やっぱり冬は苦手だ。



あまり外に出なくていいようにと一週間前に買いだめしていた冷蔵庫の中身も、昨日の夕飯でほとんど空になってしまっていた。

名前は着膨れするのも構わずにふかふかのコートを部屋着の上に被るように着て、一人暮らしのアパートの重い扉を押し開ける。

鉄製のドアはいつもより抵抗が強く、外は風が強いなと名前は予想した。
玄関から出ると案の定、雪が降るとまではいかないが外気は全くもって冬のそれであり、頬を叩く冷たい風は名前の顔をげんなりとさせた。


母国である東の島国よりここイタリアの方が遥かに温暖な気候の筈なのに、どうして冬になるとこうも憂鬱な気分になるのだろう。
夏の眩しい暑さとのギャップが激しいからだろうか。

背筋を這い上ってくる寒さにぶるりと震え、手袋をした手を顔の前で擦り合わせる。

スーパーへ歩く道すがら、名前はふと、レモンと蜂蜜を買って帰ろうと思いついた。

ホットレモネードを作ろう。

こういう日は部屋で毛布にくるまって、暖かい飲み物を啜りながら恋愛映画でも見たい気分だ。

内容はどうだっていい。面白ければラッキーだし、つまらなくても女優の下手な芝居を軽いジョークを混ぜながらちゃかしたりするのは嫌いじゃない。

もっとも、彼はそんな気の利いたお喋りは出来ずにただブツブツと文句を言うだけだろうけれど。

そこまで考えて、名前はギアッチョとはもう五日も連絡をとっていないことを思い出し、白い溜め息を吐いた。



きっかけはいつものように些細なことだったと思う。

仕事柄男性の知人が多い名前に対するギアッチョの勘ぐり、嫉妬。

喧嘩の発端となったことの詳細はあまり思い出せないくらい、あとからの言い争いの方が酷く、致命的だった。

名前が弁解すればするほど疑いを深めて一方的に責めるギアッチョに、彼の性格をよく知っている名前は自分が冷静でいなければならないのは分かっていたはずなのに、つい一言、キツい言葉で反論してしまった。

そこからは延々と険悪で刺々しい言葉が飛び交う口論、それがヒートアップして、互いの人格否定と罵り合いに。

ギアッチョの口から「尻軽」「淫売」なんて言葉が飛び出した時はもう顔も見たくなくなって、名前は彼の部屋から飛び出した。


それから五日も経ったが、その間一度も連絡できずにいた。

もちろんまだ怒っている訳ではない。名前は根に持つタイプではなく、熱くなった頭を一晩置いたら直ぐに冷静になった。

ただ、電話越しや顔を合わせた時にギアッチョがまだ怒っていて、その煽りにまた自分がのせられて関係を悪化させてしまうかもしれないことが怖かったのだ。

彼との喧嘩自体はさほど珍しいものではなかったが、その日の内に仲直りできなかったのはこれが初めてだったので、どうすればいいか分からなかった。


でも、と商品を棚から掴んでカゴに入れながら名前は考える。
いつまでも足踏みしていたっていいことなんかない。


もしかしたらアジトに居て部屋にはいないかもしれないと思いながらも、買い物を済ませた名前の足はスーパーからさほど遠くないギアッチョのアパートへ真っ直ぐ向かっていた。

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