Untitled 2

「そんな顔をしないでください。優しくしてあげられなくなる」

唐突に掛けられた言葉に、私は眉をしかめずにはいられない。
自分は今、一体どんな顔をしているというのか。
私を見下ろしている赤い目は、確かに欲情している。
きっと……何かの冗談だ。

「シャーマン大尉は自分が優しいとでも?」
「余計なことを言う口ですね」

形の良い唇に浮かんでいるのは冷笑。
進化した人類。
彼はその中から選ばれた、わずか一握りの存在。
そんな人間が人並みの優しさなど、本当に持ち合わせているのだろうか。 
確かに今日のデカルト・シャーマンは、どこか彼らしさを欠いていた。
いつもとは違う緩慢な動きが、整った顔に掛かる銀色の綺麗な髪を揺らす。
こうして見上げる度見惚れていたそれに一度は触れてみたくなり、私は右手を宙に浮かせた。
ゆっくりと伸ばした指が長い髪先に触れる寸前、大きな掌がまるでさえぎるような仕草で私の両腕を捕らえる。
そのままシーツに貼り付けるように押さえ込んできた身体が、勢いを付けながら一度だけ深い場所を加減なく突き上げた。
ずしり、と逞しい彼の身体の重みが最奥まで届いて、痛みとも快感ともつかない刺激が一瞬で全身を走り抜けていく。
喉を反らせ唇を噛み締めて、私は何とか声を上げないようやり過ごす。
これがいつもの、強引なこの男の抱き方だ。 

「ハロ」

階級も付けずに名前だけを呼ばれるのは初めてだった。
驚く間もなく唇を塞がれた。
混乱する頭の中、長く重ねられ、啄ばむような軽さで動き続ける唇は、次第に意識を痺れさせる。  
息継ぎをする吐息に、無意識のうち甘さが混じってしまいそうだった。
ひとしきり翻弄してから離れていった彼の赤い瞳が私をじっと見つめて、逸らすこともできないほど視線を絡めようとする。

「……大尉は、どうして私の思考を読もうとしない」

まだ整わない息を弾ませたまま、どうにか平常心を取り戻し口を開いた。
するともう一度ゆっくりと降りてきた唇が、柔らかく愛撫をするように何度もキスを繰り返した。

「そんなことをして、あなたに嫌われたくはない」

触れ合うほどの距離で、ほんのわずか離れていった唇がそう告げる。
いつもより幾らか、話し方が固い。
めずらしく感情が読み取れるその口調を聞いて、確かにこの男も冷静さを失っている、そう感じた。
自分の心臓の拍動がどくんと大きく鳴って、耳の奥に流れ込んできた低い声が胸を強く締め付け、私を苦しめる。
切なかった。
ただ、快楽を求め合うだけだった。
感情も、交わす言葉さえ必要なかったはずなのに。
いつからだろう、私を抱くこの身体の温かさから、離れたくないと思い始めていた。

「モルモットにも、一応感情はあるんですよ」

皮肉めいた微笑を浮かべたこの男の言うとおり、自分はモルモット同然に彼を扱う旧人類のひとりに過ぎない。

「だから、あなたはそんな顔を見せないでください」 

すぐに聞こえた声は今までに聞いたこともない、進化した人類とはかけ離れた、どこか懇願するような声だった。
目の前の逞しい身体が大きく動き始める。
いつも通り、言葉も交わさずに。
私の肌の上を滑る掌の熱、這う舌の感触、重なる二人の呼吸。
幾度か、掠れた声が私の名を呼んだ。

「デカルト……っ」

思わず応えてしまった瞬間、驚いたように赤い瞳が見開いた。
引き寄せられ、身体に感じる重みが増して、重なり合う胸からデカルトの激しい鼓動が伝わってくる。
互いを見つめる視線。
静かに、それでも熱く、強い視線で私を見下ろした瞳の虹彩が、金色に輝くことはなかった。



まさかのデカルト大尉です。
階級は、大尉の上官だから少佐くらいですかね。







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