気持ちのいい風が部室に入って来る。気温も昼寝にはもってこいだ。

皆は外で練習をしている。
こんな日に寝ないなんて勿体無いよね。
皆には悪いけど私は寝たい。

私は寝られるように部室にある椅子を一列に並べてその上に横になった。

目を閉じると周りの音が自然と耳に入ってきた。
様々な部活の練習音が聞こえてくる。
…あ、円堂くんの声が聞こえた。

頑張ってるなあ…
私、マネージャーなのにこんなんでいいのかな、なんて今更思った。


そんな時だった。
ドアが開く音がした。足音で何となく豪炎寺くんかなと私は察した。
そして私はちょっとした悪戯心みたいな軽い気持ちで狸寝入りをすることにした。
まだゆっくりと穏やかな天気を楽しんでいたかったし、今日初めて部室に来た豪炎寺くんが何をするのかこっそりと観察していたい気持ちになったからだ。
私は内心ワクワクしていて、そしてこみ上げてくる笑いを堪えるのに必死だった。

私だけがこの時の豪炎寺くんの行動をこっそりと観察しているんだ、と思うとちょっとだけ嬉しい気持ちになった。
それでも私にとっては十分な幸せだ。
一歩。豪炎寺くんの足音がした。
狸寝入りがバレてはいけない、と私の中に緊張が走る。
私は豪炎寺くんの出す足音、物音に耳を澄ませた。


「…まば、…寝てるのか。」

あ、やっぱり豪炎寺くんだ。予想通り。
豪炎寺くんは私の傍で立ち止まった。
どうしよう、緊張で心拍数が上がってしまう。
身体全体がドクンドクンと心臓が動く度に揺れているのではないかという錯覚に陥りそうになる。

豪炎寺くんは続けて、
「まば、本当に寝てるのか。皆、練習してるぞ。」
と言った。
バレませんように、バレませんように、バレませんように…
呪文のように心の中で繰り返し呟いた。

その時、暖かいものが私の頬に触れた。
五本の、指、手が私の頬を撫でる。

え、嘘っ…
何で……

「…ゆい。」

えっ…名前で、呼んだ…?
と思った瞬間、唇に感触。
豪炎寺くんの鼻息が私の顔にかかったのを感じた。
私は起こったことに対して今は何も考えずに、ただ狸寝入りがバレないように振る舞うことに必死になっていた。
落ち着いて、私!
呼吸をバレないようにゆっくりするの!ああ、もうっ
どうなってるの!

キスをしている時間はほんの数秒だったと思うけれど私にはとても長く感じられた。
それほど沢山のことが頭の中で巡っていた。

後のことはよく覚えていない。
ただ豪炎寺くんはその後、部屋で本来の用事を片付けて、
自分のジャージを私の上にかけてグラウンドへ向かって行った。


「……………」


上体を起こす。
唇に触れる。
するとあの時の感触が甦ってきて、恥ずかしさがこみ上げた。

豪炎寺くんが、私に、キスを……キスしちゃった…


天気のよい日。
なのに昼寝は続けられそうにありません。



098.ノストラダムス
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