「今度二人で海にでも出掛けようよ、俺、バイク出すからさ」

彼は懲りずにいつものように屈託のない、しかしどこか抜け目のなさを湛えた笑顔で、私にもう何度目かの誘いをかけてきた。

「お店があるから」

私はそんな彼には目もくれず、布巾でソーサーを拭きながら、素っ気ない返事をした。カフェー店内は再び静かになり、BGMで流しているジャズ音楽のサックスソロがやけに大きく聞こえてくるような気がした。彼はそれまでにこにことこちらの様子を伺ってきていたが、そんな私の様子を見て、今日も私が自分を構う気がないのだと気がつくと、カウンターに両肘をつき、顎を組んだ手の甲の上に乗せ、

「ちぇ、つれないなあ」

と一言言うと、つん、と唇を突き出してわざとらしく拗ねた。

「言ったでしょう。最近別れたばかりで今すぐ他の人っていうような気分じゃないのよ」

私はため息混じりにいつもの決まり文句を言った。どうして彼は毎度懲りず、来る度に私に交際を申し込んでくるのだろう。強く言い、流石にもう諦めただろう、と思ったこともあった。が、やはりこうしてやって来ては先ほどのように笑顔で口説いてくるので、ここまでくるとあちらも頑として諦める気はないのだろう、となんとなく私もわかってきていた。私は再びため息を吐いた。そろそろ毎回断るこっちの気持ちも考えて欲しくなった。もう、いい加減「最近別れたから」なんて理由が使えなくなる。そうなったら、私はどんな理由であなたから逃げたらいいの。

「じゃあゆいさんはどうしたら俺と付き合ってくれんの?」

毎回大して相手にもしてもらえず、拗ねるついでといった風に、彼は不服そうな様子でそう聞いてきた。

「だから、」

私は怖いの。そう言おうとした瞬間、彼の言葉によって遮られた。

「俺ならゆいさんを悲しませない」

先ほどの子どもじみた、不貞腐れた表情から一転して、彼は真剣な面持ちでこちらを見つめていた。
私から見たら、彼はまだまだ子供だ。子どもが大人ぶっちゃって、と言うと彼は怒るだろうか。勿論、彼が冗談でこんなことを言う人物ではないのは私も知っていた。でも、いつでも真剣な彼の気持ちに対して、肩を竦めてはぐらかしてしまいそうになるのは、私がいつでも熱く真っ直ぐな彼に、真剣に向き合うのが怖いからなのだろうか。

「…コーヒー、冷めるわよ」

また、そうやってはぐらかして、あなたと向き合うことを拒んで、大人ぶっている私は、全然あなたに相応しい女なんかじゃないのよ。私は彼の少し大人びてきた眼差しを見つめながら、そう心の中で呟いた。

彼は私に促されてコーヒーを口に含むと、少し眉間に皺を寄せた。そして、絞り出すように、

「苦い」

そう呟いた。だからジュースにすればいいのに、私は思わず肩を竦めた。

彼はもう今日はそれ以上私に迫ってくることはなく、二言三言適当な会話を交わした後、

「今日は大会があるからもう行くよ。」

そう言うと彼はゴソゴソとジーパンの後ろポケットから財布を取り出して、じゃあまた、ごちそうさま。と言葉を残し、コーヒー代をカウンターの上に積んで席を立った。

彼はドアを押して、カランカラン、と来た時と同じような音をさせた。私が彼の背中を見送っていると、彼は顔だけこちらに振り向かせ、

「俺、諦めないから」

そう言うと十代くんはニッ、と不敵に笑って、お店から去って行った。
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