古ぼけた安ホテルの、何の豪華さもないただのワンルーム。 けれどこの世界で唯一、アバッキオと二人きりになれる空間でもある。 名前はテレビもエアコンもない、簡素で殺風景なこの部屋が好きだった。 荷物を置いて服をくつろげ、それから二人揃ってベッドへダイブする。 厚い胸板に顔をあて、頬擦りすると「くすぐってぇよ」と笑われた。 こんな時名前はアバッキオに「彼」の顔をだぶらせて、急に泣き出したい衝動に駆られてしまう。 「…今日はやめとくか」 そしてアバッキオはそれを見逃さない。 髪を撫でられながら優しく言われ、名前は無言で小さく首を振った。 再開されたじゃれ合いがそのうち愛撫に発展し、お互いの性感帯に手で指で、または舌で触れ合うようになる。 「ねえ、はやく」 「もういいのか?」 そうやって低い声で囁かれると、全身が蕩けるような心地だ。 「うん」 肯定すると同時に、アバッキオの大きな身体にゆっくりと押し倒される。 探るように入り口を浅く出入りし、時折遠慮がちに、名前の様子を窺いつつ、深く沈み込む。 それが大丈夫そうだと分かると、少しずつ激しい動きに変わり、次第にお互いの身体の密着度も上がる。 声を押し殺そうと必死な名前に掴まれて、シーツは既にぐしゃぐしゃだ。 「我慢すんな、今ここには俺とお前の二人しかいねーよ」 それでも口を閉ざしてしまうのは、肌を触れ合わせていても、どこか距離を感じているからなのかも知れない。 「力、抜け」 こんなやりとりももう何度目だろうか。 どれだけ繰り返しても慣れなかった。 アバッキオに抱かれる夜は、いつだって最初の夜と変わらない喜びと苦しみがある。 「警官の誤射に恋人を殺された」、名前の過去を知り、アバッキオは自身の罪滅ぼしのように彼女を愛する。 名前は名前で彼のそんなメシアコンプレックスに甘え、「彼」の面影を拭おうと縋りつく。 つまり全てはただの傷の舐め合いだ。 「アバッキオ」 「なんだ」 「何でもない、ごめんね」 もうおしまいにしよう。伝えようとしたその言葉は、しかし唇がそれを形にする前に違う言葉にとって変わった。 発展性のない関係、不毛だと分かっていても、名前は今更彼無しで傷を癒す方法を探す気にはなれない。 「何でもねーなら謝るなよ」 そう柔らかく微笑みかける彼に、名前も目を細めた。 |