Unpalatable kiss

展望室の向こうに広がっている広大無辺な宇宙空間を眺めながら、咥えた煙草の先にライターの火を近づける。
ちりちりと音を立てた先端が赤く燃えて、舌先に感じるほんのごく僅かな甘さは、すぐに苦味へと変わっていく。
遠くには、青く光る惑星が見えた。
この場所で味わう一服は、また格別。
吸い込んだ煙を染み渡らせるように深く体内へ送り込むと、ここ最近かなり意識して本数を減らしていたせいか、一瞬頭の中が軽く揺れる。
こんなことは初めてで、思わず小さな笑いが漏れた。
学生時代から吸い始めてもう十年以上、煙草を止めようと思ったことは一度もない。
今も本気で止めようとしているのか、自分でも分からなかった。
溜息を付くように煙を吐き出す。
暗闇には、遥か地球から伸びた三本の軌道エレベーターをつなぐ太陽光発電衛星とオービタルリングが細く光って見える。
ふと目の前の強化ガラスに映りこんだ影に気が付いて、俺の顔には自然と笑みが浮かんだ。
そんな自分にまた苦笑しながら、手にした携帯灰皿に吸いかけの煙草を押し付けた。
振り向いた先には、二週間ぶりに会うハロの姿。

「お疲れさん。地上はどうだった?」
「艦内は禁煙だって何度も言ってるのに」
「そうかたいこと言うなって」
「私にも頂戴」
「普段から煙草吸う男は嫌いって言いながら自分は吸うのかよ」
「今だって大嫌い」
「……何かあったのか?」
「別に。ライルには関係ない」

まるで鬱陶しいと言いたげに、細い眉を寄せた顔が妙に色っぽい。 

「ここから眺める地球は、こんなにも青く輝いて綺麗なのに」

ハロは気だるそうな口調で告げて、強化ガラスの向こう側に視線を向けた。
相変わらず、こいつは俺になびかない。
どうやらハロには好きな男がいるらしいと、いつだかミレイナが言っていた。
乙女の勘だそうだ。
多分、それは当たっている。
今こいつの機嫌が悪いのは、あっち<地球>で久々に会った彼氏と喧嘩でもして帰ってきた、そんなところか。 
ジャケットから小さな箱を取り出して煙草を一本抜くと、それを黙ったままハロの口許へ持って行く。
目を合わせることなく顔だけを俺に向けながら、それでも従順すぎるほど薄く開いた唇に、思わずキスしたくなる。
その赤い唇で、誰かの名前を呼びながら甘い声を上げたのか。
半開きの口許がやけに淫らに見えて、ぞくりとした欲望が身体の真ん中を這い上がってきた。
唇の手前で煙草を挟んだ指先の動きを止めると、黒い瞳が俺を見上げた。
見つめ合ったまま少しだけ腰を屈めていき、ゆっくりと顔を近づける。
吐息が鼻先を掠め焦点が合わなくなると、ハロはそっと目を閉じた。
触れ合った唇から伝わる、柔らかな感触。
すぐに薄く開いたままの隙間へと舌を差し込んだ。
温かく濡れた口腔。
舌先で上顎を擽り、優しく舐める。
触れたハロの舌を奥の方で捕らえるのと同時に、背中に腕を回して抱き留めた。
首を傾けて唇を合わせ深く舌を絡めても、彼女の小さなそれは俺から逃げようとはしない。
唾液が混じりあい、次第に鼓動は速まる。
女に溺れるのは性に合わない。
それなのに、俺はキスひとつでこんなにも欲情している。
割り切ればいい。
こいつは、こういう女だ。
誰かを想っていても俺とこんなキスをするような、いい加減な女。
胸の奥をざわりと撫でられるような、嫌な感覚がした。
絡めていた舌と唇を離したあとも、首筋を引き寄せてそこに顔を埋める。

「……ライル」

そんな声で呼ばれると、頭の中まで熱くなってくる。
そうやって切なげな声で、ほかの男の名前も呼んだのか。

「キス、煙草の味がして、不味い……」
「……お前なあ」

こいつにキスなんかするんじゃなかった。
そう後悔しても、もう遅い。
セックスしていない分、余計にたちが悪いのかもしれない。
募った欲望を吐き出すことができない。
唇だけじゃなく全部を奪ってしまえば、もう何も考えずに済むのだろうか。 

「あの、さ……」
「なんだよ」
「多分、ライルが思ってるよりずっと……私はライルのことが好きだよ?」
「……」

首筋から顔を離せば、一瞬ハロと視線がかちあう。
すぐに逸らされた視線に、湧き上がる感情のまま、俺はその髪を撫でた。
愛しくて、愛しくて。
湧き上がるのは欲望ではなく、愛情。

「今日から禁煙して」
「了解」

もう一度腰を屈めてキスをすると、ハロの唇は僅かに俺の煙草の味がして、自惚れる。
交わりたいのは、身体だけじゃないらしい。
手のひらを重ねて指を絡める。
乙女の勘は外れない。
俺の勘は、良いように外れた。

「まず……」
「……うるせえ」

触れ合ったまま、互いの唇が笑みを作った。  




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