Confidence (1)




「ほんっとに格好良いよねえ……」

うっとりとした表情を浮かべた同僚のクリスティナ・シエラが、遠い場所で部長と話をしている人物を眺めながら呟く。
つい先程海外出張から戻ったばかりのその人の顔は、任されたプロジェクトが良い方向に進んでいる事を示すかのように明るいもので、時折見せる笑顔は見ていて眩しさを感じるほどだ。

「一ヶ月見ない間に、ますます格好良くなってない? ニール・ディランディ」

クリスの言葉とこのフロアにいる女子社員の誰もが同じ意見であるように、多くの色めいた視線が彼に注がれていた。
すっとした高い鼻梁に薄めの唇、瞳の色は透明感のある碧で、整ったその顔には男性特有の色気さえ感じる。
女性も羨むような肌理の細やかな白い肌に、少し癖のある栗色の少し長めの髪は会社勤めをしている人間にはめずらしく、それだけでも人目を惹く。
そして、決して細過ぎない均整の取れた体躯はダークカラーのスーツを185センチの長身で着こなしていて、その容姿には文句のつけようが無い。

「あれだけの男前がフリーなんだから、そりゃあ女子社員はみんなヤキモキするよね。でも何で彼女作らないのかな……まさか女に興味ないとか?」

私の隣でとんでもない詮索をしている彼女に、どうかな? と、小さく笑って答えた。

「ま、どっちにしても私達には関係ないけど」

そう言いながらも彼女の目は他の女子社員と同じように彼を見つめたままだった。
ニール・ディランディは私達の隣の部署である海外事業部に所属していて、その部署の社員は男女問わず皆エリート揃いだ。
彼等には華がある。
大きな仕事をしているという自信からなのか、それにそこで働く人達は男女とも容姿端麗という言葉がしっくりくる者が多いと、社内でも評判だった。
いくら大手と言われる同じ会社に勤めていても、同じフロアに部署があるというだけで、私達とはこれといって接点がなかった。
上司と話をしながら時折こぼす一ヶ月ぶりの彼の笑みに胸が高鳴り、つい見惚れてしまう。
すると碧の双眸が突然こちらを向いて、ほんの一瞬、視線が絡む。
私は慌てて俯いた。
それだけで顔が熱い。
多分、ではなく絶対、私の顔は赤くなっているに違いない。

「どうしたの? ハロ、顔赤いよ」
「えっ! そうかな、何だか暑くない? ちょっと冷たいものでも飲んでこようかな。クリスも一緒に……」
「パス! ここで目の保養してる。ていうか、彼がこっちの方見てるのは私の気のせいっ!?」

少し上擦ったようなクリスの声が聞こえたが、私は頬に熱を感じながら酷く恥かしい思いがして、足早に席を立った。
ウォーターサーバーで喉を潤してからレストルームに入り、鏡を見ると頬の赤みも殆んど治まったようだ。

(目が合った位で……恥かしい)

気を取り直し、自分の席に戻ろうと通ってきた時と同じ通路を歩き始めると、突然後ろから腕を掴まれた。
驚いて後ろを振り返った私の目の前には、視界一面に見覚えのあるスーツが広がっていて、咄嗟に顔を上げてその人物を確かめる。
そこには思った通りの端整な顔が私を見下ろしていた。
何も言わない彼にそのまま腕を引かれ、私は戸惑いながらも一緒に歩き出した。
そして【会議室】とプレートに書かれたすぐ近くのドアを開けたニール・ディランディは、先に私をその部屋に押し込むようにして自分も入ったあと、後ろ手でドアを閉める。

『ニール』

名前を口にしようと開きかけた唇は、腰を屈めて顔を近づけた彼の唇で封じ込められてしまった。
ニールの大きな手のひらが私の両頬に添えられて、そのまま上へと持ち上げられる。
互いの唇を重ね、待ちきれないとでも言いたげに深く差し込まれた舌先が、私の舌に絡み付いてくる。
久し振りのキスを味わうように、しんとした会議室に響く濡れた音が少しずつ大きくなっていく。
暫く続いた激しいキスから解放されて薄らと瞼を開けば、少し滲んだ目の前には優しく微笑んでいるニールの顔が見えた。

「ハロ」

名前を呼ばれた途端、急に恥かしさが襲ってくる。
俯いた私の背中に彼の腕がまわされ、胸の中に閉じ込められた。

「目が合った途端、逃げ出しやがって」

耳元から聞こえるその声に心臓が跳ねる。

「この一ヶ月、俺がどれだけハロに会いたかったか、分かるか?」

ニールの言葉一つ一つに、痛い位に胸が高鳴る。
抱き締められていた腕が解かれ、俯いたままの私の上から甘い声が降ってきた。

「顔、見せてくれって」

どこか切なげな声に誘われて視線を上げると、目を細めて少しだけ困ったように笑っている整った顔が見えた。

「会いたかった……ハロ」

私の髪を優しく撫でながら、今度は重ねるだけのキスを繰り返される。

(私も……ニールに会いたかった)

息苦しいほど切ない気持ちと、触れられるだけで身体が痺れるような甘いキスに心臓が痛いほどに弾む。
ひとしきり重ねられた唇が離れていき、すぐに俯こうとする私を止めようと手のひらが両頬を覆った。

「……早く二人っきりになりたい」

その言葉の意味している事がすぐに分かるほど、真っ直ぐに向けられた瞳には欲情が感じられる。

「今日は俺の部屋で待ってろよ。仕事、出来るだけ早く切り上げるから」

私の髪に差し込まれた長い指が悪戯をするみたいに緩く動いて、もうそれだけで身体が震えてしまいそうだ。

「何だか一ヶ月見ない間に綺麗になってないか?」
「……え?」
「まさか、俺のいない間に浮気なんてしてないよな」

ニールの眉間に少しだけ力が入ったのが分かり、私は思い切り頭を横に振った。

(浮気なんて! するわけないっ!)

「ハロにそんなことされたら、嫉妬で気が狂っちまいそうだ」

とんでもない言葉を口にしたニールは、大袈裟なほど頭を動かした私を見て、安心したような瞳を見せた。
どうしてこの人はそんなに情熱的な台詞を、私なんかに聞かせてくれるのだろう。
彼の周りには、モデルみたいに綺麗で仕事もできる女の人が沢山いるはずなのに、何故か私を選んでくれた。
ニールに付き合って欲しいと言われた時、思わず『何処へですか?』と聞き返してしまって、その時の困ったように苦笑していた彼の顔が今でも忘れられない。
彼とつり合っていないことが嫌というほど分かっている私は、付き合っていることを二人だけの秘密にしてくれるのなら、と条件を出した。
きっとニール・ディランディの恋人になったら、会社の女子社員の多くから睨まれることになってしまう。
それに、彼が私に飽きた時にはすぐに別れられる……それが二人のためになる、そう思った。
初め、ニールはそんな条件はのめないと言ったが、私は自分の意見を決して譲らなかった。
こんな普通の女がニール・ディランディの恋人になること自体、彼にはマイナスになるような気がしてならなかった。
こうして私達は付き合い始めて、もうすぐ半年が経とうとしている。
静かだった室内に突然、スマホの着信音が鳴り響くとニールがすぐに溜め息を付いた。

「お呼びだ……部長を待たせたままだった。逃げたお前さんを追いかけて来ちまったからな」

上司を待たせてまで自分の所に来てくれるなんて……そんな彼の行動に驚いたが、そこまでしてくれることがとても嬉しくて、再び胸が高鳴った。
ニールの指がゆっくりと私の頬に触れ、そのまま顔に掛かる髪を梳きながら耳を晒して、そこに唇が近付いてくる。

「今夜は寝る時間ないと思うから、そのつもりでな?」

耳元で囁かれたその言葉に、身体の奥がぞくんと震えるのが自分でも分かった。
そんな私の顔を見たニールの表情が、何故か複雑になる。

「そんな顔、他の奴に見せるな。俺は先に行くからハロはもう少し此処にいろ。その顔が元に戻るまでな」

そう言ったあと、彼はもう一度私の唇を塞いでから会議室を出て行った。
広い会議室で一人きりになった私は、その場にペタンと座り込む。

(顔が元に戻るまでって……私、一体今どんな顔してるの?)

未だうるさいほど鳴り響いている心臓の音を聞きながら、私は暫くの間、自分の手のひらを頬に押し当てたまま呆けたようにその場へ座り込んでいた。





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