「ゆい」

部室で完全に居眠りをしていたところ突然、名前を呼ばれ体を揺さぶられた。

「博之…」

むにゃむにゃとぼーっとする頭を上げて夢か現かもわからないままに私を起こした彼の名前を呼んだ。とにかくとても眠い。起きなくてはいけない、そうは思っても頭が重くて動きたくない。ああ嫌だなあ、家に帰ることすら面倒くさい。このまま部室に泊まりたい。

「ごめん寝てた…ああもう帰らなきゃだめなんだね、面倒くさいなあ、このまま学校に泊まりたい…」

そう言ってからまた襲ってきた眠気に身体を委ね、目を閉じると、突然何かに引っ張られた身体はぐらりと揺れ、前に倒れた。倒れた先には博之の身体があった。なあんだ、抱きしめられているのか…眠くてよくわからない…どうでもいい。夢か現かわからない、そんな意識の中で私はぼんやりそう思った。抱き締められた博之のお腹はぬくぬくと温かくて気持ちが良い。
うとうととしていると、するりと頸を通り彼の指が私の頭を掴んだのがわかった。…ああなんかキスされてる。でも眠くてどうでもいい。私はそう思ってしまった。

私は彼のされるがままだった。

一度目の口付けから、ディープキスだった。随分とがっついてくるじゃあないか、幽谷博之よ。のっけから貪るように舌を絡められる。仕方ないなあと、ぼんやりとするながらも受け止めた。不意打ちとはまさにこのような状況をいうのだろう。不意を突かれた私は相手をする他にない。

一度唇が離れたかと思うと、今度は頬に軽いリップ音。そして同じ場所を軽く舐められたかと思うと今度はそこを起点として彼の舌が私の顔を征服し始めた。頬、鼻、瞼、こめかみ。彼はしつこいと思うほど丹念に舐めていった。べとべとだ。
瞼の濡れた感触が少しだけ気持ち悪い。まるで動物のようだ。マーキングされてる。
唾液の臭いが鼻孔をつく。せめて早く乾いて欲しい。重い頭の中でぼんやりとそう思う。
止めてと言えば良かったのかもしれない。けれど、そう声を発することすらこの時の私には面倒だった。

それでも飽き足らない博之は私の耳を攻め始めた。くすぐったい。無意識に喘ぎ声のようなものが出ていた。彼はそれに味をしめたのか暫くずっと私の耳を濡らしていた。ゆい。不意に耳の奥底に響く彼の声。甘い。私は彼の名前を呼ぶのが面倒で、んー、とだけ返事をした。
耳から今度は首筋に移動してゆく。私の頭は彼が舐めやすいような角度にされてしまった。眠くなかったらその気になるのに。そんな風に思った途端、頸に甘い痛みが走った。
それでも私は目覚めない。

一巡して、また唇を奪われた。
今の私は彼のものだった。彼のにおいにまみれていた。

それからも延々と口付けを受け、絡ませようとする舌の相手をしたり、歯茎を舌でなぞられたりとしていたが、何より起きるのが面倒くさかった。そしていい加減顎が疲れてきたが、彼のキスを拒絶するのも面倒くさかった。私はとにかく何より眠かった。早く満足してくれないだろうか、私はやはりまだ夢の中にいるのだから。こんなディープキスでも起きないほどの深い眠気に襲われた私に王子様のキスなんて甘いもの、ありはしない、そうぼうと考えていた。まだ私は夢の中にいるような気怠い感覚に侵されていた。

唇が離れ、抱きしめられていた身体も離される感覚がした。終わるのかもしれない。そう思ったが次の瞬間今度は、よいしょ、と言う声が聞こえた。ああ、まさかのお姫様だっこ。重たいだろうに、何をする気なのか。
そう思って彼の目を(バンダナで見えないけれど)見ると、にっこりと笑っていた。ああ怖い。きっとあれだけで終わりじゃないんだと瞬時に悟った。
降ろされた先は案の定長い机の上だった。机がひんやりとして気持ちが良いなんて呑気に思っていると、私のジャージに伸びる彼の腕。脱げかけた靴が一方カランと下に落ちて、響いた。
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