い回り道だ。
「デンジが私に告白してくれたとき、お互い好きあってたんだって、わかった。私だけ、その事実を知ってたから、ちょっと意地悪しようかなって。」
ゆいが小悪魔っぽい笑みを浮かべてそう語る。
がっくり来る俺。おいおい、レントラー。お前があんなに睨まなくったって、俺に春は来ていたみたいだ。
「じゃあ、何でポケギアのナンバー教えてくれなかったり、俺に対して、素っ気無い態度ばかり取ってたんだよ。」
この際だからその部分の疑問も解消してしまえ、と半ば自棄になって尋ねた。
「ポケギアの件は、自分がポケギアばかりに気をとられるのが嫌だと思ったから。相手の連絡が来ないかそわそわするのなんて、私らしくないもの。
素っ気無い態度は……わかるでしょ?」
「わかんねえよ。」
「あらそう。」
そこまで話したところで、俺は段々ゆいがずるいと思い始めた。俺があんだけ云云悩んでたのに、ゆいは全てを知っていたんだ。なら、俺にだって考えがある。
デンジは立ち上がって、ゆいの顔を正面から見つめ、そして不意に頬へキスを落とした。
「っば…!」
キスをした一瞬、時が止まったような気がした。顔を離すと、ゆいの顔が真っ赤になっていく。話の主導権が俺の元に戻ったような気がした。
「…さっきの仕返し。」
顔を赤くし、ただ言葉を失っているゆいに、
そう言って、わざと悪戯っぽく笑ってみせた。
「…ばか!」
ゆいは、発した言葉と違って恥ずかしがりながらも、少し嬉しそうな表情だった。
Spring has come