「ゆい、デートしようぜ。
今回はお前に合わせて地球式のベタなルートにしてやる」
誰もデートなんか頼んでないよと言い終わる頃には私は宇宙人に所謂お姫様抱っこをされ一緒に街中に降り立っていました。というかそもそも家に帰りたい。ああ、お母さん、宇宙人に拉致されたか弱い娘のゆいは今日も宇宙人の訳の分からない思いつきに振り回されております。(お前結構楽しんでたじゃねえかよ)(んな訳ありますか)
街中でのデートだけどまあ、俺から逃げられる訳がないんだからリードはなしにしてやるよと私を地上に降ろしながら宇宙人は言いました。当たり前です。犬の散歩か何かのつもりでしたか? 数日間宇宙人に拉致されていましたが宇宙人の考えることはさっぱりわかりません。
「宇宙人」
「バーンって呼べよ
この姿は晴矢だけど、本当の名前で呼ばれる方がいい」
「まず何処に私を連れて行くつもりなのですか?」
「話聞いてねえな、お前…
まあ今回はベタだからな、映画館だ。
地球の映画を見るぞ」
と、楽しそうに宇宙人は言いました。
「じゃあ行きましょう」
至ってドライな私は淡々と会話を進めます。抵抗するだけ無駄であるというのはこの数日でよく理解していたので今回も宇宙人の行動に振り回されることにしました。
しかし宇宙人は一体どこから所謂ベタなデートと呼ばれるものについての情報を手に入れてきたのでしょう。
いつも自分の行きたい場所に無理やり連れて行くのに(今回も無理矢理というのは変わりませんが)私の気を引こうと少しばかり気を使い始めたのかしら、と思いました。
「なあ」
気がつくと目の前の宇宙人は低い声を出して明らかに不満そうな顔をしていました。
「まず、俺を宇宙人って言うのは止めろよ」
「何故?」
宇宙人は宇宙人で、人攫いなのに。
私は特にあなたに気に入られたいと思っていないのでつれなく返事をしました。
「デートなんだぜ」
デートらしいです。
しかし名前を呼ぶことを要求するとは宇宙人にも人間らしいところはあるようでした。
「名前、呼んで欲しいですか?」
「…あんまり調子に乗るなよ」
あ、怒った。
宇宙人はスタスタと前に向かって歩いていきました。彼が私の前を歩くのはいつものことなので不機嫌な背中を追いかけて私も歩き始めました。
映画館に向かう途中、宇宙人が私に触れてくることや、話かけてくることはありませんでした。
映画館につくと宇宙人は漸くいつものような調子で口を開きました。
「なあ、どの映画にする」
ファンタジーものがいいと言ったのに宇宙人がSFを見たいと言って譲らないので諦めてそうしました。宇宙人がSFを見ても楽しめるのでしょうか。そもそも何故私に一応の意見を求めたのかがさっぱりわかりませんでした。
映画の内容はありきたりな宇宙戦争。侵略者の宇宙人に人間が立ち向かう話でした。今、まさにそのような状況が起きているのに、この国はとても呑気だと思いました。まずこんな映画を放映しているところがそうです。
映画も終盤、特大のポップコーンももう底が見え始めた頃でした。よく考えると私にポップコーンのカップを持たせた癖に宇宙人の方が沢山食べていました。良いけど。
宇宙人はポップコーンと一緒に買ったコーラがひどく気に入ったようでした。宇宙人の星にはコーラに似た飲み物は無いと言っていました。飲み物は私たちの近くにもある水と、味はない癖に栄養満点という気味の悪い(これは宇宙人自身がそう表現していました)飲み物だけだと言っていました。
地球の食べ物は美味しいと言いいました。宇宙人たちは食を楽しむという習慣がなく、食べるということを本来の目的でしかしない人たちのようでした。
「ねえ、宇宙ってどんなところでしたか」
映画の途中、私は静かな声で話しかけました。
「寂しいところ」
宇宙人はそう言ったっきり何も言いませんでした。
きっと宇宙人の星の食卓も寂しいものなのでしょう、私は静かにそう思いました。
「面白かったな」
映画館から出たばかりの宇宙人は伸びをしながらそう言いました。
「宇宙人が地球のSFを楽しめたのですか?」
「見物としてはそれほど悪くない」
それは意外な言葉でした。
「もう夕方だな」
「来た時間が時間でしたから」
空を見ると赤み始めた雲、傾き始めた太陽が見えました。
「ゆい」
行った場所は一つだけだけど、いつものデート(宇宙人が勝手にそう呼ぶ)と同じようにこの宇宙人はもう地球式のベタなデート体験に満足して、またあそこに私を連れて帰るのだろう、と思いました。
宇宙人は来た時のように私をお姫様抱っこしました。
「次はプリクラだ」
意外。
宇宙人とのデートはまだ続くようです。