Boy Meets Girl

ボックスから煙草を一本引き抜きそれを咥え、ベッド横のサイドテーブルにしばらく前から置かれるようになった銀色のライターに手を伸ばす。

「これ、借りるぜ」  

重い蓋を開けてジッポー特有の聞きなれた金属音を鳴らし、火を点すとオイルの匂いが辺りに立ち込めた。

(気に入らねえ……)

揺れる炎に煙草の先を近づけて、キッチンに立っているハロの後姿を見つめる。
掌に伝わるひんやりと冷たい銀の感触が、それとは対照的だったハロの肌の熱さを何故か思い出させ、余計に気持ちが苛立ってくる。  
二か月ほど前からここに置かれるようになった艶消しの銀色をしたジッポーは、女の部屋に到底似合うはずがなく、単純に考えれば他の男がこの場所で煙草を吸っている事を意味していた。
こいつの持ち主も、ここでハロを抱いているのか。
こうして今の俺と同じように、ベッドの上からハロの姿を眺めているのか。

(……決まってんだろ?)

煙草を吸わない女の部屋にこんなものが置いてあれば馬鹿でも分かる。
確かに、俺達は付き合っているわけではない。
月に何度か二人で飯を食ってそのままホテルに行くか、どちらかの部屋でセックスをする。
やっていることはそこら辺の恋人同士と何ら変わりはしないが、互いに『好きだ』とか『愛してる』なんて言葉は一度も口にしたことなどないから、やはり俺達は恋人という関係ではないのだろう。
それでもハロと抱き合うようになってから他の女は一度も抱いてはいないし、こいつを誰にも抱かせたくはない。
ハロの全てを自分のものにしてしまいたいと思いながらも、自分の本音を他人に晒すことが出来ない俺は、どうしても一線を引いてしまっていた。

「ライルも飲む?」

冷蔵庫を開けたまま、ミネラルウォーターのボトルを手にしたハロが振り向く。
薄いキャミソールに下着だけの姿。
普段からべたついたり甘えることなどしない彼女らしく、身につけるものも至ってシンプルだが、俺はそういうところも好きだった。
勿論、そんなことは口にしたこともないから、きっと本人は気付いてないだろう。
これの持ち主は、俺と趣味嗜好が似ているのかもしれない。
使っているライターも同じ、惚れた女も同じ。
知りもしない相手に嫌悪感を感じ、元あった場所に少し乱暴な手つきでジッポーを置くと、吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付け、振り向いたままの彼女に向かい、こいこいと手招きをする。

「飲むの? 飲まないの?」

もう一度そう聞いて、ボトルを手にしたままベッドに近づいてきたハロの腕を少し強めの力で引っぱると、簡単にバランスを崩し倒れこんできたその身体を自分へと抱き寄せた。
長い髪が俺の胸の上に広がり、オイルの匂いを消すように甘い香りが漂い、余計に欲情が高まる。
目の前にあるハロの顔にそっと触れる。
指先で輪郭を辿ると黒い瞳に真っ直ぐ見下ろされ、鼓動が速まった。

「もう一回しようぜ」
「今したばっかりじゃない」
「あんなんじゃ足りねえよ」

答えを聞かないまま頭を引き寄せて唇を塞ぎ、柔らかなそこに舌を入れて口腔を探るように何度も角度を変えた。
彼女が苦しそうに顔を離した隙に薄い布をたくし上げて、目の前の膨らみに顔を埋め赤い先端を口に含むと、背を弓なりに反らせたハロの唇から小さな吐息が漏れ始める。
何回抱いてもハロの全ては手に入れられない……抑えきれなくなるほどの焦燥感を埋めるように、自分の上に重なっている腰に腕を回し、強く抱き締めた。


 
流石に疲れたのだろうか、めずらしく俺の腕の中に納まり大人しく目を瞑っているハロの髪を何度も撫でてやる。
わざと意地の悪い抱き方をして強請らせた。
それを立て続けに何度も味あわせたから、きっともうすぐ文句を言われるだろう。
俺はサイドテ−ブルに腕を伸ばし、手に取ったジッポーの蓋を玩ぶように何度も開け閉めを繰り返す。
カシャンと心地いい金属音を何度も鳴らしながら、こいつの持ち主は一体どんな男なのだろうと、くだらない疑問が頭をよぎるたびに胸の奥がざわついてくる。
今まで何人女を抱いたのか覚えてないが、恋愛なんて俺のガラじゃない。
相手に合わせるのも振り回されるのもごめんだし、かと言って尽くされるのもうざったいし面倒だ。
当然、今まで一人の女とそう長く続くわけもなく、それでも何事にも執着したことのない俺は、そういう関係こそが自分のスタイルに丁度いい、そう思ってきた。
それなのに今はどうだ……高がライターひとつが気になって仕方ない。
らしくない、そう強く思いながらもかなり抵抗があったが、もう二か月も前から持ち続けていた疑問をどうしても抑え切れなかった。

「これの持ち主ってどんな奴だ?」
「……ライルでもそんなこと気にするんだ」

気だるそうに、それでも以外だったのだろう、少しからかうような声でそう返してきたハロに苛立ちを覚えたが、それ以上の返事が返ってくる気配がない。
手にしていたジッポーをサイドテーブルに放り投げ、自分の身体から強引にハロの肩を引き離しシーツに押えつけると、俺の荒々しい手つきに驚いた様子の大きく見開いた黒い瞳に真下から見上げられる。

「どんな奴だよ」

思いのほか低い声を出してしまったことに自分自身で戸惑ってしまい、今まで感じたこともない酷い苛立ちが俺の身体を支配していることに気付いた。
今までに経験したことのない感情でも、この歳まで生きてくれば、これが何なのかは簡単に察しがついてしまう。

(この俺が嫉妬、かよ……)

らしくない、そう心の中でもう一度繰り返しても、今までのように黙ってやり過ごすことなど今の俺には出来ない。
黒い瞳が反応に困り、視線を逸らす。
質問に答えようとしないハロの態度にますます苛立ちが募り、その白い喉元に唇を乱暴に押し付け、わざと痕を残すように強く吸い付く。
瞬間、力のこもった肩を組み伏せ押さえ込みながら、鎖骨、胸元へと吸い付いて幾つも痕を残していけば、流石に慌てたハロがすぐに口を開いた。

「あれ、は……、自分で買ったの……っ」
「……は? 何だよそれ」

どんな言い訳だよ?と思い、苛立ちと戸惑いから胸元まで降りていた顔を上げてそう聞き返せば、軽く弾んだ息を落ち着けるように深く呼吸をしたあと、顔を真横に逸らせたまま、ハロが小さな声で答え始めた。

「……ライルに会えない時、それに火を点けてた」

その答えに俺の思考が一瞬停止する。

「火を点けるとオイルの匂いがして、ライルが傍にいるような気がするから」

段々と頬が赤くなっていくハロの様子を上から見つめ、彼女らしくない台詞とその態度に驚かされながらも、同時に自分の胸の鼓動も急に速さを増していくのを感じた。
本当に恥ずかしいのだろう、真っ赤になったその顔を眺めれば、その言葉が本心なのだということが伝わってくる。
初めて見たその表情は今までのハロとは全く違い、その瞳には薄っすらと涙まで浮かんでいて、たまらない愛しさが込み上げてきた。
そんな様子が酷く可愛らしい。
逸らしたままの視線も、泣くほど恥ずかしがっている表情も、全てが可愛かった。

「お前……可愛いな」

俺は、今思ったことを素直に口にする。

「すげえ可愛いよ」

こんな言葉を口にしてしまう俺も、恥かしそうに涙を溜めているハロも、本当にらしくない。
それでも、その言葉が、今の自分の正直な気持ちだった。
瞬間、ハロは驚いたように俺を見上げると、泣き笑いのような顔をしながら腕を伸ばし、その身体を摺り寄せてきた。
そんな不意打ちの仕草が余計に愛しさを募らせて、喜びが胸に満ちていくのを感じる。
両腕でハロの肩を抱き寄せれば、この温もりも匂いも全て俺のものなのだと思い、自然と頬が弛んだ。
惚れた女に甘えられるのは、こんなにも嬉しいことなのか。

「ハロ」

名前を呼べばしがみついてくるその腕をやんわりと引き離すと、恥ずかしそうに微笑んだハロの唇に自分のそれを重ねる。
触れているだけなのに胸が熱くなるのを感じ、俺は初めて心から人を愛せたような気がした。
愛しいと思える女に甘えられながら、互いを愛し合う。
そんな、ありふれたべたついた関係でも、こいつとならば構わない。
これじゃあまるで俺達は初心なガキだ、そう思いながらも、そんな自分は意外に嫌いじゃないと、俺の唇は自然に笑みを作っていた。  
  



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