Refrain

仄暗い空間の中、私は眠っている彼を見つめた。
規則正しい深い吐息。
ブランケットの掛かっていない剥き出しの肩が呼吸をする度、僅かに動いている。
ベッド横のスタンドの小さな灯りが暗闇の中、いつもとは違ってまるで表情のない顔を薄っすらと浮かび上がらせていて、その顔は目を凝らさないと輪郭が曖昧だった。
眺めていると彼がそのまま闇の中に溶けていってしまいそうな気がして、私は怖くなりそっと声を掛けた。

「……ニール」

いつも眠りは浅いはずなのに、今はすっかりと寝入ってしまっているようだった。

「ニール……好き、好き、好き」

じわじわと増してくる怖さを紛らわせるように、私は何度も言葉を繰り返す。
目が暗さに慣れたせいだろう、目鼻立ちの整った面長の寝顔がさっきよりも幾らかはっきりと見えてきた。
取り合えず一呼吸するように、大きく溜息を漏らす。
私がその碧色の綺麗な瞳の奥にある何かを感じ始めたのは、いつ頃からだろう。
きっと彼の中には誰も知り得ない深い闇が存在していて、いつかその闇が彼を何処かに連れ去ってしまうのではないかと、堪らなく不安になることがあった。
そんな時はこうして呪文のように何度も呼びかけていると、その不安が少しずつ紛れていくような気がした。
一旦閉じた唇を、もう一度開きかけた瞬間。
突然強い力が私の身体を引き寄せ、驚いたまま反応も出来ず、伸びてきた腕に抱き締められた。
それはかなり強い力で、重なった素肌が隆起している胸の筋肉をリアルに感じ取り、背中に回された腕も同じように力が込められて、筋肉が硬くなっているのが分かる。
こんなにも息苦しいほど強く抱き締められたのは初めてだった。
いつもは抱き寄せられるその腕に優しさを感じるほどなのに、まるで遠慮なしに込められている両腕の力。
もしかしたらまだ眠りから覚めていないのかも知れないと思い、何とか身じろぎながら両手で胸を押し返すと、ほんの少しだけ上半身が離れた。
顔を上げたすぐ目の前には、乱れた前髪の隙間からぼんやりとした視線で私を見つめている双眸がある。
瞳の焦点が定まったのか、私の身体をきつく抱き寄せていた腕の力がふっと抜けていった。
圧迫感から開放され大きく深呼吸すると、呟くような、掠れた小さなニールの声。

「ごめんな……夢見てた」

暗闇の中のその顔は、どこか落ち着きがないように見えた。

「夢ん中でもこうやって、ハロのこと抱き締めてた」

少しも身体を動かさずにじっと私を見つめるその様子に、思わず声を掛ける。

「ニール、大丈夫?」
「……身体がどこまでも沈んでいっちまうんだ。自分じゃどうやっても止めらんなくて、必死に腕を伸ばすといつの間にかハロが目の前にいて、こっちに向かって腕を差し出してて……」

私の方に顔を向けて自信なさげに話しをする彼は、いつもの飄々とした態度の欠片もない。

「だから俺は思い切り腕を伸ばしてお前さんに抱き付くんだよ。こんな夢、もう何回も見てるなんておかしいよな」

私は、そう言って無理に笑おうとしているニールの顔に掛かったままの前髪を、指で掻き上げながら露になった瞳をじっと見つめた。

「おかしくなんかない。私は何度でも夢の中で腕を差し出すから、ニールも必ず私を抱き締めてよ」

一瞬、目の前の顔が泣き出してしまいそうな表情に変り、暗さに紛れているその顔がまだ幼さの残った少年のように見えた。
もしかしたら彼は、夢の中で過去を彷徨っているのだろうか。
夢の中では、運命を変えられてしまった十四歳の少年に戻っているのかも知れない。
いつも深い場所に隠したまま、人に見せようとしない幾つかの感情のひとつをその時見てしまった気がして、そう思うと突き上げてくる痛みに胸の奥がぎゅっとなった。
背中に回されている腕が無言のまま、まるですがり付くように私を抱き締める。
胸の痛みが増してきつく目を閉じれば、じわりと涙が滲んだ。

「ニール好き……大好きだよ? 好き、好き、好き」

愛しくて、切なくて、苦しくて。
身体を抱き寄せられたまま重ねられた唇を、私は待ち焦がれていたように受け止めた。
私達が眩しい光に包まれることはない。
それでも、彼が闇の中に溶けていってしまわないよう、繋ぎ止めるように何度も繰り返す。
好き、好き、好き……。
永遠に、繰り返すから。




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