結局、俺は何も手に入れることはできなかったし、何もすることはできなかった。
俺は父さんの期待に応えることはできなかったし、そもそも父さんは俺に期待なんて、俺のことを見てくれてさえいなかった。
「(父さんは俺のことを、愛してくれていたのだろうか)」
俺はどんな汚いことにだって、家族のためなら何だってやってきた。家族が元に戻れるなら、他人の不幸になんていくらでも目を瞑った。でも、それが正解だったかどうかは、もう、俺にはわからない。
ただ、俺は何も手に入れることは、できなかった。
それでも、父さんがこんな風になってしまったのは、憎きあの男のせいであり、どんな手を使ってでも俺たちの元に帰ってきてくれた父さんを恨むようなことはできなかった。
全身が鉛のように重い。
もう、休ませてくれ。
軋む身体を引き摺りながら、俺はある部屋の扉を開いた。
そこにはいつものように彼女が座っていた。
ゆいは俺のボロボロの姿を見て、慌てるでもなく、困惑するでもなく、ただ全てを悟り、いつものように優しげに目を細めて、こちらを見つめていた。
俺はお前のその「何もかもわかっています」という風な表情が、ずっと大嫌いだった。無性に、その表情を歪めてやりたかった。
それでも、こうして俺が彼女のもとへ赴こうと思ったはなぜなのだろうか、自分でも理解できなかった。俺は途中よろめきながらも、ソファに座っているゆいの横に座り、そのまま頭を彼女の膝の上に預けた。
そういえば、今まで俺より背の低いゆいを見下げることはあっても、こうしてお前の顔を見上げることはなかったな…とぼんやりする頭の中で考えた。
俺はお前と出会ってから今まで、お前をどこかで見たことがあるような気がしていたんだ。いつでもこうして傍にいて、無償の愛を注いでくれる。俺がずっと欲しかったものを与えてくれる、そんな、存在。
「(ああ、…母親かもしれない。)」
俺はひとり合点した。
「疲れた…だから、このまま少し眠らせてくれ」
そういうと俺は目を閉じた。右頬の傷を撫ぜる手が心地良かった。物ごころもつかぬ頃、遠い日に亡くなった母の記憶など自分には当然ない。きっとこのデジャビュも、ただの都合の良い思い込みなのだろう。
単なる思い込みでもいい。どこか満たされていなかった、ぽっかりと空いてしまった心の穴をこんなにも満たしてくれる存在は、まぎれもない本物だったのだから。
「(俺は、ただ、欲しかったんだ)」
すう、とWは大きく息を吸った。
「おやすみなさい、W……今はゆっくりお眠りなさい」
Wの頬に一滴、温かい涙が落ちた。