White Christmas Eve 1 (Neil ver)

綺麗なイルミネーションが街を彩り、華やかな光に誘われるように沢山の人達が目の前を行き交っていく。
どこかで聖歌隊が歌っているのだろう、遠くから美しい賛美歌が聞こえてきた。
ライトアップされ、綺麗に飾り付けのされた大きなクリスマスツリーの前を、何組もの恋人達が幸せそうな笑顔で腕を組みながら歩いている。
きっと恋人達にはこのイルミネーションが、私より何倍も輝いて見えているに違いない。
去年もこうしてこの場所から同じ風景を眺めていたのに、あれほど綺麗だった色取り取りの街並みが、今はこんなにも色褪せて見える。
隣でニールが笑っていたあの日はすべてが輝いて見えたのに、綺麗なはずの光も今日はただ冷たく悲しいものに映るだけだった。
ふと目の前に、ちらちらと小さな雪が舞い落ちてくる。 

(雪……どうりで寒いと思った)

はぁ、と白い息を吐きながら雪の降る夜空を見上げ、懐かしい笑顔を思い出すと一層悲しい気分になってくる。
今頃、あの笑顔を独り占めしている女の人が、どこかにいるのだろう。
そう考えるだけで、胸が痛んで涙が出そうになる。
もう半年以上、こんな気持ちを引きずったままだ。

(自分から離れたのに、馬鹿みたい)

あの頃の私は、なかなか二人で会える時間を増やしてくれないニールに猜疑心を持っていた。
自分の事をほとんど話してはくれなかったし、普通の人とはどこか違った雰囲気を感じることが何度もあった。
彼がこの近くに借りていたマンションの部屋もどこか生活感がなくて、それらを問いただしても、ニールからは毎回はぐらかすような答えしか返ってこなかった。
そんなニールの態度に我慢の限界を感じて、私は自分から別れを切り出した。
今思えば、彼の愛情を確かめたかっただけだったのかも知しれない。
きっと心のどこかでは、引き止められて本当のことを話してくれるのではないかと、自惚れていたのだろう。
もう会わない、そう告げた時、何か言いたげに顔を歪ませながら、すぐ諦めたように微笑んだニールの寂しそうな顔が、今でも目に焼き付いている。
それでも引き止めてくれなかったのだから、きっと私は自分で思っていたほど彼に愛されてはいなかったのだ。
今頃は温かい部屋で大切な人と二人きり、幸せな時間を過ごしているに違いない。
今日は、クリスマス・イヴなのだから。
じわりと滲んだ涙が零れ落ちそうになり、指で拭おうとしたその時だった。

「ハロ……か?」

突然声を掛けられて咄嗟に振り向いた先には、驚いた表情で私を見つめるニールの姿。
どこか信じられないと言いたげに綺麗な碧色の瞳を見開いて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
色白で優しげな顔は相変わらず端整で、ブラウンの髪の所々に細かい雪がついていた。

「……ニール?」

今まで思い浮かべていたニールの姿がすぐそこまで近づいてくると、一瞬訳が分からなくなり、頭の中が真っ白になる。
目の前で立ち止まった彼が私の顔を見るなり、少し驚いたように一度周りを見渡してから、複雑な表情でじっと見つめられた。

「もしかして、誰かと待ち合わせか?」
「あ……そう、待ち合わせなの」

まさか幸せだったニールとのクリスマスを思い出しながら、去年待ち合わせたこの場所に一人きりで立っていたなんて言えるはずがない。
それでも少しだけ冷静さを取り戻した私は、きっとニールもこの場所で誰かと待ち合わせをしたのだと思い、早く帰ろうと決心をした。

「でも、これから帰るところ。もう待っても来ないから」
「だから泣いてるのか」

そう言った彼の人差し指にそっと涙を拭われて、慌てて自分の指で目尻を擦れば余計に泣きたくなってしまう。

「こんな寒い中、お前さんに待ちぼうけ食わすなんて、一体どんな奴だ?」

溜息を付いたニールが、大きな掌で私の髪に付いている雪を優しく祓ってくれた。

「どれだけ待ってたんだよ。唇の色、悪いぜ?」

嘘を付いたことに罪悪感を感じながらも、以前と変わらない優しさが嬉しくて、胸がときめいて、そしてまた悲しくなった。

「身体、冷えきって寒いだろ。もう帰るなら、一緒にコーヒーでもどうだ?」

その言葉にとくんと胸が波打つ。
視線をあげると、綺麗なニールの瞳が伺うように、私の顔を上から覗き込んでくる。

「ニールは誰かと待ち合わせじゃないの?」

誘われたことは嬉しいけれど、この場所で再会するなんて、そう考える方が当然だろう。

「俺は……ただ通り掛かっただけだって。ひとり者には目の毒だろ? こんな場所」

苦笑しながら周りに目を向けたニールの言う通り、ここには幸せそうに寄り添いながらツリーを眺めているカップルが沢山いるし、恋人を待っているのかプレゼントを抱えた人も何人かいる。
そして、今は恋人がいないらしい彼の言葉を聞いた瞬間、喜んでしまった自分自身を恥ずかしく思った。
一度だけニールのマンションにこっそり足を運んだ時、彼の部屋から眼鏡をかけた背の高い紫色の髪をした女の人が出てきた瞬間を見てしまった。
私は泣きながらマンションを飛び出して、もう二度とここへ来てはいけないのだと心に言い聞かせた。
あの人とは、もう別れてしまったのだろうか。
もしかしたら、こんな日に出会ってしまった私を気遣って誘ってくれただけなのかも知れない。
あの日に見かけた人は、ニールが惹かれるのも納得してしまうほど綺麗だったから。
それなのに、今もまだニールのことを忘れられない私は、本当に諦めの悪い馬鹿な女だ。

「……いいの?」
「ハロが嫌じゃなければな」

嬉しそうに笑ってくれたその顔は、以前と変わらないどころか、それ以上に私の心を捕らえて放そうとしない。

「それじゃカフェにでも入ろうか。でも今夜はきっと、どのお店もカップルだらけだね」
「……俺の部屋じゃだめか? まだ、あのままにしてある」

どくんと大きく心臓が鳴り響いて、あの場所で過ごした沢山の思い出が、溢れ出すように私の頭の中を一杯にしていく。
ニールの好きなジャガイモ料理を二人で作ったこと。
レンタルした映画に感動して涙が止まらなくなり、ニールを困らせてしまったこと。
本を読みながら居眠りしているニールを、ただずっと眺めていたこと。
お互いの誕生日を二人だけで祝ったこと。
そして、あの部屋で何度もニールに愛されたこと。
息苦しいほどに胸が切なくなり、無意識に表情が硬くなってしまったのかも知れない。

「悪い……今のは無しだ。あの部屋にまたお前さんを呼ぶなんて、俺はどうかしちまったか」

ニールはそう言いながら、少し困ったように笑う。

「違うの……嫌じゃない、嫌なわけないよ!?」

つい大きな声を出してしまった私に少し驚いた様子の顔が、すぐに真面目な顔つきに変わった。

「……じゃあ決まりだ」

本当にあの部屋へ行っていいのか、不安になる。
それでも、背中に添えられた掌に押されて、促されるように私達は歩き出した。
そんな彼の仕草に、以前にはなかった強引さをほんの少し感じたけれど、思いのほかすぐに離れてしまったニールの腕の温かさに、再び切なさが込み上げてくる。
それでもまた今夜のクリスマス・イヴを、一杯のコーヒーを飲むほどの僅かな時間でもニールと一緒に過ごせる嬉しさに、胸が震えるようだった。
ついさっきまで色褪せて見えていたイルミネーションが、いつの間にか輝いて見える。
聞こえてくるクリスマスキャロルが耳に心地良い。
少しだけ前を歩いているニールの大きな肩が、すぐ目の前にある。
前よりも幾らか長めになった、柔らかな手触りだった彼の髪。
何度も触れたブラウンの髪が北風にあおられて揺れているのを眺めながら、付き合っていた頃は当たり前だった些細なことでさえ、今なら幸せだと感じることができた。

「寒いだろ」

急に振り向いて優しく微笑みながら、もう一度背中に触れてきたニールの腕が、ほんの少しだけ私の身体を引き寄せてくれる。
もしかしたらこれは、気まぐれなサンタクロースが私に与えてくれた、最高のクリスマスプレゼントなのかも知れない。




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