Immorality (2)

「……先生これ、セクハラ」

ハロのその言葉を聞いて、まだガキのくせにと一瞬思うが、すぐにそれは間違いだったと思い直す。
そんなこと俺は、二年前のあの時からわかっているはずだ。
それに回した腕から伝わってくるこいつの身体の感触も、まるっきり女のそれだった。
細いウエストに程よく膨らんだ弾力のある胸が、俺の腕に触れている。
柔らかい女の身体の感触と、不意に漂ってきたあの日と変わらない懐かしい髪の香りに、俺の心臓がどくりと跳ね上がる。
いつもと同じく何も読み取ることのできない黒い瞳を見つめながら、思わずその身体を僅かに抱き寄せてしまった。
こいつは俺の感情などまるでわかっていないだろうし、それを表に出してしまうほど俺も馬鹿ではない。

「ハロはちゃんと前見て歩いてるのか?」

だからいつも通りに笑顔を作り、こうしてハロに向けている。

「早く放せよっ! このエロ教師っ!」

ハロの身体から俺の腕を勢いよく振り払い、下から睨みつけてくるミハエルの目には、明らかに怒りの感情が映し出されていた。
そして俺も怒りを押さえミハエルを見据える。
もし階段から落ちてこいつが怪我でもしたら、どうするつもりだ。
そう怒鳴りつけたい衝動を抑え、俺は二人に背を向けてその場を離れる。
二年前のあの日を思い出しながら。





朝から軽い頭痛が続いていた俺は、薬を貰おうと保健室に足を運んだ。
大した痛みでもなかったが、次の時間帯に授業がない事もあって、酷く痛んでしまう前に行っておこうと思っていた。
保健室には誰もいなかったが、勝手に弄ることはしない方がいいだろう。
なんせ、まだ下っ端の新米教師だ。
保健医が戻るまで待つ事にして、二つあるうち自分に近い方のベッドに腰掛ける。
高校の頃、授業をサボるため保健室のベッドによく忍び込んだことを思い出し、懐かしくなり思い切ってベッドに上がり、そこに寝転んだ。
すると枕に頭が沈んだ瞬間、保健室の無機質なベッドには似合わないシャンプーの甘い香りがふわりと広がり、俺の鼻をくすぐる。
それと同時に、後頭部に硬い感触が伝わってきた。
手を枕の下に差し込んで探ってみると、指先に何かが触れる。
携帯電話だ。
取り出した携帯は白色のシンプルな型で、中を見てみないと男のものか女のものかも判らなかった。
今時の女子高生の携帯にはやたらけばけばしい飾りが沢山付いているから、もし生徒の持ち物ならば、こいつの持ち主は男かもしれない。
開いて中身を確かめるのは気が引ける。
それでもこの心地よい甘い香りの主がきっと白い携帯の持ち主と同一人物なのだろうと思い、女であって欲しいとひとり苦笑していた。
しばらくすると、そっと扉を開ける音がして視線の端にスカートの裾が見え、咄嗟に目を瞑ってしまった俺は、自分のその行動に困惑する。

(……何してんだ? 俺は)

こうなったら仮病を装うか。
そう思い、じっと目を閉じたまま寝たふりを続けることにした。
気配が近付くと微かだが同じ甘い香りが漂ってくるから、この人物がさっきまでこのベッドを使っていた本人であり、携帯の持ち主なのだろう。
そう思った途端、なせが心臓の音が少しずつ早くなっていく。
その事に戸惑っていると不意に前髪に触れられて、身体が跳ね上がりそうになってしまった。
まさか触られると思ってなかった俺は驚きを隠し、精一杯平常心を保とうと努力する。
そんな俺に構わず、今度は大胆にも指を髪に差し込むように入れて、それをゆっくりと動かされる。
すると、その指の感触に、ぞくりとした震えが背中を駆け抜けていった。

(何なんだよっ、これは!?)

そのままじっと動かず、髪を撫ぜる指の感触に身体の全神経を集中させている自分に気付き、同時に下半身に血が流れ込んでいくあの独自の感覚に俺はあわてふためいた。

(やばいな、このままだと……)

まるで愛撫でもされているかのようなその指先の感覚に、腹の奥が無性に熱くなりどうしようもなく気持ちが昂っていく。
しばらく続くその行為に思わず唇を噛み締めそうになり、必死になって堪える。
突然、指が髪から離れていった。
酷く安心する反面、もっと触れて欲しいような、口に出来ないもどかしさが胸の奥から湧いてきた。

「……せんせ」

いきなり聞こえたその小さな声に今度は全身が粟立ち、次の瞬間には形を成していく自分自身を、ありありと感じ始める。

(生徒かよっ、マジでやべえ……!)

そして少女らしい細い指が、俺の手のひらの中にある携帯電話をそっと奪う。
これ以上膨らまないようにじっと堪え続けながらも、俺はその生徒の姿を見たいという衝動が抑えられなかった。
薄らと目を開けると、少し急いだように扉を開けて部屋から出て行こうとする後姿が見える。
背中まで伸ばした長い黒髪を揺らし、彼女は一度も振り返らず、静かに扉を閉めて保健室から姿を消した。





二年前のあの日から、俺の中にハロという存在が住みつくようになってしまっていた。
あの後、すっかり勃ちあがってしまった自分自身に、まるで呆然自失の状態だったのは言うまでもない。
髪に触られただけ。
しかも、十五、六の顔も知らなかった生徒に髪を触られただけで、あんなにも欲情した自分が、本当に信じられなかった。
もし、あの時の俺を誰かに見られたりしていたら、今頃ここにはいなかったかもしれない。
それから大分遅くなって現れた保健医に、心から感謝したい気持ちだった。
そしてその保健医から少し前にベッドを使った生徒の名前を聞いた俺は、その一人の少女探し求めた。
長い黒髪の後姿、一度だけ俺を呼んだ声。
探し出したあの時の生徒は、間違いなくハロだった。


階段を降りながら目元に落ちてきた前髪をかき上げて、あの時に惑わされた細い指先の感触を思い出す。
俺に触れたことなどまるで感じさせないハロの黒い瞳……もう二度と、あの指先がこの髪に触れることはないのだろう。
そしてあの日以来ずっと、俺の目はあいつを見続けたままだ。





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