Impostor

柔らかな手触りの茶色い髪に指を通し、できるだけ優しい手つきで彼の額を晒しながら髪の生え際にそっと指を滑らせても、そこにあるべき傷の感触はどこにも感じられない。
初めて彼と結ばれた日の朝、それを見つけた私に『子供の頃、公園の木から落ちた時についたんだ』と、笑いながら教えてくれた、生え際近くにあるはずの小さな傷跡。
目を閉じているその顔はまるで同じでも、そこにあるべきものが存在しないのだから、<彼>は<彼>ではないのだ。
分かっている……今目の前で眠っているのは、彼でさえもう何年も顔を会わせていない、双子の兄。
名前はニール。
ニール・ディランディ。
一卵性双生児の彼が同じ姿形の兄にコンプレックスを抱いているのは、何年か前にほんの少しだけニールの話をしてくれたその口調だけでも伺うことができた。
目の前の寝顔は無防備で、それでも起きている時と同様、優しさを感じさせる顔立ちの綺麗さは変わらない。
同じ寝顔でも彼の方は精悍さを感じさせるが、ニールの寝顔はどちらかと言えば精悍さよりも、その創りの美しさに目を奪われる。
寝乱れた長めの髪がニールの色気をさらに強く感じさせ、ついさっきその髪を強く掴んでしまうほど激しく抱かれた瞬間を思い返した。
昨日から殆ど一日中、その腕に抱かれ通しだった。
まるで、私の身体を一年分愛するように、激しく。
一年前もこうしてまる一日、ニールに抱かれて過ごした。
一昨年もその前も、何年前からになるのか実際自分でもよくは分からないが、傷痕がないことに気付いたのは、もう三年も前だ。
AEU領土内にある一流商社に勤めている彼は、数日、長いと数週間、海外出張に出掛けることがある。
ニールが訪れるのは、その時だった。
彼に成りすましたまま私と一日を過ごしたあと、彼に成りすましたまま私の元を去っていく。
どうしてニールがこんなことを何年も続けているのかは分からない。
そして私も、一年に一度だけこんな風に訪れるニールを、どうして受け入れているのだろうか。
何も気付かないふりをして、何故、ニールに抱かれているのだろうか。
彼の兄だから? 同じ姿形だから?
本当は……。
もう一度傷跡の有無を確かめるようにそっと指先を動かすと、長い睫毛が小さく動いてゆっくりと瞼が開いた。
美しい碧色の双眸がぼんやりと、こちらを見つめている。

「……つい眠っちまった」
「もう少し眠れば? まだ眠そう」

ニールの指先が優しく私の髪に触れる。
不意に愛しさが溢れて、治まっていた胸の鼓動が再び騒ぎ始めた。
頭を引き寄せられ、重ねられた唇を、私はされるがままに受け入れるしかない。
唇を合わせたまま上半身を起こしたニールが体勢を入れ替え、ベッドに押さえつけるようにして、その広く逞しい肩幅で私の逃げ道を塞ぐ。

「時間がもったいねえだろ」

僅かに離れていった唇が呟いた。
キスはすぐに繰り返される。

「一度でも多く、ハロを抱きたいんだよ」

熱い吐息、切なげな瞳。
間近から向けられた眼差しからは、痛いほどの愛しさが伝わってくる。
こんなにも強い感情のこもった眼差しを、今までの私は知らないでいた。
再び始められた性急なキスは、すぐに貪るような激しさに変わっていく。
心まで痺れるようなキスはニールとしか味わえない。
ニール以外、今までに一度も味わったことなどなかった。
彼と交わすキスでさえ感じることのできない、甘くて身体が蕩けてしまいそうな、泣きたくなるほどの切ない味。
指先で腰骨を撫で回され、肌に走るその感覚に身を捩れば、大きな掌が押し上げるように胸の膨らみを包みこんで強く揉みしだかれる。
いつも別れの時間が近づけば近づくほどニールの抱き方は激しさを増し、何度も絶頂を迎えさせられた。
お互い同時に達しても、余韻に浸る間もなくすぐにまた始められる愛撫に、頭も身体もどろどろに溶けてしまいそうだった。
狂おしいほどの快楽に意識が遠くなると、ニールの口からも一層苦しげな声が漏れて、呻くような声音が私の名を呼ぶ。

「ハロ……っ」

虚ろな私の目には、快感だけではなく何か別の感情が入り混じったように顔を歪ませているニールが見える。
身体の奥深くで欲望が弾けるのを感じながら、心臓がこれ以上ないほどに切ない鼓動を繰り返していく。
ひとつに繋がったまま、ニールの両腕に引き寄せられ、強く抱き締められた。

『……ニール』

呼んでしまえばもう二度と会えないような気がして、肩口に伏せられた髪に何度も唇を押し当てると、あまりの愛しさに涙か溢れた。
一年にたった一日だけでも、こうして愛し続けてくれるなら、それでいい……。
そう強く願いながら遠のいていく意識の中、頬に流れていく私の涙が、悦びのそれに変わっていく。

『あいつにも負けないくらい、俺はハロを愛してる』

そう囁いた小さな声が、耳元で聞こえたから。




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