恋愛や生活で何か嫌なことがあると、名前はいつもブチャラティの元へ逃げ込んで、彼に泣きついた。

まるで子供にするように優しく頭を撫でて、先を急かすことも面倒がることもなく、名前が話しやすい速度に合わせて相槌を打ち、耳を傾けてくれる。
そんな彼は兄や父親のようで、一緒にいてとても心地がいい。

名前が弱って相談を持ち掛けたとき、他の男達はみんな見返りとして体を要求してきたが、ブチャラティだけは違った。

もし同じベッドで夜を過ごしたとしてもきっと何もしないでいてくれる、彼にはそう信じられる安心感があった。


そういった具合で、失恋した名前は今日もまた彼の部屋に来ていた。

彼の温もりに包まれ、癒されることを期待して。

しかしこの日の彼は少し様子が違っていた。
名前がそのことに気付いたのは、話の途中、彼の眉が苦し気にゆがめられたからだ。

「どうかした?」

「なんでもない、気にしなくていい」

彼はそう言いながらも、彼女の視線から逃げるように顔を逸らす。
その気まずそうな様子に「きっと何かある」と一層疑いを強くした名前は、「嘘を吐かないで」と彼に詰め寄った。


「…名前が恋人と別れたときいて、少し喜んでしまった自分が許せない。どうやら俺は、いつの間にかお前に惚れてしまっていたらしい」

迫られ、言い辛そうに告白した彼のその言葉に、名前は驚いて、そして少し期待した。

ブチャラティが自分のことをそんなふうに思うなんて、想像もしていなかった。
けれど彼は誠実な人だし、傷付いた心を慰めてくれる存在だ。悪くない、そう思った。


「じゃあ、付き合っちゃおうよ」

「それは駄目だ」

軽い気持ちで言った名前とは対照的に、ブチャラティは強い語気でそれを拒んだ。

「自棄を起こしてどうでもいい男と付き合うなんて、絶対によくない。きっと後悔する」

しかしそう言われても、一度誘いを口にしてしまった名前はもう引き下がれなくなっていた。

ブチャラティの方から気持ちを伝えてきたのに断られるなんて、惨めな気持ちになる。

「大丈夫、ブチャラティはいい人だから」

「そういう問題じゃあない」

「ねえ、お願い」

女としての自尊心が傷付けられることを恐れた名前は、どうにかして彼を落とそうとむきになって、身体を擦り寄せキスを迫り、そしてブチャラティがそれをやんわりと押し退ける。

それでも彼女が諦めないから、彼は部屋中を追い回されて、押し問答を続けるはめになる。

「私って魅力ないかな」

そんなおかしな追いかけっこは、名前が寂しくなって零した一言によって終了した。

「そうじゃない」

ブチャラティは慌てて彼女を抱き寄せる。

「名前は魅力的だ、それも凄く」

「なら手を出してくれてもいいのに」

「駄目だ。自分を大切にしてくれ。俺のためにも、お願いだ」

きつく抱かれた腕の中で彼の掠れた声を聞いて、そのとき彼女の胸に何か切なく疼くような感情が生まれた。

「名前のことが大事だからこそ、そんなことは出来ない」

それは今までのどの男性にも、昨日別れた恋人にさえ感じたことのないものだったので、名前はどうしていいか分からずに、ただ初めて知った「恋の苦しみ」に胸を締め付けられるしかないのだった。

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