Be kept…… (2)

私を見下ろしている薄いグリーンの目は、やはり肉食動物のそれだ。
これから食べられてしまうことを理解した動物は、こんな風に相手を見上げる覚悟が出来るものなのか。
唇をゆっくりと指先でなぞられて、背筋がぞくりと寒くなる。

「ったく長かったぜ、俺も我慢強くなったよなァ。ラグナ絡みじゃなけりゃこんなに時間かけねえですぐにでもかっ攫ってきたのによ。まあそれだけ手に入れた時の喜びは大きいってわけか」

にやりと笑ったアリーの顔に、忘れていたあの時の恐怖が蘇る。
腰にまわされた力強い腕の感触、手のひらに伝わってきた自分とは違う、筋肉のついた身体の硬さ。

「いいかハロ。俺の言う通り良い子にしてりゃ、なるべく痛い思いはさせねえようにしてやる。出来るか?」

きっとアリーには分かっている。
今から始まる行為が、私の初めてなのだということが。
私はこの男の本当の怖さを知らない。
言う通りに大人しく従っても、面白がって痛めつけられるのではないか。
一瞬の間に私の脳裏には様々な思いが浮かんでくるが、ヨーロッパ南部の知らない国に連れて来られ、こうしてベッドの上に押し倒されてこの緑に見下ろされた私は、所詮頷くことしか出来ないのだ。

「間違えんなよ。『なるべく』だ。分かったな」

凶暴さを感じさせるほどに口端をつり上げて、整った顔立ちが近づいてくる。
首筋には、生温かい舌の感触が伝わってきた。




ベッドの上からぼんやりと窓を眺めれば、ここから見える空は今にも雨が降り出しそうなほど薄暗い曇に覆われていて、モラリアの七月は雨が降ったり止んだりのはっきりしない天気がもう何日も続いていた。
一年前の今日、この国に連れて来られた日と同じような空模様だ。

「なんだよ、またホームシックか? ハロお嬢ちゃんはまだパパとママに会いてえのか?」

すぐ隣から聞こえてくる、からかいの言葉に何も答えない私が気に入らないのか、アリーの声が不機嫌そうに告げてくる。

「日本には帰さねえから、いい加減諦めな」

軽く髪の毛を引っ張られて、私は仕方なく声の方向に視線を向けた。
こうして見ると、あんなにも恐れていたはずの薄いグリーンの瞳はとても綺麗に見える。
初めてアリーに抱かれた日から暫くは、自分の身に起こったことに思考がついていかず、抱かれる度に押し潰されそうなほどの不安を感じていた。
きっとすぐに飽きられて、もしかしたらそのまま殺されてしまうのではないか……と。
けれど何度身体を重ねてもそんな素振りのないまま一年が過ぎて、そのかわり日本に帰されることもなかった。
私の父親がラグナ・ハーヴェイの事業パートナーでなければ、すぐに殺されていたのだろう。
でもそれは、アリーとラグナの関係が続いていればこその話なのだ。
近いうちに、きっと私の命は終わる。
この男がいつまでも大人しく、人に飼いならされているはずが無い。
いいや、違う……寧ろ飼われているのは、ラグナ・ハーヴェイの方なのだ。
戦争が好きで、戦場でなくては生きていけない、戦うことしか頭に無いような男だった。
仕事と聞けば、アリーは嬉々として戦場に出掛けていく。
私は今まで戦争とは無縁の生活を送ってきたが、今ではすぐ隣にそれらを仕掛けているアリーが居るにも関わらず、未だに争いとは関係のない生活を送っている自分が不思議だった。
平和で安全な国で生まれ育った私と、戦争を好んで争いを続けていくアリー。
最初は彼を理解することが出来なかった。
それでも、彼等のような傭兵を雇ってまで争わなくては経済が破綻し、その影響を受ける国や企業があることも知っている。
決してアリーの行為を認める訳ではないが、彼のような人間がいなくては生きていくことができない人間もいるということを、いつの間にか私は受け入れていたのだろう。
しばらくその薄緑の瞳と見つめ合った後、もう一度外に視線を移すと、窓ガラスには少しずつ水滴が付き始めていた。
すぐに激しい雨が降り出して、それでも贅沢に造られたこの部屋の中まで雨音が聞こえてくることはない。
今頃はきっと日本でも、同じように雨の時期が続いているはず。

「そう言えばよ、ラグナの奴死んだぜ? 今頃ハロの父上は奴さんと連絡が取れねえで大慌てだ。なんせ可愛い一人娘の行方がわからなくなっちまったんだからな」

私の命が終わる日は今日なのかも知れないと、ぼんやり考えながら真っ暗な空を眺めた。
すると突然、筋肉の付いた太い腕に腰を引き寄せられて、楽しそうに喋る息が耳に吹きかかる。 

「一年前の今日にお前をモラリアまで連れてきたのは、褒美なんだよ」

気だるさの残る身体に再びぞくんと小さな震えが走り、全身がぴくりと跳ね上がった。

「俺がこの世に創りだされた記念すべき日だからよ、たまには自分にご褒美くれてやってもバチは当たんねえってな。けどよ、もう褒美はいらねえ……お前一人で十分だ」

安堵とも違う。
嬉しさとも違う。
耳元で囁かれた言葉に胸の中で何かが生まれた、確かな感覚。

「褒美は大切にしなけりゃなァ、そうだろ? ハロ」

低い声に鼓膜をくすぐられ、筋の浮いた指が胸の先を弄り始めると私の腰は無意識に揺れだして、くっと笑った口から漏れた熱い吐息が首筋に触れる。
望んでもいなかった熱を無理やり与えられて、この身体の全てはアリーのものになった。
私は自分でも解らないうちにこの熱に侵されて、心までこの男のものになってしまったのだろうか。
深い快楽を味わいながら、頭の片隅でそんな事を考える。
果ての無い疑問に、きつく目を閉じるしかない……この先も、ずっと。



アリーさん、お誕生日おめでとうございます!
【2010.07.11】







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