「待って」

服を剥ぎ取ろうとした手を止められて、メローネは始め目の前の女が何を言っているか理解できなかった。

自分から「あなたが好き」だなどと言って誘ってきたくせに、いざベッドへ押し倒してみると名前は危機意識を丸出しにして、「私はそんなつもりじゃない」と訴えた。

面食らっている彼に、彼女は乱された服を整えながら「こういうのはもっとお互いのことをよく知ってから」と言う。


「そんなこと言って、君だってオレのこと何も知らないで声かけてきただろ」

「それは、その」

名前は言い難そうに口篭る。

「一目惚れだったから」


危うく噴き出してしまうところだった。
今までいくらか遊んできたが、こんな女は初めてだ。

メローネは嘲笑に歪んでしまいそうになる口の端を引き攣らせながら、幼児に言い含めるように「悪いけど、オレは君の恋人になる気はないから諦めてね」と伝えた。


途端、名前の表情が変わる。

「酷い」

眉をつりあがらせ一度怒りの顔になったと思うと、すぐにその目尻から大粒の涙が転がり落ちた。

「私は本気だったのに」


弄ばれたと喚く彼女をしばらくは黙って見ていたメローネだが、次第に苛立ちを隠せなくなってきた。

まったく、面倒な女に当たってしまったな。

軽く舌打ちをして、その後溜め息を吐く。

第一子供じゃああるまいし、男の部屋へ来て何もしないで帰れると思っている方がおかしい。


ともかく使えない女なら早いところ追い返して代わりを呼ばなければ。


「…あなたって最低」

メローネが新たに誘いをかける女について考えていると、泣いている自分を慰めようともせず放っておく彼に痺れを切らしたのか、名前が顔を覆っていた手を除け、恨み言を投げて寄越した。

「あはは、そうかもしれないな」

まともに相手をするつもりはないのでわざと軽い乗りで答える。

「私あなたのこと誤解していたみたい、こんな人だとは思わなかった」

「それはどうも、あてが外れて残念だったね」

メローネにも、こんな爛れた性生活を送るようになった理由はそれなりにある。
けれどそれを一夜限りの遊び相手になんて教えてやるつもりはさらさらない。




「人を傷つけてばかりいると、いつか自分も痛い目を見るよ」

ふと名前の放った一言がメローネの胸に直撃する。

思い出したくないことを思い出してしまい、一瞬くらりと眩暈さえした。

そんなこと、お前なんかに忠告してもらわなくても既に経験済みだ。
オレのことを何も知らないくせに。
お前みたいな女にそんなこと、偉そうに言われたくない。
お前みたいな、何も知らない、「ただの女」に。

意図せず古傷を抉った彼女に彼は激昂してしまった。



「黙れ」

強い拒絶の言葉が、メローネの口から零れた。
名前はその声の凄さにびくりと身体を跳ねさせて、信じられないものを見る目で彼を見る。

「出て行け、今すぐ目の前から消えてくれ」



半ばパニック状態になって泣きながら部屋を出て行く名前。
彼女の後姿を見ている内に、さあっと気持ちが冷めていく。

これでいい。もうこんなどうしようもない男なんかに惚れずに、堅気とよろしくやってくれ。

今夜はもう別の女を呼ぶ気にはなれそうになかった。

ただひたすらに、名前の鬱陶しいくらいどこまでも「普通」な純情が、メローネには涙が出るほど羨ましかった。

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