Night of the Halloween

Trick or treat?
耳元で低い声が囁いた。
吹きかかる熱い吐息と、首に触れる長い髪がくすぐったい。
もう片方の耳にも別の唇が噛み付いて、後ろから腰を引き寄せられた。
Trick or treat?
その唇が、同じ声でもう一度、同じ言葉を囁く。
両耳に吹き込まれる彼等の声が、私の身体を震わせる。
まるで弱い電流が身体の中を走っていく、そんな感覚。
噛まれるの、好きだろ?
背中越しから小さく笑ったライルが、耳から離した唇を項に押し当てた。
勿論、本物のそれのように歯は立てず、わざと優しく吸い上げるようにそっと何度も触れてくる。
時々濡れたものが這って、つい高い声が漏れた。
余裕で頭ひとつ分は高い真上から私を見下ろしたニールが、その綺麗な顔にたちの悪い笑みを浮かべてゆっくりと囁いた。
したを。
舌を出せよ、ハロ。
悪戯してやるから。
二人の腕の中に閉じ込められた身体がもう一度震えて、繰り返す呼吸は嫌でも甘さと速さを増していく。


目の前の大きな鏡には、背中に羽根の付いた白いミニワンピースを着て、不貞腐れ顔をしている天使らしき自分の姿が映っていた。
王家の別宅のひとつで行われる今夜の仮装パーティーで、私に宛てがわれた衣装がこれだった。
一応天使に見えなくもないのは、ヘアメイクアーティストの技量と、このいかにもという衣装のお陰か。
どうしても一言文句を言いたくて別室を訪れると、ひとりソファーで寛ぎながらワイングラスを片手で揺らすミス・スメラギに、こう告げられた。

「衣装の選択に異議は認められないのよ、我儘お嬢さんもとい大切なスポンサーが決めたことだから。それにその姿を見たら、きっとあの二人も喜ぶと思うけど?」

ぐいっと飲み干したグラスを置いたサイドテーブルの上には、既に空になったワインボトルが数本並んでいる。
彼女は長い髪を緑色に染めて、頭には小さな角を生やしていた。

「今夜はこの邸宅にお泊りよ。ハロもそんなこと言ってないで少しはハロウィーンの夜を楽しんだら?」

すごい……虎柄のビキニから、胸がはみ出ている。
衣装から零れ落ちそうになっている大きなバストに、さっきから私の目は釘付けだ。

「……何なら交換する?」

小さな笑みをうかべながら私の胸元に挑戦的な視線を投げてきた酔っ払いに、結構ですと告げてそのまま部屋を出た。
衣装の件は諦めて、贅沢なシャンデリアのぶら下がった洋館の広間へと入って行く。
黒とオレンジを基調とした沢山のオーナメントやリースが飾られていて、あちらこちらにコウモリや蜘蛛、髑髏の置物が置いてある。
そして、カボチャの中身をくり抜いて作った、ジャック・オー・ランタン。
大きなテーブルの上には、キャンディーボウル山盛のカラフルなお菓子がいくつも置いてあった。
アットホームな可愛らしいハロウィーンの飾り付けが、ゴシック様式の気品あるこのサロンに良く似合っている。
よく見ると、壁にはジェイソンのマスクと血の付いた斧が掛けられて、椅子には顔が焼けただれたグッド・ガイ人形が座っていた。
サロン内では、狼男、ゴーゴン、ミイラ男、お岩さん、ブギーマン、キョンシー、世界各国のお化けや怪物達が、楽しそうに話をしたりお酒を飲んでいる。
初めはこのミニスカートの衣装が嫌で気乗りしなかったが、私は回りを見渡してから、ほっと胸を撫で下ろした。
中でも、赤と緑の横じまセーターを着たフレディや全身が腐ったリビングデッド、口から変な液体を垂らしているエイリアンよりは全然ましだと思った。
これが、戦争根絶を掲げる私設武装組織<ソレスタルビーイング>……。
軽く溜息を付いて遠い目をすると、広間の奥に立っている彼等の姿を見た瞬間、私はあのお嬢様に初めて心の底から感謝をした。
光沢のある黒いタキシードの上に長いマントを纏った、双子の吸血鬼。
このハロウィーン・パーティーは、ニールとライル、二人のタキシード姿を拝めるというプレミア付きだったのだ。
彼等は血に飢えたモンスターというよりも、まるでこのサロンに良く似合う貴族のようだ。
男らしく整った顔。
鍛えられた体躯。
ゆうに百八十を越す長身。
マントの襟足に掛かるブラウンの長い髪が、いつもよりも落ち着きのある男の艶やかさを感じさせる。
気高い二人のドラキュラ伯爵が、そこに存在していた。
ああ……何て素敵なのだろう。
目を奪われて呆けていた私を見つけた彼等も、なぜかその顔には驚きの表情を浮かべている。
それからお互いに耳元で何か話し合った麗しい双子の吸血鬼が、嬉しそうに微笑みながら、ゆっくりと私に近付いて来た。


彼等は折角のハロウィーン・パーティーもそこそこに、用意されていた自分達の客室へと私を連れ込む。
Trick or treat?
Trick or treat?
噛まれるの、好きだろ?
したを。
舌を出せよ、ハロ。
悪戯してやるから。
部屋に入るなり私に抱き付いて、今にも本当に悪戯をしようとしている二人は、やっぱり本物の貴族とは違ってお行儀は良くないようだ。
そんなことを考えながらも素直に差し出した私の舌を、すぐにニールの唇が覆った。
何度か柔らかく甘噛みされて、吸い上げて絡ませて、奥へと入り込もうとする。
耳を両手で塞がれるように優しく包まれながら左右の頬裏まで舐められて、口腔内の水音が頭の中で反響すると、今、彼に、自分がどんなに恥ずかしいキスをされているのかが、リアルに伝わってくる。
ライルが後ろからワンピースの裾に手を差し入れて、太腿を撫でた。
肌の上を愛しむように滑る、この触れ方が嬉しかった。
もう一度柔らかく耳朶を噛んで、内側に進んでいった指先が脚の深いところまで触れると、薄い布の上をそっと行き来し始める。
堪えきれずに甘い声を漏らすと指先の動きが大胆になり、ライルの長い指が布の横から滑り込んできた。
大きく跳ねた身体に唇を離したニールが優しく微笑んで、私の額に、頬に、瞼に、いくつものキスを落とした。

「……可愛いな。ハロは」

眩しげに目を細めて呟くニールの声を聞きながら、深く埋められていく指に頭の中が一瞬真っ白になって、緩くかき回し始めたその動きが全身に痺れるような快感を走らせた。
ライルの指は、私の弱い場所、全てを知っている。
的確に与えられる快楽に、早くも我慢が出来なくなりそうだった。
背中に腕をまわし、滑らかな手触りの黒いマントを、縋るような仕草で思い切り掴む。
二人の逞しい腕が崩れてしまいそうなる私の身体を支え、その力強さに身を任せた。
こうして回数を重ねれば重ねるほど私の身体の全ては彼等のものになって、もっと愛されたいという想いが胸の奥深くから溢れ出てくる。
そしてニールとライルも、私自身が望んでいる、それ以上の愛情を与えてくれた。
目の前の身体が私を抱しめたまま、自分のシャツのボタンを外しに掛かった。
何度も見蕩れた長くて美しい指先。
露になっていく滑らかな白い肌。
男らしくしっかりとした肩幅と厚みのある胸板に、私は堪らず唇を寄せた。 

「このままここでいくか? それともベッド?」

後ろから私の腰をしっかりと片腕で抱き締めながら、透明感のあるエメラルドグリーンが肩越しに意地悪な眼差しを向ける。
その間も私をかき混ぜる指は動き続けているから、答えようにも喋る余裕なんてもう少しも残ってはいない。
さっきから私の反応を間近で見つめている二人には、そのことが充分分かっているくせに、なあどっちだよ?と、わざわざ聞き返してくる。

「天使を辱める吸血鬼なんて、随分と背徳的だな」
「余計に興奮すんだろ?」

この双子は、意地悪なのか優しいのか、本当に解らない。

「ハロ」
「好きだ」

それでも私は、もうどちらの声がニールなのかライルなのか区別もつかないくらい、頭の中まで蕩けきっていた。

「愛してる」

両頬をくすぐる柔らかい髪の感触に満たされるような愛情を感じて、意識の全てが彼等に向かっていく。

「ハロ、好きだ……愛してる」

二人の腕の中でなら、ここがどんな場所だって構わないから。
熱く潤んだ私をまるで可愛がってくれるような、指先の動き。
丁寧に、ゆっくりと、緩く、強く。
艶を帯びた声が喉奥から自然と零れて、息をするだけで精一杯。
何も考えられなくて、与えられ続ける快楽に、ただ従順になった。 
一際大きくなる胸の鼓動。
逞しい身体をぎゅっと抱き締める。
ねえ、今夜は。
思い切り甘やかして、もっともっと可愛がって。
そして目を閉じて迎える、最初の幸せな瞬間。




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