Crave (2)

磨り硝子のドアを開けると、湿り気を含んだ生温かい空気が流れてくる。
バスルームの中には、俺の視線を逃れるように向けられた、白い背中。
バスタオルを身体に巻いて押し黙ったまま、そこから出てこようとしない。

「ハロ」

宥めるように名前を呼んで腕を掴み、軽く自分の方へと引き寄せる。
振り向いて、何かを言いかけようと開きかけた唇をキスで塞ぐ。
重ねた唇の角度を幾度か変えてから彼女を抱き上げて寝室に連れて行き、ベッドの上にそっと下ろした。
素肌に触れたシーツに冷やりとしたのか、それとも何かを予感してか、ハロは小さく肩を震わせる。
それに構わず湿ったバスタオルを強引に引き抜いてベッドに膝を付き、その身体を両腕の間に閉じ込めた。
鎖骨から胸の膨らみには付けたばかりの印が散ばり、手首にも赤く擦れた痕がまだ薄っすらと残っている。

「ライル、いやなの……見ないで」

顔を背けたハロの両腕をどかして、掌で膨らみを優しく包む。
しっとりと水分を含んだ肌、程よく肉の付いた身体は、本当に触り心地が良い。

「俺が付けた痕だ」

白い肌の上の真新しい鬱血を眺め、自分がこれをどうやって付けたのか、頭の中で記憶を辿る。
自由を奪ったままハロを貫いて、柔らかな肌に噛み付くように、俺は何度もここへ唇を押し当てた。
それは、降り積もったばかりのまっさらな雪の上を歩いて足跡を付けていく、あの時の感覚に似ていたかも知れない。
綺麗なものを汚してしまいたくなる、あの欲求に。  
散々淫らな姿を俺に見せておきながら、今は恥ずかし気におずおずと見上げてくる、そんな小さなしぐさが堪らなく愛しい。

「辛かったか?」

見開かれた目がすぐに視線を外し、何度も首を横に振る。
まだたっぷりと湿り気を含んだ髪をかき上げて米神にキスをすると、彼女はくすぐったそうに身じろいだ。
自分以外の誰かにこの身体を抱かせるのは、絶対に許せなかった。
ほかの男に啼かされるハロの姿を想像するだけで、嫉妬心を掻き立てられた。
セックスは遊び程度で、本気になった相手は今までにひとりもいない。
誰かを愛し、愛される感情など、自分には必要なかった。
彼女を、ハロを抱くまでは。 
何事にも揺るぐことのないこの黒い瞳を服従させたい。
全て俺のものにしたい。
だからこの手で深い快楽を与え、覚えさせる……それは俺の中にある、黒く邪な感情。
今でさえ、すぐにでもまた思い切り貫いて、激しく突き上げてしまいたい衝動が湧き上がっている。
それでも。
あまりの愛おしさに、慈しんで甘やかせて、柔らかな愛撫を与えてやりたい。
優しく、丁寧に、愛したいとも思う。
いつだって俺はそんな二律背反に直面しながら、彼女の身体を開いていく。
一度でも想いを込めて抱いてしまえば、この関係が壊れてしまうような気がした。
ハロの肌に掌を滑らせる。
指を動かす度、微かに抗おうとするその腕をできるだけ弱い力で捕らえ、赤い痕の残る手首にそっと舌を這わせた。

「……っ、ライル待って、まだ……」

瞬間的に強張ったその身体。

「俺は――」

不意に、想いを吐きだしてしまいたくなる。
こんな感情が自分の中に芽生えたことに驚きながら、それでも今、確かな愛情を伝えたかった。
手首を放してやり鎖骨から胸の膨らみへと、抑えきれない欲望に任せて幾つも付けてしまった痕を唇でなぞる。

「好きだ……ハロが、好きだ」
「んっ……、ライル……」

聞こえたのは、いつも以上にしっとりとした吐息で俺を呼んだ掠れ声。
唇に軽く触れるだけのキスを落とす。
強張りを解くように、頬にも、瞼の上にも。  
薄く開いた瞼から、潤んだ瞳が切なげに俺を見上げてくる。
ハロが求めていると分かり、深く唇を重ねた。
舌を絡めて何度も吸い上げる。
絡めた舌をほどき、やさしく口内を舐めあげて。
どくどくと跳ねる鼓動を抑えきれずに小さな両膝を押し上げて、ゆっくりと彼女の中に身体を沈める。
深くへと埋めてからゆるやかに腰を揺らせば、同じタイミングで鼻にかかった甘い声が漏れ始める。
自分が与える快楽に蕩けていくハロの素直な反応が、大きく膨らんだ独占欲を満足させていく。
そして今以上にハロを愛したいという気持ちが、途切れることなく自分の中から溢れ出てくる。
もっと欲しいと逸る自分自身を抑えて手を握ると、絡めてきた細い指に愛しさが押し寄せた。
自分が付けた赤い印のひとつひとつにそっと唇を押しあてていけば、白い喉がくっと上を向き、小さな声を上げる。
ゆっくりと腰を揺らしながら俺は、言葉にならない感覚に酔いしれた。  
濡れて額に張り付いた前髪をそっとはらいそこへキスをすると、ハロの顔が嬉しそうに綻んで、その嘘のない微笑みに、自分の想いが満たされていくのを感じていた。
好きな女の笑顔は、どうしてこんなにも愛しいのだろう。
激しさのない律動。
今は、それが至福の時を与えてくれる。
耳ざわりの良い、甘く掠れた声も。 
俺の髪に触れてくる、しなやかな指先も。
重なり合った胸から伝わる、この鼓動も。
湧き上がる倒錯した欲望も、包み込んでやりたくなる愛情も、すべてはハロだから。
彼女だから、欲しくなる。
ーー愛している。
腕の中にある愛しい存在を確かめるように、抱き締める腕に力を込める。


【 2011.03.03 】




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